第12話 先輩 女構成員
「げえっほ!」
ルカはむせ胸を何度も叩いた。
「国王・・・暗殺ですか。」
さすがにソウマも面食らった。
けれど、メンターは淡々と続けた。
「ああ、組織始まって以来の大仕事だ。」
メンターは平静な顔をして資料を一枚めくった。
「全隊一斉に投入される。お前たちの班はまた面倒くさいことに情報収集と神の御剣および軍の排除だ。それぞれ各隊潜入経路と逃走経路を作って提出するようにとのことだ。実行はまだ先になるがな。」
「どれくらい先ですか?」
「二週間を予定している。」
メンターはパンにバターをつけ口に入れた。けれど三人は手を止めていた。
国王暗殺、今までの要人暗殺とは規模が違う。
「面白そうじゃん、国王暗殺だったら、俺も歴史に残れるのにな・・・。」
(失敗すれば確実に死ねる。)
少し顔が強張ったルカの前でハルの手が震えていた。
死ぬことが嬉しいのか怖いのか、興奮しすぎてハルには分からなかった。
「ま、俺の育てたお前らなら大丈夫だろう。」
その言葉が妙に三人に空しく聞こえた。
結局その日、夕食をほとんど手をつけず、ハルは医療室に向かった
「失礼します。」
中にいたのはいつもの四十代の熟練の医師ではなく、少し年上の構成員だった。
長い黒髪を顔の横で縛ってそこに黄色の花の簪を一つ挿していた。
切れ長の目が印象的な妖艶な女性だった。
「あら、先生いないみたいよ。貴方も避妊薬もらいにきたの?」
「え?」
「違うの?貴方、戒の女の子?」
「あ・・・、えっと、安定剤と任務用の毒薬を・・・。」
(この人確か静だ。かなり上の部隊だよね。)
女は気を遣うことなく診察台に転った。
「結のあの子いなくなったから貴方もそろそろ本格的な出番よね。」
「え?」
意味が分から狼狽すると女は続けた。
「貴方いくつ?」
「え?十七です・・・けど・・・。」
「ならちょうど売り時ねえ。むしろ遅くない?あたしもそれぐらいの年齢のときは仕事のほとんどが体の関係がらみの仕事だったわよ。たまに変な趣味の親父にあたった時は最悪だったなあ。でも、貴方のところのメンターがあんまり乗り気じゃないから本当は貴方のこなすべき仕事が結のあの子に回って来てたみたいね。あの子も可哀想に。」
(メンターが乗り気じゃない?)
「まあ、でもこれ以上いくらあのメンターでも止めてはいられないわよね。だって人が少ないんだもの。得よね、メンターがあんな有名人だと。他のメンターは逆らえないし。うちのメンターは歳はいってるけど、もともとは実働部隊じゃなく管理部門にいたからあんまり分かってないのよね。」
女は手を伸ばして医師の置いていった聴診器を指で弄んだ。
それからしばらく会話はなかった。やけに時計の秒針の音がはっきり聞こえた。
女は一度ため息をつくとまた話始めた。
「でも、ホントあの頃が一番辛かったなあ。私、同じ隊に恋人いたし、いくらターゲットといえども知らない男に抱かれてるの見られるの嫌でねえ。」
「・・・同じ隊に恋人が?」
「うん。結局だめになちゃった。そりゃあ、そうだよね。向こうだって見たくないよね。」
「・・・好きな人が傍にいるってだけで心の中幸せじゃなかったですか?」
すると女性は寂しげに微笑んだ。
「初めの頃は毎日泣いたわ。組織の人間なんだしこうなることは諦めるしかないのに。でもね、それにもなれて涙さえ出なくなって淡々と任務をこなし始めたとき私から別れ切り出したの。」
「助けてくれないからですか?」
「違うよ。自分が情けなくなったんだ・・・。ってか、あたしあんたに何話してんだろうね。喋ったことなんてないのにさ。」
女は寝返りをうった。
泣いているようだった。
細い背中を見ていると何故か自分まで悲しくなった。
「貴方はどう?好きな人いるの?」
「いません。」
「そう、ならいいじゃない。割り切って仕事しなさいな。私たちはそのために育てられてきたんだから。なんなら男の落とし方教えてあげるわよ。」
そう言って笑った女の笑顔が寂しくてハルは一度頭を下げると部屋を出て行った。