閑話:その頃の両親たち
【父親サイド】
サフィール侯爵邸で子供たち+αがお茶会をする事になり、フローライト辺境伯一家は揃って馬車でサフィール侯爵邸に来た。
ギルフォード・フローライトとゼフィラス・サフィールはサフィール侯爵家の馬車で王宮に向かった。
国王へ婚約の報告のためである。
王宮に到着したが、マリアを嫁に出したくないフローライト辺境伯ギルフォードの歩みは遅い。
渋々感が満載である。
そんなギルフォードをサフィール侯爵ゼフィラスは苦笑しながら見ている。
自分も娘とジェリク王子との婚約の打診を受け、リリウムにそのことを話さなければならなくなった時に、同じような状態になったからである。
当時、娘から鬱陶しいと思われているのも知らずに、何度も【この婚約を受けて本当に良かったのか?今なら断ることもできるぞ?】と確認していた。
「ギルフォード殿。その・・・大丈夫か?」
「・・・ゼフィラス殿。大丈夫です。・・・・・・・・・多分」
『イヤイヤイヤ。大丈夫じゃないだろう!?』とはゼフィラスと偶々廊下ですれ違った侍女・侍従一同の心の声である。
前もって書簡で伝えており、サフィール侯爵とフローライト辺境伯が揃って登城するため、報告は謁見の間ではなく、国王執務室へ通された。
なぜなら学生時代、現フローライト辺境伯夫人フェリスを巡ってギルフォードと決闘してコテンパンにされた人間が多数いたからである。
学園を卒業してかなり経っているのに、同じ時期に学園に在学していた男性陣にとってギルフォードは恐怖の対象、トラウマとなってしまっているようだ。
仕事に差し支えては困るための特別措置だった。
ようやく到着した執務室には、国王と宰相であるサルファー侯爵がいた。
「フローライト辺境伯、サフィール侯爵。待っておったぞ。そろそろ王妃も来るから少し待っててくれるか?」
「「はい」」
国王はフローライト辺境伯の様子を見て、笑いを堪えるのに一苦労していた。
まるで断罪されるのを待っているように見えたからである。
そんな国王をサルファー宰相は冷ややかな目で見ている。
そのことに国王は気づいていない。
まぁ。国王にしてみれば、学生時代に想いを寄せていた令嬢を横から掻っ攫われた苦い思い出があるから仕方がないのかもしれないが・・・
しばらくすると、王妃が執務室に来た。
王妃が執務室に入ると、国王が笑いを堪えているのに気づき、宰相に目配せした。
【辺境伯と侯爵が帰ったらちょっと説教するから、席外してね?】と。
宰相は国王に分からない程度に小さく頷き、王妃に了承の意を示した。
「フローライト辺境伯。サフィール侯爵。本日はよくお越しくださいました。先日、書簡が届いていた件ですね?」
笑いを堪えるのに精一杯の国王が、中々話しを切り出さないため王妃が話しを進めることにしたようだ。
もっとも、それはギルフォードとゼフィラスのためではなく、国王への説教時間を長く取るためであったりする。
「はい。先日、書簡でもお伝えしたようにラジェル・サフィールとマリア・フローライトの婚約が整いましたのでご報告に参りました」
「そうですか。おめでとうございます。これで一安心ですねサフィール侯爵」
「ありがとうございます。マリア嬢のような素晴らしいご令嬢を、我が息子の伴侶に迎えられることは大変に喜ばしいです」
「フローライト辺境伯。マリア嬢とラジェル殿の婚約式とお披露目はどのようにするのかは決まっているのですか?」
「・・・はい。二人の意見を尊重して、親しい友人と親族のみで行う予定です」
国王ではなく、王妃に報告しているという可笑しな状況。
学生時代、国王は1学年先輩で王妃は同学年だった。
そのため今日のギルフォードの状態が珍しいものであることは重々承知している。
・・・が、そろそろ国王の腹筋がヤバそうと感じた宰相が早々に報告を切り上げさせようとする。
本来であれば、国王自らが詳細を聞かなければならないのだが、それは無理そうだとサフィール侯爵も判断した。
「では、フローライト辺境伯、サフィール侯爵。詳細については別室にて私が承ります」
「「わかりました。では陛下、王妃様。本日はお時間を頂きありがとうございました。御前しつれいします」」
結局、執務室に辺境伯たちが入室してから国王が発した言葉は、最初の一言だけだった。
別室で、宰相に詳細について話しているうちにフローライト辺境伯は平常心を取り戻したみたいである。
そのことにサフィール侯爵とサルファー宰相はホッと胸をなでおろした。
一通りの予定などを宰相に伝えた、父親二人はまた馬車に乗り込みサフィール侯爵邸へと戻って行った。
そのころ、国王執務室では王妃が国王に説教していた。
学生時代に色々とあったとはいえ、あの態度はなんなのか!?と。
それはもう凄い勢いの説教である。
ルピリア第一王女の婚約が決まったときにした以上の説教であった。
王妃が執務室から出てくるまで、侍女も侍従も、話しが終わった宰相ですら国王執務室に入れなったほどである。(王妃様の剣幕が怖くて入れなかったのだ)
【母親サイド】
父親たちが、王宮に報告にいく傍ら、母親二人は観劇に向かった。
サフィール侯爵家の馬車は、父親二人が使っているのでフローライト辺境伯家の馬車でのお出かけである。
馬車の中では、1つしか年齢が違わないため終始、話しで盛り上がっていた。
「本当にマリア様がラジェルのお嫁さんになってくれるなんて!あの子ったら8年も片思いしていたのですよ?」
「まぁ!!ですが、ラジェル殿はどこでマリアを見初めたのでしょうか?マリアに聞いても、王宮夜会で初めてお会いしたと言っていたのですよ?」
フローライト辺境伯夫人フェリスのもっともな疑問に、サフィール侯爵夫人マグリアは苦笑をもらした。
「マリア嬢を見初めたのは、ジェリク王子の婚約者候補を集めた王妃様主催のお茶会がありましたでしょう?そのときですわ」
「あぁ。あのお茶会ですか。私もマリアの付き添いで参りましたが、参加者の男の子はジェリク王子だけでしたわよ?」
「ふふ。あの日、ルピリア様が弟であるジェリク様の婚約者候補たちを覗き見するのにラジェルも付き合わされたのですよ。その時にマリア嬢に一目惚れしたのですって」
「あらあら。ルピリア様のお転婆も時には役立つのですね」
ラジェルの暴露話(という名の黒歴史暴露)に花を咲かせている貴婦人二人を乗せた馬車は、王都にあるサフィール侯爵家がいつも使っているドレスサロンへと向かった。
劇の開始まで時間があるため、婚約式とお披露目でマリアに着せるドレスを作るためである。
マリアのために新年祝賀会用のドレスをラジェルが用意した際にも使ったサロンである。
「いらっしゃいませ。おまちしておりましたわ。サフィール侯爵夫人、フローライト辺境伯夫人」
二人を出迎えたのは、このドレスサロンのオーナーでデザイナーのタニア・フェルベナイトだった。
「おひさしぶりねタニア。祝賀会用のドレスをお願いしたとき以来かしら?」
「左様ですね。あの時のドレスはいかがでしたでしょうか?」
「もぅ大満足よ!おかげでラジェルの相手も決まったわ」
「まぁ!おめでとうございます!!ではそのお相手は・・・マリア・フローライト様ですか?」
「そうよ!マリア嬢がラジェルとの婚約を受けてくれたの!」
「マリアのことを一途に想い続けてくれたラジェル様なら、きっと娘を幸せにしてくれますわ」
「もちろんですわ!ラジェルには必ずマリア嬢を幸せにさせます!お約束しますわ」
大きな子供がいるとは思えないほどの乙女っぷりとはしゃぎっぷりである。
フェリスもそれに混じってしまったため誰も止められない。というより止められる者がいない。
サロンにいるお針子たちがちょっとだけ(いやかなり?)引いてしまっていた。
キャッキャウフフとドレスに使う布地を選び、装飾品に使う宝石の種類を選び、ドレス・装飾品のデザインについて盛り上がる貴婦人3人。
その盛り上がりは、お付の侍女が劇場に向かう時間だと伝えるまで続けられた。
母親たちは観劇に向かったとばかり思っていたマリアは、ドレスが注文されたことを知らなかった。
ラジェルは知っていて、敢えて愛しの婚約者殿に知らせなかった。
なぜなら、知らせたらドレスを作ることをマリアが渋るとわかっていたからである(笑)




