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剣と創造のアリア  作者: 猫雲
2/2

#2 逃亡

「回る」

澪の呟きに応じるように澪の体は回転を始める。

「跳ぶ」

回転しながら跳び、着地と同時に回転は止まった。

(動作の対象を言わずに動作を口に出すと、その効果は自分に向けられるみたい。これなら、大丈夫)

澪は、絨毯の上を歩きながら親しんだ音楽記号を呟く。

レント(のろく)

すると、澪の動きは目に見えて鈍くなった。

(やっぱり、僕には音楽これしかない)

軽く自嘲気味に声を漏らす。今世でも、人との会話はよっぽど叶わないだろう。

(でも、これで良いんだ。ここから逃げ出して、普通の生活ができれば……)

澪は慎ましくも幸せな未来に思いを馳せる。気を取り直して、さらに実験を重ねた。


****


夜になった。

澪は、普段は窓の上から見下ろすことしかできない街に立っている。

活気にあふれた昼間とのギャップに、澪は自分が世界で1人になったような錯覚を受ける。

(まずは早く村を抜けたい。誰もいないと思うけど、万が一がある)

トランクィッロ(静かに)ピウモッソ(速く)

言葉はしっかりと認識されたらしい。澪の走りは速くなる。しかし、不思議なことに全く足音は出ない。

(……ここが難関だ)

小さな村とはいえ、貴族領だ。魔物の襲来を予期するためにも、物見櫓は24時間体制で稼働する。

(そろそろ、2分)

次の言葉を紡ぐべく、腹に力を込める

トランクィッロ(静かに)ペルデーンドシ(消えるように)

静かに紡がれた澪の言葉は現実に反映される。澪の体は消え、音が消える。

もちろん消えたのは澪の体だけなので、足元を見れば微妙に土が凹んだりするのがわかるだろうが、今は夜なので、あかりは松明のみ。バレるはずがない。

そして、澪の体が消えた理由だが、これは先の実験結果からの考察に誤りがあったとしか言えない。

このスキルは結局のところ無から事象を作り出せても、無から物体を創造することができない、というのが正しいところだ。

"消える"過程は分からないが現に消えているので間違いはない。

そして、このスキルには想像が深く関連していることも分かった。机が回る動作にしても、右回りか左回りかなど、細かい部分は全部澪の想像の通りになる。

(よし、村を抜けた。あとは、これを繰り返して出来る限り遠くまで行こう。食事を運ぶ使用人が僕の不在に気付くまであと6時間ほど。その間に王都まで行ければうれしい)

姿を消せるようになったのはうれしい誤算だった。においや音は消せないものの、嗅覚と聴覚を主にしている魔物の数は相当に絞られる。たとえ見つかっても、加速して振り払えば戦わずに済む。

(進むならやっぱり平原のほうが良いよね。平原の魔物のほとんどは視覚に頼った狩りをしているはず)

澪は、他の兄弟が魔法の訓練に費やす時間を自由に過ごせた。その間に、書斎の本で暇をつぶしていたため、知識は豊富にある。

プレスト(急速に)ペルデーンドシ(消えるように)

草原には遮るものがない。そのため、街中よりも早い移動が可能になる。

そして、夜の草原に一陣の風が走った。


****


(……着いた)

白い巨壁に包まれ、その外には大きなほりがあるカラマンタ帝国の中心、王都ガラティア。その雄大さは暗闇の中でも伝わってきた。

(濠のせいで今は渡れない。夜明けと同時に跳ね橋が降りるはずだから、それまで待たないと……)

澪は壁伝いに歩きながら、跳ね橋を探す。都市全体が包まれる壁だけあって、東西南北に一つずつ門がある。

事象創造を使わずに15分歩いたくらいだろうか。跳ね橋の前で休息をとっている馬車群が目に入る。

(商人たちかな。きっと、跳ね橋が上がる前に間に合わなかったんだ)

東の空がもう白んでいるため、跳ね橋が降りるまであと30分もないだろう。澪は、ゆっくりと馬車のたむろしている場所に向かった。

「おう、嬢ちゃん!1人かい?」

馬車からかけられた男商人の声に、澪は軽く頷いて答える。

この時間になるとたいていの商人は起きていた。話しかけられても、しっかり返事を返してあげられないことに胸が少し痛む。

(濠の向こう側が騒がしくなってきた。そろそろかな)

澪の予想通りに、橋がキィギィと木の軋む音を立てながら降りてきた。


王都の中はまだ早朝だというのに活気にあふれていた。

人間だけじゃない。獣人やエルフの姿もまばらに見られる。

白い石で整備された大通り、道の脇の屋台は準備中だが、すでにおいしそうな香りが漂っていた。

澪は、大通り伝いに歩きながら周りをよく見渡してみる。

「お前、この街は初めてか?」

急にかけられた声にびっくりしつつも、短く頷いて肯定する。

「そうか。ここはこの通り騒がしいが、良い街だ。ゆっくりしてってくれな」

男は、後ろ姿に右手を上げて去っていった。

(ち、ちょっとキョロキョロし過ぎたかな?田舎者だと思われてなければ良いけど)

ふと、澪は顔を上げる。すると、さっきまでは気付かなかったが、自分に相当の視線が集中していることに気付く。

(え、え、どうして⁉︎もしかして、逃げてきたってばれてるのかな?ど、どっちにしてもここを早く離れないと)

現実には、澪のような小さな少女(男だが)が1人で街を歩いていたため、目を引いただけだ。

「あの、がわええなぁ。えれぇべっぴんざんや。オラあの結婚げっごんでぎんならんでもええ」

「ばーか!ありゃどう見ても貴族だろ。お前が死ぬくらいでどうにかなるタマじゃねぇよ」

「ぞーがぁ、オラ、貴族ぎぞぐだっだら、あの結婚げっごんでぎでだだな」

「どっちにしてもお前の顔じゃ無理だよ」

街路の至る所でそんな会話がなされているなど知るべくもなく、澪は先を急ぐのだった。











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