第16話 鷹紋家のトオル
自分の興味を指輪の持ち主に気づかれるわけにはいかない。
けれどハルはその指輪の真贋を確かめずにはいられなかった。
それほど価値のあるものだった。
「鷹紋・・・。」
ハルの唇の動きを読んでルカは軽く頷いた。
「そう、あの指輪は鷹紋家の人間の証だ。んで今、名乗ったろ?トオルって。だったらこの子は・・・。」
(鷹紋家の・・・トオル。)
ハルは自分の頭の中の人物辞典を開いた。
現在この国で一番の力を持つ貴族、鷹紋家。
ハルが生まれる少し前まではこの国には二つの貴族が勢力争いを繰り広げていた。
軍を司る貴族と財を司る貴族。
鷹紋家は後者だった。
けれどそんな力関係に変化が訪れた。
それは鷹紋家が「神の御剣」を組織し始めたことに起因した。
もとは鷹紋家の私兵部隊だった彼らははじめはそれほど成果が挙げられなかった。
けれど、組織して二年、一人の若い隊員がハルたちが所属する「賓度羅跋羅陀者」を壊滅寸前にまで追い込んだのだ。
その頃はメンターやバネッサたちの「栄」という隊が王都で暗躍し、人々を震え上がらせていた。
けれどその「栄」を「神の御剣」のその若い隊員が一人で歴史上から消し去った。
そのことは王都に大々的に伝えられ、神の御剣は妙なカリスマ性を持った。
その一人の男と「神の御剣」人気のおかげで、鷹紋家は熾烈を極めた貴族の勢力争いに勝利したのだ。
それから滅ぼされた貴族の土地・財産を全て没収、今の地位を確立させた。
その後、その男は力を認められ鷹紋家の一人娘と結婚し、鷹紋家の当主、そして神の御剣の長官として賓度羅を壊滅させるべく力をいれている。
トオルはその男の長女であり、現在未来の正妃として名前が筆頭で挙がっていた。
「兵士が探してるのはこの子だ。持ってるチラシにはこの子の顔が載ってた。知りたくないか?何してるのか?」
「知りたい・・・。」
ハルは呟いてお茶に口をつけた。
「だろ?」
当のトオルはマークされたとも知らず楽しくソウマと詩集の話に花を咲かせていた。
よほど、話すことに熱中しているのかケーキが出てきても話を止められず、ほとんど口をつけなかった。
一方ハルは目新しい話の展開もなく、睡魔との戦闘に敗北し目を閉じかけていた。
一方、ルカはいつものように外を見ていた。
「はあ、おもしろい。ソウマさんって本当に物知りなんですね。私読みたい本たくさん出来てしまいました。正直、私気の合うお友達がいなくて・・・。詩集は大好きなんですけど縫う刺繍は大嫌いなんです。でも、そうも言ってられないし・・・。」
ただテンションのあがったトオルの声だけは溌剌として響いていた。
「でも、私夢があるんです。本当は考古学をお勉強したくて。」
「考古学!いいですねえ。どの時代がお好きですか?」
(あ、今、ソウマの壷入った。)
夢うつつでハルは思った。
すると突然ルカがハルに声をかけた。
「ハル。外行くか?」
「あ・・・え?」
ソウマがトオルに向けていたルカに目をやる。
その目は組織の人間の瞳だった。
ルカはそんなソウマに目を外に向けるように合図してから少し恐縮しているトオルに笑顔を向けた。
「あ、ごめんなさい。私一人でしゃべって。あの、私・・・。」
「いいや。大丈夫。その寂しい男の相手してやって。喜ぶから。俺たちもデートしてくるし。」
それだけいうとズンズン歩き出すルカの背中だけを目印にハルは目を擦って外へ出て行った。
「いつもルカは急に外に出すんだから。」
「まあ、二人にしてやろう。ソウマと気の合う人間なんてそんなにいないんだからさ。」
「うん・・・。それはそうだね。」
ハルはもう一度ソウマのほうに目をやって、小さくあくびをした。
「・・・眠い・・・。」
「おいしっかりしろよ。今から仕事すんだよ。」
「ええ?今日は帰らないの?帰ろうよ。明日調べればいいじゃん。」
「めんどくさい。俺人ごみ嫌い。」
ルカは当初の目的を果たすべく城壁を監視しやすい場所を探した。
一方、ハルは睡魔に耐え切れず、目に付いた噴水へと足を向けた。
この国で一番大きく荘厳と有名な噴水は王城の正門の正面にあった。
噴水の中央には海の神や人魚たちが金色に輝き、その噴水のふちでは若いカップルたちが話を弾ませていた。
「お前もかなりのマイペースだな。」
呆れたように隣に腰掛けたルカに、ハルはため息混じりに首をふった。
「ここ、結構いい観察ポイントだよ。」
目を上げたハルには門の隙間から兵士の動きが把握できていた。
「本当だな・・・。」
「でしょ?ここにルカ一人で座ってたら痛いけど、二人ならこの空気に溶け込めるから大丈夫でしょ。ものすごく不本意だけどカップルに見えるだろうし。」
ハルはもう一度あくびをした。
「でも・・・眠い。起きてることが拷問。」
「仕方ねえなあ。俺が城、観察してるから寝てろ。」
「え・・・?いいの?」
「おう、もたれていいぞ。」
「ありがとう。」
一つ小さな欠伸をすると目を閉じ、そしてルカの肩に寄りかかった。
すぐにハルから小さな寝息が聞こえた。
ルカはそばにある小さなハルの頭に一度頬を寄せて顔を上げた。
「・・・しかし、今日の視線はねちっこい。」
何処から見られてるのかは分からない。
けれど、いつものただハルを見ていると感じるだけのものとは違う視線。
何か執念とも言うべき重苦しい気配を感じていた。
「ハルになんか用かよ。見てるだけじゃこいつは気がつかねえぞ?さっさと出てきやがれ。ストーカー。」
そう呟きつつも、隣で静かに眠るハルを守るため腰に手を回し、周りのカップルのようにギュッと引き寄せた。