二種類の気持ちと、後輩の入社
それから約一ヶ月が経過した四月の上旬。
僕が勤めている店舗は全道にあって、今日、一斉に入社式が行われる予定だ。
店の方は通常営業で、新入社員は店の本部の会議室まで移動するそうだ。
もちろん、野澤愛も行くと言っていた。
愛とは店でほぼ毎日、顔を会わせるのだが、今日は入社式ということで、ビシッとのスーツ姿で決めているという。
本部に行く前に店に寄った理由はタイムカードを押さなければならないのと、スーツ姿を僕に見せたいということらしい。
なんとも、嬉しいことだ。
確かに、それはそうなのだが僕にも一応、立場ってものがある。
愛の先輩というだけでなく、好いてくれるのは良いのだが、僕には子どもこそいないけど、妻がいる。
昨夜は少しやばかった。
僕が美紀と会話していると、一通のメールが届いた。
相手は、愛からだった。
美紀に、誰から?と訊かれても、後輩からというふうに答えるしかなかった。
すると、妻は察したのか急に不機嫌になりこう言った。
「また、この前の女の後輩から?」と。
「う、うん。まあ、そんなとこ」
僕は少し焦ってしまった。
「ふうん…。やっぱりね。まあ、私に隠れてコソコソするのはやめてよね。メールの内容までは訊かないからさ」
美紀を見ていると何だか少し寂しそうだ。
いつもの強気な妻はどこへ…。
そういう姿を目の前で見せられると美紀には悪いが同情してしまいたくなる。
毎日、妻の顔を見て、愛の顔もほぼ毎日みる。
守っていきたいのは美紀の方。けれど、恋愛感情があるのは愛の方。
二種類の感情が僕という人間を板ばさみにしていた。
とりあえず僕は、店の喫煙室で煙草を吸いながら愛が来るのを待った。
次から次へと従業員が出勤してくるが、その中にスーツ姿の女の子はまだいない。
そして、8時25分になり、僕は不審に思い喫煙室から出て、まずタイムカードを押した。
従業員入口の方を見ると、グレーのスーツ姿の若い女の子が笑顔で小走りでこちらに向かって来る。
それは愛だった。
髪は後ろで二つに分けて赤いゴムでしばってある。
「おはようございます!何とか間に合いました」
「いつもより遅かったな。それにしても、スーツ、似合ってるじゃないか!髪型はいつもと違うけど」
「ありがとうございます!そう言ってもらえると嬉しい!ちなみに髪型はチーフに事前にいわれたのでツインテールにしました」
「めっちゃかわいいな、愛は!入社式、緊張するだろ?」
「いえ、そうでもないですよ」
へぇ、肝っ玉が座っているんだな、さすが、と思ったがそれは言わなかった。
愛はすぐにタイムカードを押し、
「それじゃ、行ってきまーす」
と言ってから、がんばってこいよと言い、送りだした。