閑話 ビランツァの噂と防衛戦の象徴
昨日は、投稿できずに申し訳ありませんでした。
閑話最後の一話です。
次から、本編に戻ります。
次の投稿日は、5月17日0時になります。
「防衛戦の最後に来たのが、地竜だ。あれを見たとき、俺はもうダメだと思ったね」
「俺達もだ。だが、そこに現れたのが我等が英雄の拳士だ」
ビランツァの広場で、2人の男達が5、6人の見物人にそう語っていた。
男達はビランツァを拠点としている冒険者、見物人は防衛戦の後にビランツァへやって来た者達だ。
話の内容は、ビランツァ防衛戦について。
というよりはビランツァ防衛戦で活躍した英雄、すなわち慎吾についてというべきか。
「拳士の一撃で、山のようにデカい地竜が吹き飛んだ。素手で地竜を吹き飛ばしたんだ、我が目を疑ったぜ」
「俺達は、戦いそのものを見ることができなかった。街を囲っていた障壁が解けた時には、地竜が地面に這っていたんだ」
身振り手振りを交えながら、男達は語る。
それに対して、見物人の1人が訝しげに口を開いた。
「お前達の妄想とかって訳じゃないのか?」
「防衛戦に参加していた冒険者、100人以上全員がか?ありえないね」
見物人の言葉に、男達は笑うようにそう言った。
ついでに言うと、地竜の姿は街の住民たちも目撃している。
それだけの人数が見た以上、地竜の存在が嘘と言うわけがない。
それに、後日の調査で地竜の死体も回収されている。
地竜の存在が嘘でない以上、冒険者の見たという拳士も妄想ではないという事だ。
「もしかして、その拳士の自作自演って事は・・・」
「おい、そこの御仁」
他の見物人が懐疑的にいうと、男達の雰囲気が変わった。
目が据わり、殺気のようなものが滲み出る。
その雰囲気に、見物人たり達は冷や汗をかいた。
「俺達も含めて、この街の住民はあの拳士に命を救われた。あまりそういうことを言ってると、何があっても知らないぞ」
低く唸るような男達の言葉に、先ほどの者はカクカクと頷く。
これは、別に男達が脅しているというわけではない。
今のビランツァで英雄のことを馬鹿にすると、流血沙汰になりかねないのだ。
というより、これまでに何度かそう言った事が起こっている。
「ところで、その拳士の正体って誰なんだ?地竜を素手で吹き飛ばすような奴なんて、聞いたことないぞ」
何やら悪くなった雰囲気を払拭しようと、別の見物人がそう言った。
強い冒険者というのは、それだけで有名になる。
地竜を素手で倒すような冒険者なら、世界中にその名を轟かせていてもおかしくはない。
だが、そう言った話は全くないのだ。
まあ、召喚者である慎吾なのだから当然だが。
「それが、全く分からない。防衛戦が終わって街に入ったのは分かってるんだが、そのあとはだれも見てないんだ。ギルドに聞いても、何も教えてくれねぇ」
見物人の言葉に、男達が首を振る。
名前も、顔も不明。
その上防衛戦以降、慎吾はティルキアの屋敷以外では魔法使いとして活動している。
普通に考えては、慎吾が英雄だと分からないだろう。
ちなみに、ギルド経由で防衛戦時に慎吾の近くにいた冒険者にも口止めをしている。
「鶴城君、大人気だね?」
「この街を救った、英雄だからな。本人が聞いてたら、恥ずかしさで悶絶しそうだけど」
男達と見物人とのやり取りを見ながら、美香と勝間が苦笑した。
彼らが居るのは、男達がいる広場の中央だ。
ティルキアが何やら呼ばれたらしいので、受ける依頼を探すついでについて来ていた。
「あの者達の話は実際の事とほぼ同じなので、まだマシですね・・・」
勝間達の隣で、ティルキアが呆れたようにそう言う。
英雄についての噂の中には、ギルドの緊急対策要員であるとか地竜を一睨みで倒したと言うものもある。
挙げ句の果てに、神が天から遣わせた使者だという話も出てくる始末だ。
あまりに尾ひれが付き過ぎているので、酷いものにはギルドが介入するといったこともあった。
男達が話している内容は、それに比べるとまだかわいいものだ。
「さてと、そろそろ時間ですね」
突然、ティルキアがそう言って勝間達から離れていった。
「ギルドに呼ばれてるんだっけ?」
「ええ、そうです。本来なら私が行くまでもないんですが、内容が内容ですからね・・・」
勝間の質問に、ティルキアは懐から1枚の紙を取り出して苦笑する。
そして、冒険者ギルドの方へと消えて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
勝間達が、ビランツァの広場でのんびりしていた頃。
冒険者ギルドビランツァ支部、ギルドマスター執務室にて。
「ふむ・・・」
1枚の紙を睨みながら、バラディスがしかめっ面で唸っていた。
やがて、諦めて紙を机の上に放り投げる。
ちょうど、そのタイミングで扉がノックされた。
体勢を整えて返事をすると、扉が開いて1人の男性が入ってくる。
バラディスより少し低いぐらいの、細身な男性だ。
眼鏡をかけていることも相まって、知的な印象を受ける。
「やあ、バラディス。久しぶりだな」
「お前が、町長の仕事を押し付けてくれた時以来だな。その上、こんな面倒なこと寄越しやがって」
ニヤニヤしながら挨拶して来る男に、バラディスは机の上にある先ほどの紙を持ち上げながら返した。
一見仲が悪そうに見えるやり取りだが、2人の間に流れる雰囲気は穏やかなものだ。
ビランツァの町長であるこの男は、バラディスの昔からの知り合いである。
防衛戦の後にバラディスが町長代理を任された事からもわかる通り、非常に友好な関係だ。
また、変装魔法を使っていないバラディスの素顔を知っている数少ない人間でもあった。
「街の住民の意見を聞くのが、俺の仕事だからな」
バラディスの言葉に、男は肩をすくめながら返す。
バラディスの持っている紙は、男からバラディスへの相談が書かれた物だ。
相談の内容は、ビランツァの英雄を象った像の建設。
話の出元は、防衛戦の時に助けられた住民達だ。
冒険者の像を本人の意思に関係なく建てるのは面倒ごとに発展しそうなので、こうして相談しに来た次第である。
「議員達も、それに便乗してきてるな。すでに、何人か私のところに直接意見しに来ている」
「全く・・・。防衛戦の時はさっさと逃げて、こういう時だけ積極的に動くのか」
男の説明に、バラディスは呆れたように首を振った。
ビランツァの街は、町長を代表とする議院の会議によって大きな案件が決定される。
そこの議員といえば、次期町長の座に座れる可能性もあるという事だ。
ただ、今の議員はバラディスから見れば目の前の男以外にまともな者がいない。
先の防衛戦では、ほとんどの者が真っ先にビランツァから逃げ出したのだ。
ビランツァの冒険者が少なかったのも、それが原因の一つだったりする。
そんな訳で、バラディスは議員達にあまり良い思いがしないのだった。
そんな事をしていると、執務室の扉がノックされる。
バラディスが男に確認を取って、許可を出した。
「失礼します」
そう言って入って来たのは、ティルキアだ。
意外な人物に、男が驚く。
「これは、ティルキア王女殿。一体、どういった用件で?」
「恐らく、あなたがここにいるのと関係ありますわ」
困惑する男に、ティルキアは小さく笑いながらそう返した。
それに、バラディスが同意する。
「俺が、呼んだんだ。この街の英雄の像を建てるなら、この方の意見を聞く必要があるからな」
「ということは・・・。まさか、彼はあなた様の?」
バラディスの説明に、男が焦ったようにティルキアに確認した。
バラディスの言葉から判断すると、英雄はティルキアのお付きの者だと言うことだ。
いくら英雄とは言え、一国の王族の従者の像を建てる事は難しい。
下手をすれば、王族に喧嘩を売っていると思われかねないのだ。
そんな事を考えている男に対して、ティルキアは首を横に振る。
「あいにく、彼は私の従者というわけではありません。今も、南の方へ出かけていますし」
苦笑しながらそういうティルキアに、男は安堵するようにため息をついた。
堅実な性格ではあるが、さすがに今の地位に何も思わない訳ではない。
それ以上に、他の議員達に席を譲る嵌めにならずに良かったという安堵だ。
「で、どうしたら良いですかね?できれば、彼の意見が聞きたいのですが。どうせ、方法があるのでしょう?」
男の内心をよそに、バラディスはティルキアに向かってそういう切り出す。
そのバラディスに、ティルキアは内心舌を巻いていた。
別に、バラディスが慎吾から宝玉の事を聞いている訳ではない。
慎吾ならばそうするだろうという、勘と推測に基づいて聞いてきたのだ。
そんなことを考えつつ、ティルキアは少し笑いながら口を開いた。
「別に、進めても良いのでは?聞いたところによると、ラマサンダでも同じような動きがあるようですし」
「本気で言ってるのですか?」
ティルキアの言葉に、バラディスが目を丸くする。
慎吾の性格からして、自分が目立つのを嫌がるのは明白だ。
だからといって、まさか本人に聞かずに進めようと言い出すとは思わなかったのである。
最悪、ビランツァに慎吾達が帰ってきたときに像を破壊しようとしかねない。
その時に街にどのような被害が出るか、予測できないのだ。
バラディスの質問に、ティルキアはニコリと笑う。
いつもより黒いその笑みを見て、バラディスはため息をついた。
「彼が帰ってきた時の説得は、お任せしますよ?出なければ、ビランツァは英雄に滅ぼされかねない・・・」
「ええ、もちろん」
頭を抱えそうな表現のバラディスに、ティルキアはさらに笑みを深くする。
そうして、ビランツァの冒険者ギルド前に新しく『英雄の像』というものが建てられることとなったのだった。
それと同時に、ラマサンダの街でも同じような像が建てられる。
ビランツァの像が拳士なのにたいして、ラマサンダの像は魔法使いの姿。
その2個の像の顔は何も彫られずのっぺりとしていたが、その理由が後の世に語られることはついぞなかった。




