第19話 ルカ
「おらあ!」
その声とともに最後の一人が冷たい地面に倒れた。
狭い袋小路では相手を追い詰めたと思った男たちが逆に追い詰められその場で果てていた。
ルカはもう屍へと変わった神の御剣の制服を着用した一人の男に見覚えがあった。
「ん?こいつこの前、警備の任務のときに俺達を襲った奴だよな。神の・・・御剣ねえ。何が精鋭だよ。弱いなあ。お前ら。」
そう吐き捨てて、掌を彼らのほうへと向けた。
「悪いなあ。お前ら、消すぞ。」
言葉が終わるとともに掌には赤い炎よりも更に高温の青い炎が浮かんだ。
「じゃあな。」
ルカは炎をまるで手向けの花のように軽く投げると背を向けた。
その場に転がる死骸は炎に触れると激しい勢いで燃え上がり、一瞬にしてそこに焦跡だけを残して人を消し去った。
何食わぬ顔で大通りに戻るとルカはハルの姿を軽く探しながら歩いた。
街を歩く恋人たちは手をつないで屈託なく笑っていた。
「ハルにもさしてやりてえなあ。」
手をつなぐことはあっても、決して心から笑ったりしない幼馴染のことををルカはいつでも考えていた。
訓練生の頃、ハルにだけは妙に押しの弱い親友がハルをずっと想っていた。
それは周知の事実だった。
だが、自分だってハルに興味がなかったかといえば嘘になる。
ずっとハルが好きだった。
それは自分にはまったく可能性のない恋だった。
ハルの気持ちもその親友にずっと向いていたのだから。
けれど、その親友を亡くした日、逃げれば処刑されると知っていたくせに逃げようとしたハルに無性に腹が立った。
怒鳴りつけても、責めても納得いかなかった。
心の中にモヤモヤが残るだけだった。
今、ハルの体は自分の側にある。
しかし、彼女自身が側にいるのかといえば遠いところにいるような気がした。
心だけは死んでいるような気がずっとしていた。
その心を取り戻したかった。
『今日からお前らの仲間になるルカだ。』
メンターに紹介されルカは腫らした目で部屋の中をにらみつけた。
部屋には子供が三人いた。
自分より一回り小さな大きな目四つで自分を見ていた子供二人と、全く自分を見ようともしない本を読んでいる子供。
全く好きになれない空間だった。
村から出るとき聞かされていたのは奉公にいくということだった。
両親には先に金が渡され、泣きながらまだ理解できぬ小さい弟と妹と別れてきた。
それは、七歳のルカにとって到底耐えられぬ辛さだった。
来る馬車の中で泣き続け、ついたときには目すらろくに開けられなかった。
紹介された後、どうしていいのかも分からず隅に座っていた。
大きな目四つはずっと自分を見ていた。
自分は見られたくなくて視線を反らした。
夕食の時間になって出された食事は村で食べているよりもいい食事で、あまりに美味しさに妹や弟に食べさせてやりたかった。
家族のことを思い出すとまた涙が出た。
すると大きな目の一人が隣へ来た。
『これ好き?』
『え?』
『あげる。だから泣かないで?』
ただのきゅうりだった。
村で食べるきゅうりのほうが形は悪かったがいい色をしていた。
けれど妙におかしくてもらうと、もう一人が青い目で笑った。
『じゃあ、僕のキャベツもあげる。』
決してメインのハンバーグをくれようとしない二人に笑いがこみ上げた。
やっぱり妹と弟を見てるみたいだった。
『私の分も取ってください。』
初めてずっと自分に背を向けていた子供の顔を見た。
少し自分より歳が上のようだった。
綺麗な顔をした人形みたいな子供だった。
けれど、そいつが出したのも漬物の乗った器だった。
『・・・ありがとう。』
その好意が嬉しかった。
遠慮がちに取ると三人は遠慮するなといわんばかりに自分の皿に乗せた。
それがここでの初めての良い想い出になった。
「お、発見。」
ルカは自慢の目で漬物を押し付けた相手を見つけた。
数日後、そいつが好意ではなく、漬物が嫌いだったから自分に押し付けたことを知った。
「ソウマ、やるじゃん。」
ソウマはトオルと公園の木の下で口付けていた。
「後で楽しいかきいてやろうっと。」
ほくそえむと銃声が耳に入った。
慌てて振り向く、ソウマも顔を上げた。
目の合ったソウマを静止し、ルカは聞こえた方角へ感じるままに走り出した。
「くっそ、ハル!」