妻との外食と、妻の知らない僕の気持ち
僕はまだ、美紀にランチに何を食べるか言っていない。
気持ちの中では中華が食べたいと思っていた。
というか、僕の小遣いで二人で一緒に食べるだなんて久しぶりだ。
壁の時計を見ると時刻は午前11時を回ろうとしていた。
僕はあぐらをかきながら話し始めた。
「なあ、美紀」
「うん?」
妻はちょうど洗濯物を干している最中で忙しそうだったのでこちらを見ずに返事をした。
「今日の昼ご飯、僕の小遣いで食べにいかない?」
笑顔でそういうと、
「どうしたの、急に」
僕は妻の冷静な返答に驚いた。なので、
「…いや、急じゃないんだ。今朝からずっと考えていたのさ」
と、答えた。
「ふうん。そうなんだ。でも、無理しなくてもいいのよ?食費ならまだ、あるから」
相変わらず現実的すぎるほど、現実的な女だな…、と思ったがそれは言わないで、
「いや、それはわかってるよ。ただ、たまには良いかな?と思ったからさ」
表情を変えずに僕は、そう言うと、
「わかった。じゃあ、お昼は孝平のおごりね!」
美紀は嬉しそうにそう言った。
だが、本当に妻は嬉しいと思っているのだろうか…。
昨夜は美紀との久しぶりの情事は良かったけれど、結局怒らせてしまったし。
怒らせついでに、もう一つ怒るかもしれないことを訊いておこう。
僕が納得するために。
「訊いておきたいことがあるんだけど、いいか?」
真面目な顔つきで言ったお陰か、美紀も一気にそういう顔つきになってこちらを見ている。
「昨日の夜のエッチは良かったよ。また、できる?」
美紀は、普通に、
「気分が乗ればねー。なかなか乗らないけどね」
「美紀はどうしてそんなに僕との肉体関係を拒むの?」
妻は苦い表情で、
「前にも言ったと思うけど、孝平の体液と私の体液がやってる最中に混ざり合うのがあまり好きじゃないの…。だから汚いという理由はそういうこと…」
と答えた。
その混ざり合うのが良いんじゃないか!と思い、そう伝えてみると、妻はいかにも嫌そうな顔をしていた。
「わかったよ…。美紀がそういう人だってことをよくわかったわ」
意外にも、キレなかったな。
そう思いながら依然として僕はテレビをみている。
バラエティ番組だ。
「そろそろ、着替えよ?」
うん、と返事をし、着替えを始めた。
3月とはいえ北海道の春はまだまだ寒い。
だから、僕は長袖のTシャツの上にパーカーを羽織り、その下に、ジーパンをはいた。
美紀は、上は白い生地に花柄が入ったブラウスで、下は黒いストッキングの上にジーンズ生地のショートパンツを履いていて、白いトレンチコートを羽織った。
僕は相変わらずクールでいい女だな、と思いながら見ていた。
これで、夜の営みも好きならもっといいのに。
美紀は僕の視線に気づき、
「うん?」
と、笑顔で首を傾げながらこちらをみている。
「いやいや、なんでもないよ。そのコート、いいなと思ってね」
「でしょ!?私も気に入ってるの。この前買っちゃった」
「そっか。たまには僕にも服買ってくれよ」
苦笑いを浮かべながらそう言うと、
「お給料出たら買おうか」
美紀は落ち着いた表情でそう言った。
「わかった」
僕はスニーカーを履き、美紀はハイヒールを履いて家を出て、車に乗った。
車は結婚した当初買ったシルバーの軽自動車だ。
ちなみに運転手は僕だ。
助手席に妻が乗り発車した。
目的地の中華料理屋は市内にあり、車で15分くらいのところにある。
車中で、美紀は、
「外食するなんて久しぶりね。いつ以来かな?」
運転しながら僕は、
「去年の末以来かな、確かね。それも会社の忘年会で行ったから美紀はきてないもんな。だから二人での食事は…かなり前だな。でも、それだけ、美紀の料理が美味いということだよ!」
僕はハンドルを一回、バシッと叩きながら言った。
「最後の私の料理が美味しいというのは何だか、取ってつけたようね、まあ、嬉しいけど」
そう言いながら、美紀は笑っていた。
その時、僕は感じていたことがある。
こんな、平凡な会話で過ごしていて幸せだけれど、いつまで続くか……。
僕には別に好きな女がいるということはまだ、言っていない。
いつか、言わなければならないと思っている。
野澤愛。22歳。
彼女の存在が大きい。
愛は美紀とは逆でキレイというよりかわいいと言った感じだ。
髪型は茶色みがかった黒っぽいボブヘアで、以前にも言ったと思うけど、スタイルがすごく良い。
出ているところは大きくでていて、引き締まったウエスト。
考えただけでもムラムラしてくる。
と、そこで僕は愛のことを考えるのをやめた。
今は妻とデート中だ。
そんなことを考えていても、美紀は気付く様子もなく、話していた。
「-でね、隣の奥さんがね、」
妻は上機嫌で話していたが、目的地についた。
「美紀、着いたよ」
「あ、ここなんだ。初めて来たわ」
そう言いながら僕らは車から降りて、妻は店の外観を見て、
「へー、良い感じに渋いわね」
と言った。
その外観は、灰色の瓦の屋根に、赤いどっしりとした門構えのある造りだ。
妻のことも好きで、後輩のことも愛している孝平の今後の動向は…?