店のオヤジの話
「実は、この店に来るまで、この町の大通りに露店が並んでいるのが見えたのです。やはりそれば、『お祭り』で間違いはないのですか?」
サイラスが顔を近づけて尋ねた。
いきなりのことで驚いたのか、看板娘は何歩か後ずさり、
「そっ、そうよ。お祭り。間違いないわ。運河と湖の神様のお祭りよ。明日くらいから、通りは露店でいっぱいになるんじゃないかしら。3日後には何やらメインの儀式があって、その後に大通りでパレードが催されるわ。楽しいわよ、パレードは……」
と、看板娘がパレードの話を始めると、
「なるほど、儀式ですか。興味深いですな。運河と湖の神、それはどのような神様なのでしょう。一度、見てみたいものですな、その儀式。独特の作法などがあるのでしょうか」
サイラスは、パレードよりも、運河と湖の神の儀式に興味が向かうようだ。
その時……
「なにっ!? 儀式だって、しかも、運河と湖っていうことは、やっぱり、モンスターだ。湖に潜むモンスターの復活の儀式を始めるんだ」
出し抜けに、バーンが叫んだ。さっきからかなり飲んでいる様子。マリーナが哀願調で静めようとしているが、まったく効果がない。
すると、店のオヤジがカウンターの向こうからマッチョな体を揺らして現れ、
「お客さん、もう少し、お静かに願えませんね」
と、バーンの目の前に立った(すごんだ)。身長は2メートル近くあろうか。冒険者の宿のマスターは、客が絡むトラブルの処理に腕力が要求されることが多い商売柄、腕っぷしの強い元冒険者など、喧嘩やガチの勝負に秀でた者が多い。大蛸亭のオヤジもその例に漏れず、バーンでは勝ち目がなさそうに見える。
しかし、バーンには、ひるむ様子はない。
「我々は見たんだ。この町の港で、船の上で豚を殺して湖に投げ込む様子を。だから、この町のお祭りは、きっと、湖に棲むモンスターの復活の儀式に違いないんだ!」
「船で豚を殺す話か。それは港でのしきたりだが…… 何故にモンスターの復活?」
オヤジは「はて」と首をひねった。オヤジによれば(水夫の話と同じく)、船が港に入る際に積荷の重さに応じて贄を捧げる(豚や牛を殺して湖に投げ込む)のが、この町のしきたりであり、昔から行われてきているとのこと。ちなみに、祭りのメインの儀式では、豚や牛等々の贄とともに、高価な貢ぎ物を湖に投げ込み、航行や町の繁栄を祈るらしい。であれば、運河も湖もこの町も、モンスターとはあまり関係なさそうである。
「おかしい、おかしいじゃないか! だったら、自分でモンスターを探しだしてやる!」
バーンはいきなり立ち上がり、走り出した。
「おい、若いの、無茶はやめろよ。夜、しかも酔っ払って、港や湖に近寄るんじゃないぞ。危険だぞ」
「危険だって? そうか、やっぱり、そうじゃないか!」
バーンは喜んで店を出た。ただ、何やら勘違いをしているようである。