第20話 死んだ人間
ハルは小さな宿屋に引きずり込まれていた。
おかしなことに受付にも、廊下にも誰一人として人の姿がなかった。
一番手前の小さな部屋に入れられるとベットに投げられ、扉が荒々しく閉まった。
ハルは逃げようと窓に目を遣った。
けれど、その窓には鉄格子がはまっていた。
「逃げられんぞ。」
その声とともにベットの上で両手を右腕一本で押さえつけられスカートの中に手を入れられる。
装備していた黒と白の銃が投げ捨てられた。
けれどハルは目の前の男のこの行動に動転して動けなかった。
そんなハルを構うことなく男は太股に手を沿わせた。
「やめてえ!」
どれだけ抗おうとしても右腕はびくともしない。
そして上着に手を入れられた。
大きな手がハルの体を這ってゆく。
「やめてってば!舌噛むよ!」
「静かにしてろ!お前の体に興味はない!」
上半身を這っていた手は次に髪に伸び、ピンの間から小さな毒針が姿を現した。
男はハルから取り上げた銃を拾い上げ部屋の机に置くとカーテンを閉め、少し乱れた長い前髪をかきあげながら椅子に座った。
「久しぶりだな。」
ハルは顔をそらし何も答えなかった。
乱れた服をただ直していた。
「随分軽装備だな。本当にルカとデートだったのか?」
「違う。」
「だろうな。あんな暮らしで人など好きになれるわけがない、信じたほうが負けだ。」
「・・・。」
男はハルの前まで来ると手を伸ばした。
ハルは体を縮こめ警戒したが男は血の流れる手を持った。
「随分深く切ったもんだ。」
手を引っ込めようとしても男にきつく腕を握られ動かすことは出来なかった。
「鈍くなったかお前。力も弱くなった。」
「・・・シギ・・・生きてたの?」
「ああ、悪いが生きてる。」
「・・・神の御剣なの?」
ハルは男の服装を見ていた。
白の軍服に金色のライン。敵の装束。
「あの時、シギの言ってた仲間は、私たちじゃなくて神の御剣なの?」
「ああ。国のために戦ってる。」
シギはそういうと部屋にあったタオルを裂いてハルの手に巻いた。
「で、何をかぎまわってる?」
「・・・別に。」
「城にでも入るか?」
「別に・・・。」
「城に一歩でも入ってみろ、お前ら皆殺しにするからな。」
ハルはシギの言葉に悔しそうに唇をかみ締めた。
「あと・・・お前誰か他のやつに見られてないか?」
「え?・・・何で?」
「いや、ならいい。帰れ。俺のことは誰にも言うなよ。」
「うん・・・分かった・・・。あのね・・・。」
「何だ?」
「うん・・・。」
「何だ?」
「うんん・・・。」
ハルは何も言わず立ち上がった。
けれど躊躇いそのまま止まる。
シギの目はハルにずっと注がれていた。
「生きてて・・・良かった。」
ただそれだけ呟いて銃を握ると部屋を後にした。
「ハル・・・か・・・。」
総裁はハルの任務の資料を持っていた。
「使えない・・・ねえ。」
書類を下に投げつける。
その前で座っていた男はその資料を眺める。
ハルの顔写真と現在までの任務、および薬の服用状況。
「大体カイクが甘やかしすぎたな。この隊。」
男は書類を拾い上げハルの顔写真を見た。
「ハルを任務中に殺せるか?」
「殺して欲しいの?」
「ああ。」
「考えておくよ。」
「期待してる。お前には。」
「暗部の力見せてあげるさ。」
男は氷のような微笑を隠すかのように白い面を付け音もなく部屋を出て行った。