第17話 薬
『では訓練生ハル。確認する。事実と違うのであれば訂正するように。』
『・・・はい・・・。』
目の前には三人の黒い外套を着た男が座っていた。
正直、そうみえるだけで本当に男なのかはわからない。
彼らは体の体型すら覆い隠す黒い外套と白い表情のない面をつけいてた。
そんなものたちを前にするとハルは更に不安になった。
中央の男が尋ねた。
『選抜試験を二日後に控えたシギはお前とトウヤを殺そうと目論んでいた。昨夜、我々はお前とシギが脱走したものと認識していたが、実のところお前はシギに拘束され連れ出された。お前とシギがいなくなり、二人の殺害命令を知ったトウヤは任務を遂行するため二人を追いかけ、シギと相打ちとなり二人とも死んだ。そしてお前はメンターに助け出され生き残った。相違ないか?』
小さく頷く。
本当は嘘だと叫びたかった。
私のせいでトウヤは死んだ。
私が殺した。
だから私も殺してください。
そう叫びたかったがメンターに無理やり飲まされた薬は感情を高ぶらせることを許してはくれなかった。
『ハル・・・。何があったんです?』
男たちから開放されると今度はソウマが静かに訊いた。
『何でトウヤが死ぬんだよ!何でだよ!お前らあんなに仲良かったのに!何で!』
ルカは感情を隠すこともなく泣きながらハルに怒鳴った。
けれどハルは何も言わなかった。
むしろ何もいえなかった。
心の中で、人のいないところで、謝りながら泣いた。
何故自分の命だけ助けたのかとメンターに怒鳴りたい時もあった。
でも自分が根源であることは間違いない。
むしろ組織の上層部は自動的に構成員が決まって良かったなと笑って出て行った。
(本当は自分が死ぬはずだったのに・・・。誰も失いたくなかったのに・・・。どうして私はあんなことをしてしまったんだろう。)
毎日が後悔、絶望だった。
あの日から二日して、メンターは黄色と紫の毒々しい薬を渡した。
ハルは掌に置いてすがるようにメンターに尋ねた。
『これ飲めば死ねますか?』
目の前の親代わりの男はどこまでいっても冷静だった。
『お前がはじめから自殺したならばトウヤは死なずにすんだ。』
『・・・でも・・・トウヤの所に行きたい。』
『もう二人が命を落とし、チームが作られた。生き残ったお前は任務をこなす兵器として生きるしかない。』
『どうして私を助けたんですか?私なんかよりトウヤを助けてくれたらよかったのに・・・。』
『トウヤは死んだ。それ以上何も言うな。ただでさえいろいろなことを揉み消したんだ。』
『・・・死にたい。トウヤの隣がいい。』
『しばらくはこの薬を飲んで心を落ち着けろ。この薬に慣れればまた仕事を持ってくる。・・・もう一度言う。チームは作られた。三人がチームだ。このままではお前、生き残った二人の命まで奪うかも知れんぞ。』
『ずるい・・・。』
精一杯ハルはメンターを睨んだ。
けれど男の表情は変わらない。
失われた命を悲しむこともなければ、チームができたことを喜ぶわけでもない。
『どうして・・・傍にもいけないの?』
メンターが出て行った扉を睨みながらハルは薬を飲み込んだ。
『生きる意味なんてないのに・・・。生きるほうが拷問だよ。』
はじめは薬のきつさに眠ってばかりいた。
夢すら与えてくれないきつい精神安定剤。
けれど、薬の副作用で目が覚めると死にたいほど気持ちが滅入った。
眠っていないときはまるで死んでいるように思考回路が働かなくなった。
けれどどんなに思考回路が鈍ってもトウヤの匂いと暖かさだけはどうしても忘れられなかった。
自分が死んだときにトウヤと邂逅する道標として忘れるわけには行かなかった。