宿に急ごう
夕刻を迎えた港には、この日の仕事を終えた水夫や漕ぎ手が多数、たむろしていた。ちなみに、港のすぐ隣は神殿の敷地となっていて、バーンたちが船上から見たような、荘厳な神殿建築物が湖に面して威容を誇っている。
また、港から市庁舎までは、道幅が広く(今風に言えば6車線くらい)、美しくかつ丁寧に石畳で舗装された道路が続いており、この道路がオクトハーブ自由市のメインストリートとなっている。
船を降りたバーンたち一行は、その日の宿を探していた。荷物は明日配達すればよかろう。期限は明後日なので、少し余裕がある。
宿を探す間も、バーンは延々と「湖の混沌のモンスター」を繰り返していた。サイラスから、「本当にモンスターが棲息しているなら、近隣の町や村まで討伐依頼の仕事の話が伝わるはずだし、水夫たちの落ち着き払った態度を説明できない、奇妙な風習や慣習はこの町に限った話ではない」と、合理的な説明を受けたものの、聞く耳を持たないようだ。
「バーン、モンスターもいいけど、見てよ。この町、なんだか華やいだ雰囲気だよ」
少しでも場の空気を和らげたいのであろう、エディが言った。実際、通りのあちこちには、色とりどりの旗やのぼり、立て看板等々が設置され、通りの両側には露店がちらほらと並んでいる。
サイラスは、ぐるりと周囲を見回し、
「近々、お祭りが始まるようですね。『モンスター』のおかげで今まで気がつかなかったが、ふむふむ、興味深い」
「祭りだって?! そうか、モンスターは祭りに集まる人々を襲うつもりなんだ!」
もう好い加減、バーンの「モンスター」は聞き飽きたことだろう。しかし、空気を読めないし読む気もないのがバーンである。
「やかましい! モンスターでもバリスターでも構わんが、荷物を持ってるこっちの身にもなってみろ。荷物をたたき壊すぞ、くそったれ」
今度は、木箱を抱えたチャーリーが切れた。バーンが「モンスター」と騒ぐのはうるさいだけだが、本当にチャーリーに荷物を壊されたりしたら、全員の連帯責任で莫大な額の賠償金を払わなければならない。
「とっ、とにかく、宿に急ぎましょう」
苦笑混じりに少々慌てつつ、サイラスは言った。
そして、程なくして……
バーンたち一行は、「大蛸亭」という看板が掲げられた建物の前に立っていた。場所的には、港にほど近く、大通りから脇道に入ってすぐのところ。この建物は、いわゆる「冒険者の宿」とされる施設であり、冒険者向けにリーズナブルな価格で、宿泊施設、食堂及び情報屋を兼ねた業務を営んでいる。
思いの外、近くに、目的の宿が見つかったようだ。こんな日は、早めに夕食を食べて寝ることにしよう(これは、パーティーの意見を最大公約数的に表現したものである)。