第2話 この三人組
「きいたか?また軍の人間が暗殺されたって話。多いな。最近。この前も軍部の人間が殺されてたし。」
「そうそう。うちらの部署は大丈夫かねえ。」
また新たなる犠牲者が出たと知らない勤め帰りの男たち話の横を、町の若者と変わらない腿を顕にした黒いショートパンツと薄手の紺色のニットを着た細身の少女がすり抜けた。
風にたなびいていた少女の首を覆っていた黒いマフラーが男たちの目に入り、その後若い少女の白い腿に釘付けになった。
けれどその足の動きがゆっくりと止まった。
正面ではいつものように検問が行われていた。
「次。」
声をかけられても少女の心臓が高鳴ることはない。まるでごく当たり前のように財布や化粧道具が入った手荷物を見せ、両手を挙げて女性軍人から検査を受けた。
「大変な・・・騒ぎですね・・・。」
「ええ、仕事が増えて困るわねえ。」
自分たちの上司が殺されたにも関わらず、女性軍人は言葉に答え、苦笑いを浮かべた。
荷物を受け取り検問所に背を向け再び少女は石畳の道を歩き出した。
視線の先にはオフホワイトのジャケットとカーキのズボンを穿いた男が一人ベンチに腰掛け雑誌を読んでいた。雑誌の表紙になっている男よりも顔が整っている男は切れ長の黒い瞳で少女を確認すると、雑誌を閉じて立ち上がる。百六十センチを少し超えた少女の頭一つ分飛び出た男はその体からは想像できないほど小さな顔をしていた。そのせいか立ち上がった瞬間も、通り過ぎた女たちが振り返り容姿を再度確認した。
「時間通りですね。」
「ん。がんばったよお。眠い。眠いのにまだそろってないの?最悪・・・。愚図だね・・・。」
もともとほんの少しだけ垂れた小動物のようなつぶらな茶色の目が更に眠そうに垂れた。
「おい!こんなところで寝るなよ!」
愚図という言葉をかけられた男は人懐っこい大きな黒い目を細め、少女の肩につくかつかないかの茶色の髪の毛を後ろからひっつぱった。もう片方の手にはわさびマヨネーズと書かれたポテトチップを抱えていた。
「また、そんな気持ち悪いもん食べて・・・。」
「ハル、お前、今回べべな。」
「べべじゃないよ!一分前からここにいたもん・・・べべはルカのほうだもんね!ってゆうか、そのポテトチップの粉一杯ついていた手で私の髪の毛触ったの?ありえないし。キモイし。」
「キモイってゆうな。馬鹿。」
「馬鹿じゃないし!それに鼠下手すぎ。得意の猫まねにしたらいいのに・・・。」
「あんなところで猫とか犬の声がすればいくらなんでも怪しまれるだろうが!おらっ!」
少女に後ろから体当たりをしてそのまま両手で背中を抱え込んだ。
「ってゆうか・・・お前・・・香水臭い・・・。」
「ええ?しないよ?」
「する・・・。おっさんみたいな香水。あいつの香水か?」
「かも・・・。でも、私わかんないよ?」
「お前感覚麻痺してるからな。なあ、ソウマするだろ?」
振られた姿の綺麗な少年もハルの傍に高い鼻を近づけた。
「ああ・・・しますね。中年の男性の好みそうなブランド物の香水の匂い。秋の新作ですよ、これ。」
「ええ・・・加齢臭かなあ?」
「だからブランドの香水だって・・・。」
「さて、君たちじゃれあうのは後にしてください。帰りましょう?施設の図面も手に入ったことですし。」
「あ、図面。そうだった。言ったとおりでしょ?二階の突き当たりの書斎の右から三番目の本棚の二段目を押したら五番目の本棚の四段目が動いて・・・。」
「ああ、そこまで説明覚えられなかったから本棚全部ぶっ潰してきた。俺の刀上等だから刃こぼれ一つしなかったぜ。」
ルカは旅人を装った土ぼこりのついた黒い外套をめくって自慢げに愛刀を見せた。
「それ冗談ですよね。」
ソウマは振り向くことなく笑顔で尋ねる。
「いや?だって紙に書くなってお前が言うから覚えきれなくてさあ。」
「だからって何で全部潰すんです?」
今度は言葉に怒りがにじんでいた。今まで笑顔を絶やすことのなかったルカもさすがにまずいと感じたのかいつも自分で染める赤に近い茶色の頭を掻いた。
「ま、誰か物音に気が付いて見にくるわけでもなかったし、大丈夫だって。それに見つかっても誰の仕業かなんてわかんねえよ。むしろ俺たちの組織がこんな大雑把なわけないって捜査の対象から外れるって!な?ハル。」
「え?あっごめん。聞いてなかった。」
一人、前を歩くソウマはそんな二人を尻目にさっさと帰途に着いた。