閑話 魔王城までの道と召喚魔法の残滓
リーンヘイムの歴史には、たびたび精霊神という存在が顔を出す。
世界の調整者である精霊の頂点にして、リーンヘイムの世界全てを司るもの。
時には人に知恵や力を与え、時には人の行いに罰を与える至高の存在。
「それが、まさかこんな爺さんだったとは・・・」
目の前の光景を見ながら、ティセル・ミルゴーリはそうつぶやいた。
目線の先に居るのは、リーシャがミグレスタの王城で精霊神フォルグハルドだと断言した老人だ。
リーシャ達が帰還してから、およそ1ヶ月。
ティセルは今、魔王城への探索を行う部隊の一員として馬車に揺られていた。
同じ馬車に乗っているのはリーシャとレフィール、それに老人とギルドから派遣された冒険者2人だ。
それ以外にも冒険者が6人乗っている馬車が1台と、200名ほどの騎馬兵も同行している。
「何か、言ったか?」
「い、いえ。何でもありません・・・」
目に前に座っているレフィールの言葉に、慌てて首を振った。
その様子を見て、老人が小さく喉を鳴らす。
「大方、わしの見てくれに戸惑っているんだろう?」
「!?」
的を射た言葉に、ティセルは驚いた。
これでも、ティセルは冒険者としてそれなりの実力者だ。
依頼人との話し合いのために、内心を隠すこともできるようにしている。
いくら神とは言っても、まさかここまで的確に心の内を見破られるとは思わなかったのだ。
と、ティセルはそこまで考えてこの状況がかなり逼迫していることに気づいた。
内心だけとはいえ精霊神を普通の老人と同一視したのだ、不敬極まりない事だろう。
一体どんな罰を受ける羽目になるのかと、ティセルは身を固くした。
そんなティセルを見て、老人は小さく笑う。
「なに、気にせんで良いわ。別に、間違った見方ではないしの」
「へ?」
老人の言葉に、ポカンとするティセル。
周りの者達も、それは同じようだ。
それを見て、老人は説明を続けた。
「今のわしは、おぬしらが言っておる精霊神の一部に過ぎん。神としての力の大半を封じ、代わりに大地を歩む権利を得た精霊神の耳目じもく。それが、わしという存在じゃ」
当然と言えば、当然の事だ。
精霊神の本体ほどの存在が地上に現れれば、その存在で周りの存在を消し飛ばしかねない。
この老人は、そのような事をしないように精霊神が作り出した存在なのだ。
王城でリーシャが老人を精霊神だと見抜いたのは、単純に彼女に向かって力を解放してだけである。
「わしが神として動こうと思わん限りは、力を感じることはできんよ」
「それは、何と言うか・・・」
老人の説明に、ティセルが複雑な顔をする。
神としての力をほとんど封じているのだから分からなくて当然とも言えるが、何だか自分が落ちこぼれのように思えてきたからだ。
そんなティセルに、レフィールが別の話題を振った。
「そういえば、ティセル。あれから、修業の方は続けてるのか?」
「あ、はい。シンゴ師匠とエレイナ師匠にいわれた通り、基礎鍛練と依頼を交互にやっています」
レフィールからの言葉に、ティセルは頷く。
ティセルは慎吾から精霊魔法を、エレイナから剣術を学んでいるのだ。
もっとも、ここ半年ほどは2人が魔王討伐に忙しくなったためあまり見ていなかったが。
「冒険者ランクは?そろそろ、A辺りまで来たか?」
「無茶、言わないでください。師匠達じゃあるまいし、そんなハイペースでランクを上げたりできませんって。今は、Bの中堅ぐらいですね」
続くレフィールの言葉に、ティセルは慌てるように首を振った。
ランクAといえば、冒険者が上げることのできる最高地点だ。
レフィールは、冒険者になってまだ2年前後。
現在Bランクに到達していることすら、優秀だと言われるほどだ。
ちなみに、慎吾やエレイナは半年ほどでAランクまで上げている。
現在は、特別に設けられたSランクだ。
ここまで来ると、もはや優秀と言うより化け物に近い。
冒険者ギルドの中でも、2人のことは『特別』だと言われているほどだ。
「受ける依頼の難易度をもう少しあげようかと思っていたときに、レフィールさんからの連絡を受けたんです」
一度相談しようと思ったので良かったと、ティセルは続ける。
とその時、突然ティセルに向かって声がかけられた。
「シンゴ・ツルギを師匠と呼ぶと言うことは、おぬしは精霊使いか?」
かけてきたのは、冒険者ギルドから派遣された冒険者の1人だ。
名前はロメリア・シヴィートスで、種族はエルフである。
「はい、そうです。とは言っても、シンゴ師匠ほどの高位の精霊じゃないですけど」
ロメリアの言葉に頷いて、ティセルは精霊を呼んだ。
すぐに、ティセルの目の前に風の精霊が現れる。
ティセルの相棒で、アクフィーという名前だ。
アクフィーは閉じていた目を開けると、周りが他の人間に囲まれているのに気づいてティセルの後ろに隠れた。
その様子を見て、老人が口を開く。
「確かに高位の精霊ではないが、かなり固い絆で結ばれておるようだの。精霊は、契約者との絆によって強くなる。このまま、その子と共に居てやっておくれ」
「はい」
子供を見るような老人の言葉に、ティセルは大きく頷いた。
ミグレスタの王城を出て4日、魔王城の探索部隊は目的地である魔王城へとたどり着いた。
「どうやら、着いたみたいですね」
周りを見ていたリーシャの言葉に、ティセル達も馬車から降りる。
「これは・・・」
「ほう、えらくまがまがしい雰囲気だのぅ」
馬車から下りてすぐに入ってきた光景にティセルは絶句し、続けて出てきたロメリアも苦笑いを浮かべた。
闇をそのまま削り取ったかのような漆黒の壁を持つ、巨大な城。
城そのものが膨大な魔力を纏っているのか、城全体が陽炎のように揺らめいている。
「ティッセルと言ったか?おぬしは、精霊を決して出さんようにな。これほどまでに凝り固まった負の魔力に当てられては、おぬしの精霊など一瞬で堕ちるぞ」
最後に下りてきた老人の言葉に、ティセルは深く頷いた。
「さてと、行こうか」
「私達が魔王と戦う際に城内の魔物はすべて倒していますが、それから時間が経っています。周辺の警戒は、怠らないように」
先に下りて準備を済ませたレフィール達が、ティセル達に向かって声をかける。
ここまでの道中とは違い、2人の表情も真剣だ。
ティセル達も準備を整え、レフィール達に付いていく。
騎馬兵の面々とロメリア達冒険者ギルドからの派遣組は、周りから集まる魔物の対処のために城の近くで待機だ。
硬質な床の音を響かせながら、ティセル達は魔王城の中を進んでいく。
魔王が居なくなったからか、中に魔物は居らずひっそりとしている。
「何度も攻め入られたとは思えないくらい、傷一つ無いですね・・・」
周りを警戒しながら、ティセルはそうつぶやいた。
この魔王城は、歴代の勇者が魔王討伐のために何度となく乗り込んでいる。
それにも関わらず、周りの壁にはその痕跡が一切無い。
老人が、無音で風の刃を放つ。
透明なそれが壁にあたって小さな傷をつけるが、すぐに消えていった。
「恐らく、自己修復の術式が刻まれておるの」
それを見て、老人が考えるようにそうつぶやく。
「シンゴの魔法を受けても、一瞬の内に修復していました。恐ろしく高度で、広範囲な術式です」
老人の言葉に、リーシャが頷きながらそう言った。
そうこうしている内に、通路が行き止まりになる。
目に前にあるのは、見上げるような巨大な扉だ。
「ここですか?」
「ええ、そうよ」
ティセルの言葉に、リーシャが頷く。
何が出てきても良いように構え、レフィールが扉を開いた。
中には、誰も居ない。
レフィールが罠が無いことを確認して、全員で中には入る。
と、部屋の入口で老人が声を上げた。
「ん?」
「どうしました?」
老人の声に、ティセルが聞く。
「魔法の残滓が、わずかに残っているようだな・・・。少し、ここで待っておれ」
老人は考えるようにそう言って、部屋の中程まで歩いて言った。
床に魔力が走り、薄暗い部屋の中が一瞬明るくなる。
部屋の中を縦横無尽に走って、魔力は老人の元へと戻った。
老人は考えるようにしながらティセル達の元へ戻り、口を開く。
「ふむ・・・。これは、召喚魔法だな。しかも、喚ばれた先は異世界のようだ」
「一体、どういうことですか?」
老人の言葉に、リーシャが首をかしげる。
「偶然か必然かは分からんが、ここに異世界からの召喚魔法が展開されたようだ。シンゴ・ツルギとエレイナ・フォン・ティアルの2人は、それに巻き込まれたらしい」
リーシャの質問に、老人はそう答えた。
「召喚先は、分かりますか?」
「いや、無理だな・・・。これは時間が経過したからでなく、何やら妨害が入っているようだ」
続くティセルの質問には、老人も首を振る。
異世界からの召喚に、精霊神の一部である老人の探査を跳ね退けるほどの妨害。
慎吾達が向かった先で何かが起こっていることは、間違いないようだ。
「相変わらず、あの2人は厄介ごとに巻き込まれてるみたいだね・・・」
「まあ、あの2人の事ですし。とりあえず、消えた原因が分かってホッとしました」
老人の説明に、レフィールとリーシャは苦笑する。
2人とも、慎吾達がどうこうなるとはかけらも考えていない。
「ここにはもう何もなさそうですし、そろそろ出ましょうか。あまり長居しても、良さそうではありませんし」
リーシャがティセルと老人にそう言って、4人は魔王城を後にした。
もうお分かりだとは思いますが、タイトルを変更しました。
うだうだ悩むのもあれだと思ったんで、さっさと決めた感じです。




