第10話 意中の人
「結のこと・・・何かわかった?」
「一応メンターが総裁に報告して、別の隊が遺体回収にむかったみたいだけど・・・、あれじゃあなあ。何の痕跡もなかったし・・・。」
ルカは運ばれてきた濃厚なチョコレートケーキ一口食べてから、ココアを口に含んだ。
正面に座るハルは冷えた手を紅茶の入った白い磁器で温めつつ、躊躇いがちに呟いた。
「あのね・・・。」
「ん?」
「や、やっぱいいや。」
「何だよ?言えよ!」
「や・・・いいや。ルカに言っても意味ないかもしれないし。」
ハルはこの店のオリジナルブレンドティに口をつけほんの少しだけ飲み込んだ。
心なしか手が震えていた。
ルカにも手の震えは分かった。
「何だよ!気になるだろうがよ!」
答えが来るまでにもう一呼吸かかった。
「や、あのナルシーがね、何の武器であんなぐちゃぐちゃになったのかなって・・・。」
ルカは初めてそのことに気が付き、そして固まった。見た時にどこか違和感があったが、そのことについて考えるということはしなかった。
「あれ・・・剣じゃなかったよね・・・。」
「・・・そ・・・うだよな。」
ルカから勢いが消えた。
ハルはルカの表情を窺っていた。けれど何か考えているのか、それとも何も考えてないのかは分からなかった。
「ごめん、変な話ししちゃって。ケーキ食べよ。それ一口頂戴。」
ルカの皿に盛られたチョコレートケーキを取ると口に入れる。
「あ、おいしいね。ルカ選んで正解!」
「シギ・・・。」
場を取り直そうとしたハルだったが、ルカからハルの気にしていた名前が漏れた。
それはただ口がそう開いただけだったが、読唇術をマスターしたハルには造作もなく読み取れた。
ハルの手が止まり、顔が凍りつく。
ルカはハルの様子を見て、バツが悪そうに自分の頭を掻いた。
「いや。なんでもない。さ。折角の休みなんだし。しようぜ、デート!」
ハルはその言葉に無理やり笑顔を作った。
「ルカと?もっと格好いい人がいいなあ。」
「何言ってんだよ。お前には俺がもったいないくらいだ。」
いつものように頬を引っ張られハルの顔が伸びる。
「何だ?色気のない顔して!ちょっと色気出るように勝負パンツでも買ってやろうか?」
「ひょうぶぱんちゅ・・・ひゃあかって。」
「は?」
ルカが手を離すとハルは意地悪い笑みを作った。
「勝負パンツじゃあ、買ってきてよ。ちょうどそこにお店あるし。」
ハルが指し示す先には若者向けの派手なピンクの下着がディスプレイされた店があった。
「早く買ってきてよ。一人で入って選んできてよ。仕事に使うからさ。」
「はあ?何で仕事に使うんだよ!」
「じゃあ、何に使えって言うの?」
「そりゃあ、好きな男と!」
ハルは何も答えることなく、イチゴのたっぷり乗ったタルトにフォークを刺した。
タルト生地がぽろぽろと割れ、食べにくくなってハルは手を止めた。
「そんなことに使うことなんて絶対無いよ。」
「今でも好きか・・・。あいつのこと・・・。」
「・・・好きだよ。大好き。今でも大好き。誰よりも大好き。」
それ以降お互い沈黙が流れ、二人は黙々とケーキを食べ続けた。
その間中、隣に座るカップルは二人でずっと食べさせあっていた。
「あ、クリーム口についちゃった。ごめんね。」
「じゃあ、とって。」
男が唇を突き出すと女は周囲を見回してチュッと口付けた。
「殴って・・いいかなあ。」
「同感だね。」
ハルとルカはお互い見合って笑った。
「もし、お前があいつとこんなことしてたら俺後ろから二人の頭殴って簀巻きにして一回海に突き落とすかも。」
「ハハ、私も口突き出されたら殴っちゃう。」
ハルはブレスレットに目を落とした。
「これだって、直接もらったわけじゃないし。メンターが着けとくように言ったから着けてるけど・・・。最後に喧嘩しちゃったし・・・。本当はくれる気なんてなかったのかも。」
その言葉を最後に再びお互い言葉を失った。
お互い当時の思い出を呼び起こしていた。
「そういえば、今日ソウマ朝からいなかったねえ。見た?」
「・・・さあなあ。わかんねえ。朝、報告済ませたら、さっさと出て行ったし。あいつも、ホントに心の中みせねえからなあ。」
三人の中で年長のソウマとはもう十五年来の付き合いになるが、本心を見たことはなかった。
大声で笑っていることもなければ、怒鳴りつけられることもない。
ただそんな抑揚のないソウマの性格でも長年付き合ってくれば、自然と読み取れる部分が多く、二人は自然とソウマという人間を理解していた。
「ルカが分かりやすすぎるんじゃないの?」
「お前も分かりやすいほうだろ?いやむしろ、あれは分かりやすいというか・・・降霊?」
「違うから。あれは本当に忘れて!ね?何だっていいじゃない。夢見るぐらいいいよね。夢は無料なんだから・・・。」
「そうだな・・・。」
ルカは頬杖をつきながら外に目を遣っていた。
ハルはそんなルカの様子を伺った。
それほど顔立ちが整ってるとは言えないが身のこなしが妙にすっきりしていることあり、ソウマとルカが並ぶと妙に注目される。
今も自分の斜め後ろの女の子たちがルカをチラチラと見ていた。
「行こうか。」
「え?もう?ちょっと待ってよお。」
不意にルカが伝票を持って立ち上がった。斜め後ろの女の子たちがに最後まで視線を送っているとルカは人懐っこそうな笑顔を向け通りすぎた。