海辺の朝御飯
「おはよう、よく眠れたかしら?」
朝からご機嫌そうな新樹が部屋にやってきたのは、そのすぐ後だった。お盆に何かを乗っけて持ってきている。ここから何が乗っかっているのか分からないけど、湯気が立っているからきっと朝食だろう。まともなご飯なんて、何時ぶりだろうか。
『ふむ、こやつが少し魘されておったがのぅ。大したことはありゃせん。それより、今朝の飯は何かの?』
意外と海の食い意地が凄い。かちかちと爪の音を鳴らして新樹にすりよっているが、尻尾がぶんぶんしてる。最初は狼か、はたまた大型の猫科の動物かと思ったが、只の犬だったらしい。なんか和んだ。
「今日はパンとベーコン、それに裏の林檎が食べ頃だったから、それを切ってきたわ。闇にはお腹に良さそうなお粥ね。蜂蜜を入れて、召し上がれ。」
お粥に蜂蜜っていれるものだったか。あれ。純日本人としては梅干しと塩とさつまいも以外に認めたくないんだが。時たま、え、さつまいもなの?みたいに言われるけど、美味しいんだぞ芋粥。
そしてなんか違和感のある単語をちらほら聞いたんだが。ここってカタカナあったっけ。なんでさらっとベーコンとか言ってんだろう。今までこの世界は中華風というか、取り敢えず洋風ではなかったはずなんだけど。え、何が起きてるの。
ぽかんとしたまま、膝にお盆が載せられる。ほかほかと湯気を立てている、甘い匂いのするお粥が目の前にあった。
……とてつもない違和感。お粥に甘い匂いって、凄まじい違和感を感じる。外国ならそんなお粥もあるかもしれないけれど、日本ではその限りではなかった。少なくとも私が生きていた間は。
食べるのか、これを。食べれるのか?わたしは。
「あら、熱いの苦手かしら?結構冷めてるから、大丈夫だと思うのだけれど。どうぞ、召し上がれ。」
匙にお粥をすくわれ、ふーふーと冷まされてから口元に運ばれる。綺麗なお姉さんにあーんされる、普通なら照れたりするのだろうけど、今はそんなことしてる余裕はない。召し上がれ、のあとにハートマークがついてそうに思ったのは一瞬の気の迷いだと思いたい。
折角作ってくれたものを、無下にはできない。覚悟を決めて、目を瞑って飲み込む。
……あれ、意外と大丈夫?
なんかデザートみたいな感じだ。違和感はまだあるけど、飲み込めない訳じゃない。美味しい、とも思えないけど、不味くはなかった。ちょっと驚き。
「良かった、嫌いな訳じゃなかったのね。安心したわ。」
ほっと息をついた新樹を見て、罪悪感がわく。
「……ありがとう、ございます。」
なんとなく、いたたまれない思いに駆られて感謝を伝える。こんなこと、始めてかもしらない。ちょっと、いやかなり照れ臭い。
「あら、いいのよ。私が好きでしてることだもの。あなたが気にすることじゃないわ。まあまあ、ほっぺた真っ赤にしちゃって、可愛いわね。」
さらっととんでもないこと言うなこの人。横で海が溜め息をついている。その気持ちはよくわかる。
「海は?ご飯食べ終わったのかしら。」
こちらの気も知らず、あっけらかんと言い放つ。重ねて海が溜め息をついた。
『ふぅむ、美味しく頂いた。今日のべーこんは何時もと少し違ったかのぅ?何か変えたか。』
「あら、わかったの。何時ものやつとは、混ぜ混むスパイスを少し変えてみたの。どちらがお好みかしら。」
『むぅ。どちらも中々のものだがのぅ。そうじゃな、何時もの方が、ちとぴりりとしておって好みかの。』
「あら、そうなの。じゃあ残りは私が食べちゃうわね。明日は何時もの味付けのベーコンを出すわ。」
なんだこの会話。夫婦か。かあさまととうさまより夫婦してないか。
「じゃあ私は後片付けをしてくるから、闇樹ちゃんは休んでてね。まだ体は治ってないし、熱もあるみたいだから。海、見ててあげて。私も時々様子を見に来るわ。」
『ふむ、了解した。手伝ってやれんですまんの。』
「大丈夫よ。じゃあおやすみなさい。」
ちゃん付けに鳥肌がたったとか言えない。かあさまにも、あねさまにも呼ばれたことのないちゃん付けに寒気がしたとか悟られてはいけない。
「ん、分かった。大人しく、してる。」
う、まだ声が出にくい。喉を痛めたのかもしれない。掠れた声でしか返事ができなかった。
「うん、良い子ね。」
新樹は優しい手付きでわたしの頭を撫で、お盆をもって部屋を出ていった。
部屋の空気が、それまでとは少し違うものに変化する。暖かい、日常のそれではなく、どこか冷たい探るようなもの。勿論、発しているのは海だ。
ちらっと横目で見て、すぐに目を反らした。思いっきり見られている。寝台のすぐ横に座って、顔を覗かせて思いっきりわたしを見ている。
紫色の瞳がこれほど恐ろしく思うとは、考えたこともなかった。今までは紫結構好きだったのに、トラウマになりそうだ。
このまま固まっていても仕方ないから、わたしから問いかける。きっと聞きたいことは、彼もわたしも同じだろうから。
「何か、聞きたいことがあるの。」
かなり冷たい声色になった。しょうがないじゃない、海がまとう雰囲気はかなり怖いのだから。
『ふむぅ、何から聞こうかの。そもそもお主がどれだけのことを知っているか分からんからのぉ。』
間延びした声で言われて、尚且つ尻尾までぱたりと振られるとかなり腹が立つ。言われていることはある意味正論だから、言い返しはしない。いらっとするけど。
『何から聞こうかのぅ。そうさな、お主、母御の名はなんじゃ?』
「かあ、さまの名前?宮。」
あっさり答えてしまったが、大丈夫だろうか。かあさまごめんなさい。闇は不審者に名前を言ってしまいました。
『宮、か。確か今は宮殿にいる、マオの一族の相談役ではなかったかの?そうかそうか、あやつの娘御か。ふむ、確かに顔はよく似ておる。性格は似とらんようじゃがの。良いことじゃて。あんなやつは二人もいらん。』
「かあさまを、知って、いるの?」
『うん?お主知らんのかのぅ。あやつはあやかしの中でも一、二を争う実力者じゃて。宮殿に留められておらんかったら、今頃はマオの一族の長になっておったはずじゃのぅ。』
かあさま、そんなに凄いひと(猫?)だったのか。全然知らなかった。て言うかわたしたち、マオっていう一族だったのね。誰も教えてくれなかったから、これも初めて知った。
『ふぅむ、と言うことはじゃ。お主宮殿で産まれたの?ならば何も知らなくとも仕方ない。あそこは常に監視されとるからのぅ。主、今幾つかの?』
え。今、何歳かなんて知らないんだけど。誕生日とか、祝う概念なかったっぽいし。
仕方ないから、ふるふると首を横に振る。いい加減喉も痛くなってきたから、あんまり喋りたくない。
『む、知らんのか。ならば名を知ったのは何時じゃ?』
え、名を知ったのは……。確かサバイバルに放り出される5日くらい前だった筈。あれ、じゃあまだそんなに時間経ってないんだ。
「多分、十日くら、い前、だった。」
『むぅ!?まだそのくらいしか経っとらんのか!?なんじゃお主まだ赤子ではないか。宮も何を考えておるのか。童にこんなところまで来させるとは。』
かあさまが?ここにわたしを?それは違う気がする。
「かあさま、がわたしを?」
『違うのか?』
いや、そんなきょとんとした顔で言われても困るのだけれど。多分違うと思うのだが。だってかあさま、あの部屋にいなかったし。連れてこられたって言うより、流されてきたって言った方が正しいと感じるから。
「ちがう、と思う。かあさま、いなかったから。」
喉が掠れて、咳が出てしまった。もう限界かもしれない。
『ふむぅ。まあよい、随分と喋らせてしまったからのぅ。もうお休み。昼になったら起こしてやろう。』
声は出さずに、頷くだけにして大人しく目を閉じた。
お昼、なんだろう。
今までは週一で更新していましたが、これからは不定期になると思います。最低でも月一の更新は目指そうと思います。
詳しくは報告にて。




