異変の調査と現れた災厄
魔迷宮の第125層に入った冒険者が、誰一人として戻ってきていない。
慎吾達がリヴィルからそんな話を聞いたのは、第75層の攻略を終えた次の日。塔の攻略は午後からにすることになり、時間を潰すために手頃な依頼を探していた時に呼ばれたギルド長室でのことだ。
「できれば、あんた達には今日中に第125層まで登ってもらいたい」
「他の冒険者達が帰ってこない原因を調べるためだけに、わざわざ自分から地獄に足を踏み入れろと?」
端的に用件だけを言うリヴィルを、慎吾は不機嫌丸出しで睨み付ける。
戻って来なかった者の中には、実力から言えばもっと上層の者も居たはずだ。つまり少なくとも数値の上では今の慎吾達の倍近くの強さを持つものでさえ、第125層から出られなかったということである。
「あんた達の実力だと、今の第125層でも問題ないかも知れないと判断したんだが」
「今の第125層の難易度が、いつもの第125層の範囲で収まっていると思うか?」
答えになっているか怪しい返答を返すリヴィルに、慎吾はますます不機嫌そうにする。
いくら実力より上の階層に行ったとしても、怪我を負いながら逃げ帰ることはできるはずだ。しかしリヴィルは先程、第125層に入った者が誰一人として帰ってこないと言った。
つまり、無傷に近い者から瀕死寸前の重傷者まで全ての者が帰ってこないと言うことだ。逆に言えば、逃げ帰ることすらできない所まで今の第125層の難易度が上がっている可能性がある。
難易度がどこまで上がっているかは分からないが、慎吾とエレイナはともかくミーリャには厳しくなるのは明らか。下手をすれば、今の慎吾では太刀打ちできないレベルの可能性だってある。
「少なくとも、難易度は第300層クラスを越えることはないだろうね」
「かなり、自信持って断言するな」
リヴィルの答えが意外だったのか、慎吾は少し驚いたように呟く。
これまで派遣した冒険者の実力から予測したものがあるかとカマをかけただが、どうも違うようだと思ったのだ。
「管理協力者の特権、というやつさ」
「塔に入る人間を選別する代わりに、塔の状況を知ることができるってことか」
リヴィルの言葉から内容を予測する慎吾に、リヴィルは面白いものを見るような顔で頷いた。
「とは言っても、塔の管理システム自体から第125層が外れてきてるみたいでね。どうにも、詳しい状況が分からない」
「ん?塔の管理システムから、外れてきてる?ってことは、この事態は塔の外からの干渉が原因って訳か?」
リヴィルの言葉に疑問を持った慎吾が確認すると、リヴィルは重々しく頷いた。
塔の管理システムから外れるということが本当にあるかどうかは別として、少なくともリヴィルにとっても想定外であることは間違いなさそうである。
「半分程度は、私の推測になるけどね。多分、誰かが塔の内部に『異物』を放り込んだのが原因だろうね」
「ってことはその異物をどうにかすれば、この事態は元に戻るんだな?」
今度の慎吾の問いは、疑問ではなく確認。
リヴィルの返しは、先程と同じく肯定。それを確認して、慎吾は先程までの考えを改めた。
これまで慎吾が第125層の事態に不参加を決め込んでいたのは、その事態が塔の管理の計画だと考えていたからだ。つまり、定期的に起こる自然災害的な物だと認識していたのである。
だが、この事態の本当の原因は外部から持ち込まれた異物。しかも、塔の管理とは全く関係のない物だと分かった。
つまり、この事態を解決すれば冒険者ギルドに対してある程度の恩を売ることができる。色々と嗅ぎ回られると困る慎吾達にとって、メリットのある話だ。
「報酬は、ちゃんとあるよな?」
「もちろんだ。実現可能な範囲であれば、金だろうが地位だろうがどうにかしよう」
慎吾の言葉に、リヴィルが頷く。
冒険者への依頼となれば、相応の料金が発生する。
ましてや今回は塔の非常事態ということで国が動く予定のため、かなりの金額になるはずだ。
また大きな功績を残した冒険者に対して、相応の地位が与えられるのはよくあること。
1代限りのものにはなるだろうが、少なくとも今回の働きで与えられないということはないはずだ。
だが、慎吾の要望はそのどちらでもなかった。
「俺達の要望は、『俺達を利用しようとする者への牽制』と『俺達の素性について調べないこと』の二つだ」
「大きく出たね・・・。まぁ、良いさ。ところであんた達の素性ってのは、どこからどこまでだい?」
慎吾の要望に、リヴィルは口元を歪ませながら返す。
「この依頼を終わったら、ある程度の素性を明かす。それ以外の、俺達に関する全てだ。もちろん、話した内容を口外することも禁ずる」
「牽制は元々の仕事でもあるから、報酬からは引くとして。まあ、今回の依頼の報酬としては妥当な線だね。了解した」
慎吾の言葉に対するリヴィルの返事を聞いて、慎吾達はギルド長室を後にする。
その姿が見えなくなるのを確認して、リヴィルは再び仕事を確認した。
もっとも、一番最後にあった書類は細かく破られたが。
その書類の内容は、慎吾達の旅の経路とそこでの活躍を調査させるための指令書であった。
後にリヴィルは、その判断をした自分に最大の賛辞を送ることになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ーー魔迷宮〈ニリバルト〉第125層。
その層の本来の姿は白い煉瓦で造られた、神殿の内観を思わせる広大な迷路だ。
中央にある白龍〈シュタン・ドラッハ〉のいる部屋を中心に、複雑怪奇な通路と多数の魔物部屋が存在している。
魔物で溢れる迷宮において、なおも神聖な雰囲気を醸し出すある意味で特別な層。
中堅層の冒険者達に〈魔神殿〉の名称で呼ばれるその層は、現在その姿を大きく変えていた。
のだが…
「これは・・・」
「おいおい・・・」
第124層から上がってきた慎吾とエレイナの第一声は、それであった。
後から上がってきたミーリャに至っては、目の前の光景に言葉を失っている。
三人の目の前に現れたのは、それほどまでに伝え聞いたものと違った物であった。
純白だった通路の煉瓦は、闇をそのまま塗りつけたかのような黒。
壁と床や天井との境界は、所々ズブズブと溶けたように穴を開けている。
常に昼間であるかのように通路を照らしていた光は消え失せ、しかしながら通路全体が不気味に明滅する。
本来の神々しさではなく逆に禍々しさを感じさせるその光景は、冒険者からの名称のごとく〈魔を祀る神殿〉のようだ。
「シルヴィ・・・」
「空間の魔力がすごく濁ってるよ、シンゴ。外に漏れてないのが、不思議なくらい」
慎吾の質問を察したシルヴィが、少し顔を歪めながら答える。
魔力の濁りとは、人間の悲しみや憎しみといった負の感情によって起こる魔力の変質のことだ。
階層内から外に影響が無いのは、迷宮という特殊な環境のお陰だろう。
もっとも、それが慎吾達が通路へ足を踏み入れられない理由でもあるのだが。
異常に濁った魔力は、そこにあるだけで環境や人間に悪影響を及ぼすのだ。
ここまで濁っていては、生身で触れればどうなるか分かったものではない。
下手をすれば濁った魔力に取り込まれて、魔物と化してしまう可能性もある。
「ヴル。この中を自由に動けるように、結界を張れるか?」
「対障気結界と対魔力結界を重ねがけしたら、たぶん行けるとおもうぞ。展開限界は、せいぜい10分程度だが」
続く慎吾の質問に、ヴルが答える。
問題ないことを示すために慎吾が頷くと、ヴルが小さく呟いて結界を張った。
一辺三メートルほどの、透明な立方体のような形の結界だ。
ちなみに、ヴルが使ったのはビランツァの防衛戦でつかった〈フレアウォール〉だ。
ヴルの固有魔法のようなものであるこの魔法は、遮る対象を決定できる優れものなのである。
「ありがとう、ヴル。7分ごとに、結界を張り替えることってできるか?」
「10回くらいなら、できる」
無茶を言っていると知っての慎吾の言葉に、ヴルは大きく頷いた。
これで、慎吾達は一時間を越える活動時間を手に入れたことになる。
迷路を順番に攻略したとしても、十分な時間だろう。
全ての準備を終えた慎吾達は、ついに通路を奥へと進む。
この異変の元凶が居るとすれば、この層の中央に陣取っていると思ったからだ。
しかしーー
「・・・へ?」
「・・・は?」
「・・・え?」
進みはじめてから1分も経たずに、慎吾達はそろって声を漏らした。
結論から言えば、慎吾達の予想通り異変の元凶は層の中央に居た。ただし、通路はシュタン・ドラッハの部屋以外の全てが何かに溶かされたかのように原型をとどめていなかったが。
慎吾達と異変の元凶らしきモノとの距離は、50メートルほどだろうか。真っ暗な中では相手の詳細な形は分からないが、体長10メートルほどの大きなトカゲのようなシルエットだ。
ソレは慎吾達の存在にようやく気付いたようで、首らしき部分を慎吾達の方へと向けてくる。次の瞬間、ソレの口らしき部分に膨大な量の魔力が集中する。
「ヤバい!シルヴィ、ヴル、急いで全力で対魔法結界を展開!」
それを見た慎吾は、大慌てでシルヴィとヴルに叫ぶ。
ソレの口から、何やら液体のようなものが慎吾達の方へと伸びる。それとほぼ同時に、慎吾達の周りに膨大な量の結界が展開された。
その直後、慎吾達の姿は液体のなかに埋もれるように消える。液体はその進路の先にあるものを全て溶かしながら、止まることなく前進する。
それと、ほぼ同じ頃。慎吾達が大丈夫かを少し心配して塔を見上げたリヴィルの目に映ったのは、内部から破壊される塔の外壁というあり得ない光景だった。
すいません。
個人の事情により今回の登場人物の会話は、お休みします。
次回は慎吾達の戦闘です。




