オクトハーブ前男爵の館
オクトハーブ前男爵は、言わば、腰が低く話し好きな好々爺であった。まずは長時間待たせたことを詫び、門から館の間の広大な庭園に植わっている木や花について逐一説明しながら、バーンたち一行を館の中に案内した。
さらに、館の中でも、壁に掛けられた絵画や廊下に置かれた彫刻等々について、一つ一つ説明を加えていく。ただし、興味を持って真剣に聞き入っているのはサイラスだけで、バーンはつまらなそうに大あくびしているが、そのことは気にならないようだ。
そして、バーンたち一行が通されたのは、豪華絢爛な応接室。オクトハーブ前男爵は、護衛の戦士に幾つか指示を出すと、バーンたちの方を向き直り、
「どうぞ、おかけください。お茶やお菓子など、お持ちしましょう。では、早速ですが、品物を見せていただきたい」
ジギスムントとエディが「よいしょ」と配達物の木箱を持ち上げ、オクトハーブ前男爵に示すと、精悍な顔つきをした護衛の戦士が慎重に箱をこじ開けた。木箱の内側には更に金属製の箱が入っていて、その箱の内側にはおがくずが敷き詰められ、そのおがくずをかき分けると、幾重にも革袋にくるまれたものが云々と、過剰包装の極みとも言えるものであるが、ともあれ、バーンたちが帝都から運んできたものは何かというと……
「おっ、おおっ、これはっ!!!」
その品物を見た瞬間、バーンたちは思わず声を上げた。ちなみに、一番声が大きかったのは、シーフのチャーリーである(目を「¥」にしたか「$」にしたかはさておき)。
「驚かれましたかな。いやあ、しかし、冒険者を生業とされている方々にとっては、さほど珍しいものではないでしょう」
オクトハーブ前男爵は言った。帝都から運んできた品物、それは、黄金をベースに、ダイヤモンド、ルビー、サファイヤ等の大粒の宝石やプラチナ等の貴金属がちりばめられた王冠だった。その価値は、金貨1万枚を下らないだろう。
チャーリーはブルブルと震える手を王冠に近づけ、半ば正気を失ったように、
「こっ、これは…… これを、どうするんだ?」
「これですか。まあ、隠すことではございませんな。この町では、明後日、運河と湖の神をお祀りする儀式が執り行われるのですが、その際に使用するものです」
オクトハーブ前男爵の説明によれば、この町では毎年お祭りが行われているが、そのメインとなる儀式は、この町の守護神でもある運河と湖の神に祈りと貢ぎ物を捧げることであるという。その儀式は明後日、湖に面した神殿で行われ、具体的には、朝から大勢の神官が湖に向かって祈りを捧げた後、湖に突き出した祭壇から、贄となる牛や豚とともに、高価な貢ぎ物(今回は、バーンたちが運んできた王冠)を湖に投げ込み、この町の繁栄や運河での航行の安全を祈るという段取りとなる。
「……と、こういうわけですが、御理解いただけましたかな?」
オクトハーブ前男爵は王冠を手に取り、ニッコリと笑った。




