「死ねばいいのに」しか言えない呪いをかけられた少女
私の住んでいる世界は神様と共存する世界、イヴァスワールド。
その名の通り、神様が実物として存在し、神様の造られた物と共存している。私もまた神様に造られた人間であった。
その昔、私がまだ小さい頃。ペットの猫のキューイチを飼っていた頃。私が生まれた時に飼い始めた猫で、私はとても大好きだった。けれども、私が12歳になった時キューイチは静かに息を引きとった。とても悲しくて、辛くて、寂しくて、苦しくて、ついこの世界では言ってはいけない、禁忌の言葉を言ってしまった。
「死に神なんていなくなればいい。」
そうして、死に神を怒らせ呪われた私は、人に話しかけることが出来ず話しかけられたら死ねばいいしか言えなくなる呪いをかけられたのだ。紙で話そうにも、字を憶えるという事は貴族や王族などお金に余裕のある者達しかできず、平民である私には到底できない話で。私は誰とも話しかけることなく、話しかけられることなく、たった独りで生きていかねばならなかった。
最初は怒り心配してくれた友達もやがて気味悪がり、両親でさえも気味悪がり、極力話しかけられなくなった。
そんな私を死に神は嘲笑い、こう言うのだ。
「造られた物の分際で、私を愚弄するからこうなるのだ。恥を知れ。」
心の底から吐き気がした。
死に神というのは、大昔に死に神が人間だった頃罪を犯し、その罰として一生神に仕えるという罰として神とされている(こういった神様を贖罪神という)。だから、間違っても人から崇め奉られる神ではない。
幼い私のちんけな言葉に、私はこのような事になったのか。
ひどく、死に神がかわいそうに思えた。罰として神に近いものにされたにも関わらず、その役割を忘れ、こんなにも愚かだ。
神とは何なのか、不意に疑問に思ってしまうのだ。
そんな私にも時間は流れ、18という歳になった。
18にもなれば、この国では成人とされる。両親は喜々として私をどこかの山奥の老人が何人かしかいないような村に送られた。ある程度の期間ごとに、生活に必要なものが送られてくる。
せめてもの情けなのだろう。そんなものに意味はないのに。
そしてその村に住み始めて一年がたった頃、国に使える騎士が数人やってきた。何でも、もうすぐ戦争が始まるらしく、戦えそうな若い男を集めにきたらしい。
「すみません、バニーユ・ハルフィーと申します。この村の住人を集って欲しいのですが。」
「死ねばいいのに。」
とても綺麗で丁寧な口調の男が話しかけてきた。きっと、私がいるなら、他の若い者もいるだろうと考えたのだろう。
私が死ねばいいのにと言った瞬間、この男の周りの騎士が剣を抜く。
「この、一番隊長のバニーユ・ハルフィーさんに、貴様、死ねばいいなどと!」
「無礼だ!切り捨てましょう!」
それでも騎士達の言葉に私の口は面白いくらい律儀に、死ねばいいのに、と返していく。
しょうがないじゃない、死ねばいいしか言えないんだもの。
そんなことが騎士達に伝わるはずもなく、抜いた剣が首にかけられる。
こんな事になら好奇心を起こさず、騎士たちなんて見に来なければよかったわ。でも、これで死ねるなら、それもそれで、いいのかもしれない。
そんなことを考えていたら、バニーユ・ハルフィーが騎士を手で制した。
「やめろ。そんな事をしても何にもならない、剣を引きなさい。」
「でもっ!!」
「やめろ。」
鋭い視線で騎士たちを制し、そしてまた私を見つめた。
その目はどこか疑っていて、どこか優しい。
久々の嫌疑のこもってない瞳が見えて、不覚にも心が高なってしまう。
「私は風の噂で、ある一言しか発せないという奇病を発したという噂をきいたことがあります。もしかして、貴女の事ではないのですか?」
「死ねばいいのに。」
そう言いながら頷く。
どうしてこの人は優しくしてくれるんだろう、怒らずにいてくれるんだろう、わからない、分からないけれど、とても嬉しい。
とまどう私に優しく微笑む。
「字は書けないのですか?」
「死ねばいいのに。」
頷く私の手をとり、これまで私が見たことない聞いたことない甘い笑顔と声で、囁く。
「私と一緒に来ますか?」
「死ねばいいのに!!」
あまりの驚きで、死ねばいいのにの言葉が大きくなってしまう。
どうして、なんで、いっぱい疑問がでてくる。もしかしたら、この人は私の身体を切り開いて実験しようとしてるのかもしれない、なんて想った、けど。そう思うには、あまりにも瞳が真摯で、だから、私は思わず頷いてしまっていた。
私はあれよあれよと、あまりにも広すぎるバニーユ・ハルフィーの離宮の1個(複数あるらしい)から出ないという制約で王宮に入れた。
あの時のバニーユ・ハルフィーは凄かった。反対する騎士たちに剣を振りかざし、『私に意見するとは、お前たちは随分偉くなったのだな。』とか何とか言って一瞬にして黙らせていた。
バニーユ・ハルフィーの部屋に押し込められて3日、まだ身体を切り開かれるとかそういうことはされていない。その変わり、誰もやってこない。来るのはご飯を置いてきてくれるメイドだけ。
押し込められて5日後の夜、バニーユ・ハルフィーは疲れたような顔でやっと離宮に来た。
「すみません、色々と手続きがあって来れませんでした。」
「死ねばいいのに。」
気にするな、という気持ちを込めて首をふってみる。
彼はホッとしたような顔で笑う。その顔を見たら、なんだか少しいたたまれなくなった。
あまり向けられない笑顔だからだ、きっと。
「来てくれ、と頼んだのは私なのに申し訳ないです。こんなところに押し込めてしまって。」
「死ねばいいのに。」
律儀な男だ、そんなこと気にすることないのに。
それにしても私の口も本当に律儀に死ねばいいのにと返すのだな、それが少し面白くて笑った。
「っえーと、明日から私が字を教えてあげますので、ゆっくりと覚えましょうね。」
「死ねばいいのに。」
そう言いながら、嬉しくて、嬉しくて、堪らなくて、何度も何度も頷いて、朝になるまで泣いていた。きっと、こんなに嬉しい日は訪れない、夢みたいだ。
次の日も、またその次の日も夢のような日々は消えることなく、バニーユ・ハルフィーは夜になると私に字を教えに来てくれた。
半年が経った、夢のような日々は未だ途絶えることなく続いていた。半年も経てば字は難なく書けるようになり、会話もできるようになった。もちろん紙でなのだけれど。紙で、私の名前を教えれば、嬉しそうにマーフと呟いていたのが少し嬉しかった。
彼を慕っていた騎士たちとも和解することができ、私の事を面白いという彼らのことを私は好きになった。
そして、数ある中の他の部屋に泊まっていたバニーユ・ハルフィーはいつしか私の部屋で寝泊まりするようになっていた。彼の事が好きか、と問われれば、きっと、いや、とても大好きなのだろう。それは、とても。でも、彼が何も言わない限り、私は何もしない。私は彼に助けられた分際で、彼にまとわりつく蟠りにはなりたくない。
愛しい者と愛しい日々を過ごしていたある日、バニーユ・ハルフィーは言った。
「戦争に行きます。長い戦いで、勝てる見込みのある戦いではありません。ですが、どうかこの部屋で待っていてもらえませんか。」
「死ねばいいのに。」
【どうしても行かなきゃならないですか?】
覚えたての言葉を殴り書きで紙に必死に紡ぐ。
「私が行かねば、この国は終わります。私が行けば、この国は勝てるかもしれないのです。」
「死ねばいいのに。」
【貴方でなければなりませんか?】
紙に落ちた雫で、ああ私は泣いているのだと気付く。彼が困ったような顔で笑っている。困らせている。泣き止まなければ、止めてはいけない、この人の役割があるのだから。
でも、私は、それでも、行かないで欲しかった。
「ありがとう貴女のその心だけが嬉しいです。ひとつだけ、最後のお願いがあります。例え、どのような男が貴方に跪いても、私だけを待っていてくれると約束してくれますか?」
心が染みわたるようだと思った。
どうしてこんな私に待ってくれと言っているのだろうとは思わない。私を卑下することは、きっと、私をこんなに思っていてくれるバニーユに失礼な事で。
私は微笑んだ。
「死ねばいいのに。」
【いつまでも、待ってます。】
「マーフ、私を待っていてくれますか?」
優しく名前を呼ばれ、私は、涙を零しながら頷いた。
嬉し泣きも悲しい涙もあるけど、ただただ、感情が溢れて、涙が出る。彼は私の頬にキスをすると、行ってきますと呟き、夜の外に姿を消した。
それから、私は彼を待った。
ただ、待った。
一ヶ月。
二ヶ月。
三ヶ月。
四ヶ月。
五ヶ月。
それは後に大戦乱と呼ばれる戦争の規模になる戦いだった。
そして六ヶ月目の夏、結局引き分けになり同盟を組むという形で戦争が終結した知らせと共に、彼は運ばれてきた。
ーー瀕死の状態で。
彼の片足は根本から無くなり、身体にも銃や剣の傷跡がある。
彼を慕っていた騎士は、悲しそうに、お前と話がしたいそうだ、と告げる。静かに死ねばいいのにと返した。
瀕死の彼は目を開けずに、かすれた声でこう呟く。
「……私は、心が分かります。そういう、神に愛された家系なのです。」
「死ねばいいのに。」
急いで駆けつけたせいで、紙もなく、ただ死ねばいいのにとしか返せなかった。
「だから、たとえ貴女の口から醜い言葉が出ても、貴女の心は澄み渡るように綺麗で。」
「死ねばいいのに。」
息も絶え絶えに言うバニーユは、今にも、こと切れそうで。
「だからこそ、貴女の心を、愛する事ができた。貴女の笑顔を愛しいと思った。」
「死ねばいいのに。」
もうなにも喋らないで、貴方の気持ちは分かったから、そう言いたかったけれど、私の口から出てくるのは汚い罵りで。
「……待っていてくれて、ありがとう。」
そう呟いたバニーユは目を覚ますことなく、眠りについた。
なにが、なにが待っていてくれてありがとう、だ。そうやってすぐ、いなくなってしまうくせに。
死ねばいいのに。
彼を死なせた人たちなんて。
死ねばいいのに。
泣くことしかできない騎士たちなんて。
死ねばいいのに。
死ぬときでさえこんな言葉しか吐けない、私なんて。
「っ…なにをっ!っあ……!」
彼を慕っていた騎士のナイフを奪い取り、自分の首をひと想いに、掻っ切ったーーーー。
・・・
私が死ぬことは、なかった。あの首を切った時、けして手加減した訳ではなかった。けれど、私は死ななかった。何故なら、神に呪われた者はその罪を赦されるまで死ねないのだ、と後になって知った。
それならば、神に愛された者が生きればいいのにと何回も思った。でも
今は、死ねなくてよかったと思っている。
何百年、何千年と彼を待つことができるのだ。
彼と過ごしたこの離宮で。
彼の魂が輪廻するのを。
たった一人で待ってる。
あなただけを待ってる。
話はあるんですけど、それを文章にするっていうと、最後まで書くまでに飽きてしまって、なかなか書けませんでした。
初投稿になりますので、読みづらいとこがあると思いますが、指摘くれたら幸いかなと思います。
短編にするのは無理やり過ぎたかな?笑
幸せな日々をもっと書きたかったけど、飽きそうだったのでやめました笑
バッドエンド、ではないと思ってます笑