最期 真奈子
光希がいない世界なんて私には耐えられない。
彼の話を一通り聞き終えての感想が、それであった。
「光希って、一番大事なところは自分勝手だよね。普段は誰よりも気を遣える人なのにさ」
そういうところも含めて好きなんだけどな。
最後の一言は心にしまっておいた。
言ったところで、光希がいなくなってしまうという運命は変わらないから。
「ごめん。俺の誕生日、覚えててくれてる?」
忘れるはずがない。好きな人の誕生日なのだから、忘れたくても忘れられない。
「……明後日」
「うん、そう。ごめん。言うのが遅くなって」
付き合い始めて九年目。こんな形で終わりがくるとは思わなかった。
でも、どうしてこの人は、時間を売ったりなんてしたんだろう。お金がいらないなら、時間なんて売らなければもっと長い間一緒に居られたのに。
「真奈子、九年も一緒に居てくれてありがとう。俺以外の人と幸せになるのは、真奈子の自由だから」
そんなことを言われても、涙すら出なかった。
「ごめんね、私、今日はもう帰る」
明後日には彼が死ぬと言うのに。
「真奈子、明日はさ、明後日の朝まで一緒にいてよ」
「わかった。明日、光希の家に行く」
そう言って、今日は自分の家に帰った。
次の日の午後に、私は光希の家へ行った。いつものように私がお昼ごはんを作って、二人で他愛もない話をしながら食べた。
その次の日は光希の誕生日だったから、前から用意していた誕生日プレゼントを一日早いけど、渡した。
前から彼が欲しがっていた私とお揃いのうさぎのぬいぐるみと、イヤホン。
喜んでくれてよかった。
夜になって、布団を横に並べて、寝転がって、沢山お話した。
いつの間にか光希は寝てしまったようで、話しかけても返事が返ってこなくなった。ふと時計に目をやると、十二時をまわっていた。
ああ、光希は、もう、返事をしてくれないんだ。
次の日の朝。光希の家で目を覚まし、朝ごはんの支度をしようと思って台所へ行く。
食べ物は何もなかったので、コンビニへ買いに行くことにした。
いつもと違う、彼の家からは少し遠いコンビニに行って、パンを買う。
家に帰る途中、中性的な顔立ちをした人に話しかけられた。
「時間を買いませんか」
どこかで聞いたような台詞。
「あなたは、時間屋さんですか」
「そうです。あなたは光希さんの彼女ですよね」
「ええ」
吸い込まれるような黒い瞳。
ふわふわとした髪の毛。
低いとも高いとも言えないけれど、可愛らしい声。
「時間を買いませんか」
彼がいないこの世界で、長生きをする意味はない。
「時間なんて、いりません」
そうだ、光希は、時間を売ったと言っていた。
「私も時間を売りたいの」
彼がいないこの世界で、生きている意味なんてない。
「私のこれからを、全て売ります」
そういえば、来週は友達とライブに行く約束をしていたっけ。
「早く彼と同じ場所へ逝かせてください」
来月は同窓会もあったっけ。
「それでは、ここに左手を、おねがいします」
半年後はお姉ちゃんに子供が生まれるんだっけ。
「ありがとうございました、もういいですよ。あなたは、明日亡くなります」
時間屋がにっこりと笑う。私も笑い返して言う。
「お金は、いらないですから」
「そう言われると思っておりました。それでは、残り少ない人生を楽しんでください」
そう言って時間屋は去っていった。
彼の家へ戻り、せっかく買ったご飯も食べず、彼の隣で覚めることのない眠りに身をあずけることにした。
ごめんね光希。
私も明日、そっちへ行きます。
……翌日のニュースは、寿命で亡くなったとは言い難い、若すぎる二人の、異様で美しい最期の謎の話でもちきりだったようだ。
真実を知る者は、ワタシ以外に誰もいないんだろうなと思いながら、買い取った二人の鼓動を感じて、次のお客様を探そうと、歩き出した。
肝心の時間の売買のシーンが薄くなってしまったな。もう少ししっかり設定を作りこめばよかったかも。
時間は大切に使いましょう。
大事な人には気持ちをちゃんと伝えましょう。
ずっと一緒に居られるなんて、有り得ないのだから。
それこそ、時間を買わない限り。




