不毛な言い争い
バーンは港あるいは湖の方向に向けて、駆けていった。
「一体、なんなんだ、あれは……」
オヤジはわけが分からないといった風に、口を開け、バーンが開けっ放しにした入口の扉を眺めている。ともあれ、騒ぎの張本人(騒音の元凶)バーンが去り、マリーナとサイラスがオヤジに謝ったことで、ともかくもこの場は収めることとなった。
ちなみに、オヤジが「危険だ」と言ったのは、一般論として、港や湖に落ちて溺れる可能性を指摘したもの。オヤジが補足して述べたところによれば、毎年、この町を訪れる冒険者を中心に、港や湖に落ち溺死する者が後を絶たないという。港や湖は意外と水深があり、特に重い甲冑を身につけた戦士が転落した場合、助かる見込みはほぼないとのこと。
「いつものことながら、仕方のないやつじゃな……」
ジギスムントが残っていたアルコール飲料を一気に飲み干し、コップを机に置いた。オヤジの話もある。バーンをこのまま一人にしておくわけにはいかないだろう。
「くそったれが! 俺は一足先にヤツを追うぞ!」
チャーリーが立ち上がり、走り出した。ただし、これは、バーンの身を案じてではない。実は、チャーリーにとっても切実な問題があるのだが、この話は、いずれ、また。
「本当に、いい加減にしてほしいですね」
サイラスは苦笑しつつ、酔いつぶれて机の上に突っ伏しているエディの肩をたたいた。一連のバタバタの間、エディは熟睡していたらしい。起こされると、まるで自分が誰か分からないような顔をして、不思議そうに周囲に目をやった。
こういうわけで、やむを得ず、バーンを除くバーンたち一行はバーンを追い、港あるいは湖に向かうことになった。先にチャーリーが行ってしまったので、大切な荷物(木箱)は、ジギスムントとエディが二人がかりで運んでいく。
幸いなことに、バーン(及びチャーリー)は、あちこち探すまでもなく、すぐに見つかった。二人は港の桟橋の先端で口論しており、その声が辺りに響いていたからである。
バーンは、「港や湖に落ちて溺死するのはモンスターの仕業であり、そのモンスターの正体を突き止めるまではここを動くことはできない」と主張し、チャーリーは、「おまえ(バーン)みたいなバカがモンスターの妄想に駆られて足を滑らせ、水中に落っこちるから、溺死者が出るんだ」と言い返し、こういう具合の不毛な言い争いが続いていた。
「今夜は長いぞ。見張りは二人に任せるとして、わしらは戻るか」
ジギスムントは言った。どういうことかというと、バーンとチャーリーには二人でとことん話し合ってもらい(二人が取っ組み合って水中に転落するようなことは、万が一にも起こらないであろう)、他のメンバーは宿に戻って休もうということ。この提案に、マリーナ、エディ、サイラスは一も二もなく同意した。
そして、四人が戻った後、どうなったかというと……
港では、何も変わったことは起きなかった。