僕の嘘
他に想う女はいても、今日は妻と外食をすることにした孝平。
中華料理店に入った僕らは、窓側に座り、妻は辺りを見回した。
フロアは広く、出口のすぐそばに二階に通じる階段があり、その真ん中に四人掛け用の木製の椅子と木製のテーブルが六席あった。
僕らの座っている窓側の席は、二人用の木製のテーブルで三席設けられていた。
壁は白一色で覆われていて、天井にはいくつか金色の豪華なシャンデリアが取り付けられている。
会計を済ませるためのレジのカウンターは奥の方にあり、更にその奥がどうやら厨房となっているようだ。
「へー。こうなっているんだ。すごーい。」
と、妻は感心した様子だ。
「たまに会社でここの店を利用して、忘年会や新年会をしているんだわ」
自慢げに僕は言うと、
「いいなぁ。私もどこかで働こうかな」
と、その時、上が白いワイシャツで更にその上に赤いエプロンをし、下が黒色のスラックス姿の女性の店員がやってきた。
運んできた冷水を僕と妻の前に置き、「ご注文が決まりましたらそこの赤いボタンを押して下さい」と言って去って行った。
僕はテーブルの上に立てかけられていたメニュー表を取り、美紀に手渡した。
そして、妻はありがとう、と言ってからそれを見始めた。
僕は裏表紙のメニューを眺めていた。
すると、窓の外を見ると一人の通行人がこちらを見ながら立っている。
その人はなんと、野澤愛の姿だった。
愛は胸元にビーズ刺しゅうの入ったリラックスした感じのブルーのワンピースを着ていて、とても優しくかわいらしい感じだ。
彼女の視線は妻の美紀に注がれていた、というよりむしろ、いつもは見たことのない鋭い目つきで睨んでいるようにも見える。
美紀が視線に気付き外を見ると愛は目線をずらして僕の方を見ながら笑顔で手を振っている。目つきも一気にいつもの様子だ。この豹変ぶり…。
こんなところで会うなんて、なんてこった…と、思いながら渋々手をあげた。本当は僕も満面の笑みで手を振り返したかったがそうもいかない。
美紀は不思議そうな顔つきで僕と愛を交互に見ていた。
愛はすぐに立ち去ったが、僕は引きつった表情でその場に座っているしかなかった。
そしてすぐに、
「誰?」
返答に困った…。何もやましいことがなければすぐに答えれたが、肉体関係こそないものの、僕は愛に対して好意を抱いている。
だが、僕は何もない素振りで、
「会社の後輩だよ」
と、素直に答えた。
「ふーん…、後輩ね。それにしても、あなたを見て手まで振って嬉しそうだったわよ?」
「いやぁ、そんなことよりも、早くメニューを選んで注文しよう。僕、お腹がペコペコなんだ」
表情が硬くなってしまった美紀は、
「私、中華丼がいい」
と答えた。
僕は焦燥感を覚えながらも一通り目を通してメニューを選んだ。
「僕は中華丼の大盛りにする」
美紀の席の方に赤いボタンがあったのでそれを押した。
少しして、先程の女性店員がやってきた。
そして、注文内容を伝えると、伝票にそれを書き「かしこまりました」と言い、頭を下げ、また去って行った。
美紀はこちらを見ている。何か言いたげな感じだ。
美紀は一体、何を言い出すつもりなのだろう…。