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災厄の日と酸霧の竜

「な、何だい、あれは・・・」


|魔迷宮<ニリバルト>の外壁が破られたのを見て、リヴィルは震える声で呟いた。

ギルド長としては他の人間の前でそのような態度をとるのは好ましくはないが、それを咎めるものは今はいない。

むしろ、現状においてリヴィルが一番マシな反応をしているくらいだ。

迷宮の外壁は絶対不可侵だという事実は、迷宮に挑む冒険者達の間では常識のようなものだ。

それは、ギルド長かつ塔の管理協力者であるリヴィルにとっても同じこと。

むしろ、なまじ知識があるだけショックは他の者よりも大きいかもしれない。

外壁の強度を基準に、目の前の出来事を起こしたモノの強さを判断できてしまうからだ。


「い、いかん、放心してる場合じゃない」


呆然としていたリヴィルは、慌てて気を取り直す。

そのまま近くに掛けてあった上着を羽織り、足早にギルド長室を出ていく。

無論、外の様子の確認と住民の避難などを指揮するためだ。


「ギ、ギルド長!」

「ご無事でしたか!」


ギルドの一階に降りると、そこで作業をしていた職員達が注目した。


「現状で、分かっていることは?」

「穴の位置から、第125層の件が関係あるものかと。住民への被害は、現在確認されていません」


冒険者達が集まっているであろうホールの方へと向かいながら発したリヴィルの質問に、一人の職員が答える。


「それから、シンゴ・ツルギとその仲間達の姿が見えません。塔に入った時間から考えるに、巻き込まれたかと」

「というか、おそらく中心に居るだろうね。まあ、あの連中なら大丈夫だろう」


その職員もリヴィルの言葉に同意するらしく、二人して軽く苦笑する。

リヴィルは、説明をした直後に慎吾達が塔に入ったのを確認している。

第75層に到達するのに要した時間から考えるに、慎吾達が騒ぎの中心近くに居ることはもはや確定だろう。

そうこう話しているうちに、リヴィルと職員はギルドのホールに出た。

リヴィルの予想通り、そこには数十人の冒険者達が集まっていた。


「今は、塔の前の広場から一般人を避難させるのが最優先だ。それが終わったら、塔の周りを包囲するように」

「了解しました」


職員にリヴィルが指示を出すと、職員は冒険者達の方へと向かっていく。

職員の指示に従って動く冒険者達を尻目に、リヴィルはギルドを出て塔の前の広場に向かった。

いつもはある程度の神聖さを漂わせる広場だが、今の広場にはその雰囲気は全くない。

ある者は塔の方へ跪いて何かに祈りを捧げ、またある者は野次馬根性剥き出しで塔を眺めている。

幸いパニックに陥っている者はほとんど居ないらしく、冒険者達の避難誘導はスムーズに行われているようだ。

最悪の事態は免れそうな様子に安堵し、リヴィルは改めて塔の方へと目線を向けた。

ちょうど全高の4分の1ほどの高さに、大きな穴が口を開けている。


「焦げ付いてないところを見ると、高熱で溶かされた訳ではなさそうだね。大方、消化液か何かで溶かされたってところか・・・」


穴の様子を見て、リヴィルは小さく呟く。

この分だと、余程の事が無い限り戦闘による周りへの被害はほとんど無いだろう。

もっとも、相手の厄介さを考えると素直に喜んでもいられないわけだが。

と腕を組んで考えていたリヴィルは、視界の端にこちらに駆け寄ってくる者の姿を捉える。

鎧を着こんだ傭兵を思わせる男と、華やかな服に身を包んだ小太りの男だ。


「ビーグ自警団ギルド長に、ザンスハルト軍務大臣ですか」

「これはどういう事だ、リヴィル冒険者ギルド長!」


どういったご用件でとリヴィルが聞く前に、小太りの男ーーザンスハルトが喚きながら詰め寄ってきた。


「塔内部の異常によって、塔の外壁が内側から破られました」

「そういう事ではない!なぜ、冒険者達を動かす前に私に報告してこない!」


柳に風と受け流すリヴィルに、ザンスハルトは更に詰め寄る。


「とにかく、後は全て自警団ギルドに任せる!冒険者ギルドは、速やかにこの場を引け!」

「では、自警団ギルドは冒険者ギルドに対して正式に援助要請をします」


リヴィルに対して叩きつけるように言ったザンスハルトに、ビーグが言葉を被せた。


「なぜだ!」

「見たところ、塔の外壁は一撃で破られてます。正直、自警団ギルドだけでそんな怪物を相手にはできませんよ」


喚くザンスハルトに、ビーグは冷静に返す。

ザンスハルトはなおも何か言おうとしていたが、それをビーグが目線で遮った。

言い淀んだザンスハルトは、リヴィルを睨み付けると肩を怒らせてどこかへ去っていく。


「金繰り勘定と責任の擦り付けあいしか、しない連中が・・・」

「しかし、良いのかい?あんたの立場まで、悪くなるよ?」


吐き捨てるようなビーグの言葉に苦笑しながらも、リヴィルは問いかけた。

軍務大臣のザンスハルトは、金で動かない冒険者達を疎ましく思っている。

そんな者の前でリヴィルの事を擁護すれば、ビーグの立場も危ういものとなるだろう。


「まぁ、いまさらって気もしますしね・・・。ところで、リヴィル殿。あなたの事だから、既に手は打っているんでしょう?」

「一応、冒険者が中にいるはずだ。相当の実力者だから、万が一もないと思うよ」


頭をかいた後にニヤリと笑うビーグに、リヴィルも軽く笑いながら返した。

塔の中が主な戦場になるとは言え、塔の外が絶対に安全であるという保証もない。

住民達のためにも、必要最低限の周辺注意はしておくべきだろう。

そのままビーグと細かい打ち合わせをしたリヴィルは、冒険者達への指示を出すためにギルドへ戻っていく。

レプニーチェ在住者および宿泊者13万人にとって、忘れることのできない長い一日の始まりである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リヴィルの指示によって、地上に冒険者達が配置され始めたころーー


「ゲホッゲホッ・・・。ふぅ、危なかったな・・・」

「コホッコホッ。まぁ、大分無茶苦茶な提案だったがな・・・」


第125層で、慎吾達はギリギリで相手の攻撃を防げたことに安堵していた。


「にしても、まさか全力の結界が後二枚まで抜かれるとは思わなかったぜ」

「とっさの事だったとは言っても、相手の攻撃も相当だったね。エレイナやミーリャが手伝ってくれなかったら、防げなかったかも」


へたりこんだ慎吾の近くで悔しそうな表情をしているのは、シルヴィとヴルだ。

相手がブレスを吐く寸前に慎吾に頼まれて、とっさに二人の張った結界は全部で10枚。

その上に追加する形で、エレイナとミーリャがそれぞれ2枚の結界を重ねがけしていた。

しかし、ブレスの後に残っていた結界はもっとも内側の2枚のみ。

二人が結界魔法を得意としていないとしても、散々な結果であったことには変わりない。


「・・・いや。今回結界を抜かれたのは、魔力の問題じゃなさそうだぞ」

「どういう事だ、シンゴ?」


顎に手を当てながら話す慎吾に、エレイナが首を傾げる。


「今から説明しても良いけど、先にアイツを倒した方が良くないか?」


エレイナの問いに苦笑しながら、慎吾は背後を指差す。

その先では、ちょうど先程の惨事を引き起こした張本人が慎吾達の方へやって来ていた。

穴から入る日の光に照らされて、慎吾達はようやくその全身を把握する。


「そう言えば。コイツの動く音が無かったような気がするのだが、私の気のせいか?」

「気のせいじゃないよ。少なくとも、見た目通りの実体じゃない。かといって、レイスみないなのとも違うみたいだけど」


エレイナの疑問に答えたのは、難しい顔をしたシルヴィだ。

レイスは墓地や戦場跡などでよく見かける、低級の死霊系モンスターだ。

もっとも、こちらの世界に来てからは慎吾達も見かけていないが。

リーンヘイムのレイスは、一つの核を中心に霊体の体を持っている。

実体がないため、物理攻撃が効かないという厄介な魔物だ。

しかし、この相手は完全な実体というわけでも霊体というわけでもないらしい。

シルヴィが難しい顔をしているのは、そのためだ。


「たぶん霧の塊みたいなものに、何かの霊体をくっ付けたんだろう。姿がドラゴンっぽいのは、霊体の記憶が影響してるかな」

「さっきの話からどうやったらその結論にたどり着くのか、すごく気になるんだけど・・・」


なんともなさげに自分の考えを言う慎吾に、ミーリャは少しあきれぎみだ。

慎吾の思考は、リーンヘイムでの戦闘経験と地球での知識が元になったものだ。

そのどちらも持っていないミーリャからしたら、突拍子もない話に聞こえるのだろう。

ちなみに、エレイナはその事を気にした様子ではない。

もっとも、理解しているというよりは諦めの境地のようなものではあるが。


「霧の塊ってことは、それを散らしてしまえば問題ないのかな?」

「話がそう簡単なら、楽で良かったんだけどな・・・」


シルヴィの質問に、慎吾は周りを見渡しながら頭をかく。


「アイツの実体部分は、霧状の溶解液のような物で構成されてる。下手につついたら、どうなるか分からないんだよな・・・」

「最悪、ここで塔がポッキリってか。流石に、ゾッとしないな」


慎吾の説明に、ヴルが顔をひきつらせる。

塔がこの高さから倒れれば、下の街に甚大な被害が出るのは確実だ。

最悪、第125層の異変をそのままにしておくよりも被害が大きくなりかねない。


「一回退いて、リヴィルと相談するか?」

「したところで、あまり良い案は出そうにないけどね」


エレイナの提案に、慎吾はあまり乗り気ではなそうだ。


「やっぱ、高熱で消し飛ばすか」

「大丈夫なのか、それは?」


慎吾の出した結論に、エレイナは少し不安げだ。


「シルヴィが風の結界で覆ったら、大丈夫だろう」

「念のため、エレイナ達にも張っといてもらいたいけどね」


慎吾の言葉に、シルヴィは不安げに続ける。

いつも自信ありげなシルヴィにしては、珍しい事だ。

先程の結界を破られたのが、相当堪えているのだろう。


「大丈夫だって。シルヴィがミスっても、俺達が骨まで溶かされるだけだ」

「余計に不安になるようなこと、言わないでよ!」


気軽げに茶化す慎吾に、シルヴィはかなり本気で突っ込む。


「気張っても、なるようにしかならないなさ。さぁ、行くぞ」


シルヴィを励ますように言って、慎吾は相手の方に向いた。

遅れました。

今回も慎吾達のやり取りはなしです。

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