第1話 序章 第一章
序章
「親友ってのがいるならお前のことかな」
ずっと空を見ていた黒服の男がふと言葉に出した。
隣に立っていた白い軍服の男もつられて空を見上げた。
雲ひとつない吸い込まれそうな真っ青な空に黒い粒のような球が前から後ろへ飛んでゆくのが見えた。
「お前からそんな言葉が聞けるとは思ってなかった。でも……そう思う」
重低音と共に地響きが二人を襲い、土壁から砂が乾いた音をたてて二人に降った。
「家族ができる」
白服の男は目を見開いて黒服の男に顔を戻した。
まさかこの男が家族を持つなど想像もしていなかった。
そしてこの男にそんな人間らしさがあったことを今、初めて知った。
黒服の男はそんな思った通りの反応を返す相手を横目で見て口の端をあげた。
この一見馬鹿にしているともいえる表情こそが、この冷酷な男なりの愛情表現だと白服の男は理解できるようになったのも最近だった。
「これが終わったら、家族が……」
「ごめん!俺が!」
黒服の男の腹からは血がこぼれ、下に大きな血溜りが出来ていた。
白服の男はまだむき出しになったまま剣に視線を落とした。
黒服の男の深紅の血で濡れた剣は無造作に足元に置かれていた。
「謝るな。俺が女にうつつ抜かしてる間にお前が強くなった。それだけのことだ。俺に惚れたあいつが運が悪かった」
黒服の男はもう一度空を見上げた。もう男の目には、空を流れる大砲の球など映ってはいない。いつも自分の名前を愛しそうに呼び、まだそれほど目立ってはいない腹を慈しみ撫でる女の姿が見えていた。
「女はお前の仕事を知ってるのか?」
「知らない。何も言ってない。傭兵だと伝えた」
「傭兵より性質が悪いくせして」
黒服の男は言葉を返すこともなく、そのままズルズルと座り込んだ。再び空を同じように黒い球が横切った少し後、何人もの悲鳴、重低音、衝撃が二人に届いた。
「きっと、お前の組織は俺が潰してやるよ」
白服の男は呟き、一つ涙を落とした。
「お前ごときに潰されるわけない。これからも……構成員は現れる。お前たちを嘲笑うように。ただ俺は……お前になら潰されてもいい」
黒服の男はそれを言い終えるか終えないかのうちに目を閉じた。
白服の男は唇をかみ締め、自分と死闘を繰り広げた敵であり親友の肩を一度叩いた。そこに今までこの男を追い続けた全ての想いを込めた。
そして親友を斬った自分の剣と、親友がいつも分身として携えていた刀を拾い上げた。
「今度会えたときは酒でも酌み交わそう」
もう一生叶わぬに違いない小さな願いを呟いて白服の男は戦場に戻った。
第一章 烙印
上質なベットはどれだけの衝撃を受けても音をたてることはなかった。そこに投げ出された少女は前に立つ男を静かに見上げた。
男はネクタイを緩めながら嬉しそうに獲物を品定めしていた。
少女が茶色の瞳に恐怖を浮かべ細い首を振って後づさる度、体がベットに沈み、細く締まった太腿が服の中からチラチラと覗いた。
男はそんな少女の無意識の挑発に応え、無駄な肉のついていない体を隠していたシャツを脱ぎ捨て、ベルトに手をかけた。
少女がゴクリと唾を飲み込むのが分かった。
男はそんな反応を楽しむように少女の細い手首を掴み上に乗った。
少女は五日前から自分の屋敷で働きだした小間使いだった。
息を呑むほどの美人ではない。
けれど、幼さの残る少し丸い顔に人形のような長いまつげ、顎のラインで切られた艶やかな髪、全てが自分には色っぽく感じた。
少女をこれから自分が飽きるまでの愛人として自分好みに育てようと考えた男は仕事に取り組む際には見せることのない嬉々とした表情で少女の服のボタンに手をかけながら、白い首に吸い付いた。
思えば生を受けてからの三十八年間、軍部の実権を握ってきた父の補佐として親のしいたレールを歩いてきた。
それが当たり前で、反抗をしたこともなかった。
その対価として自分はそれ相当の資金と地位を得た。女だってこの通りついてくる。
何も不満なことなんてなかった。
不意に男の耳に鼠の鳴き声が聞こえた。興奮しきった男にはやけにそれが面白く感じられた。
「お前、掃除ちゃんとしたんだろうな」
笑いかけながら少女の腿に手を伸ばした。冷たい体だった。
「これから可愛がってやるから」
紅潮した顔で少女の顔を見ると相手は何の感情もない目で自分を見ていた。
今まで自分に接するときに見せていたはにかんだ顔とも、先ほどの恐怖を浮かべた表情とも一転して全く違う無の表情。男はそのギャップに違和感を覚え、性欲と言葉を失い体を起こした。
「申し訳ありません。掃除、今からします」
少し解体された黒と白のフリルのメイド服の中から小さなサイレンサー付きの銃を見た途端男は手を前に出し、数歩後ろへ下がった。
「ま、待て! おい! よ、よせ! 何が欲しい? 金か? 金ならそ、そこに」
「私、欲しいものは一つだけ。でも……絶対お金では買えないんです。」
始終表情が変わることはなかった。
立ち上がった少女は躊躇いなく引き金をひいた。
少し遅れて男の体はその場に倒れ、後ろの白い壁に男の頭と同じ高さの血の跡が残った。
少女はメイド服を整えると小さな銃はその場に捨てて部屋から出た。