キーマカレー用のキッチン
私は厨房機器メーカーの営業マンだ。だから、飲食店に行ってはどのような厨房機器を使っているのか気になり、キッチンを覗いたりする。やはり、うまい店というのはキッチンの使い方も丁寧で、清掃も行き届いているものだ。
ある日、私は出先で昼ごはんを食べるために、とあるカレー屋に入った。厨房の中にはインド人らしき店主がいて、なかなか本格的だ。私はキーマカレーを注文した。
ほどなく、店主がキーマカレーを持ってきた。私は、あれ?と思った。カレーの香りが、何かカレーっぽくない、非常に珍しいものだったからだ。
職業病か、私はこのカレーをどのようなキッチンで作っているのかが気になった。でも、この店は構造上客席からキッチンの中は見えない。私は、店主に、自分は厨房機器メーカーの人間であることを伝え、差し支えなければ、キッチンの中を見せてもらえないかと頼んだ。店主は、イイヨ、と、かたことの日本語で答え、キッチンに案内してくれた。
キッチンは、何の変哲もない平凡なものだった。長年厨房機器を扱ってきた経験から、どうもこのキッチンからあの独特のキーマカレーが生まれるとは思えなかった。私は独り言のように言った。「あのキーマカレー、このキッチンで作ってるのか・・・」
すると、店主は、「チガウヨ。アノカレーハコッチ」と言って、キッチンを出て行くではないか。そうか、キーマカレーは、こことは別の場所で作って持ってきてるんだ。だよなあ。こんな平凡なキッチンで、あの独特のカレーができるはずはない。きっと、すごい独特なキッチンに違いない。そう思いながら、私は胸を高鳴らせながら店主の後についていった。
店主は客席の端の扉のところまで来て、「ココ」と言った。扉を開けてみると・・・狭い部屋の真ん中には、和式の便器が鎮座していた。