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月暈の輩  作者: カザ縁
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「レネ!」


力強い両腕が、レネの片手をつかんだ。

ヴィルフリートの武骨な手が、レネの手を、命を掴みとった。


「遅いよ…助けるならもっと早くできねぇのかよ」

「馬鹿者!そんな事を言っている場合か!」

「アンタがぼうってしてなければこんな事には」

「それは貴様だろう!あれほど油断するなと言ったのに」


情けないが、崖に放り出されたこの身体を支えているのは確かにヴィルフリートなのだ。

足の痛みに暗い谷底を見れば、片足を蹴り倒した凶手が掴んでいた。

にい、と笑う下品な口許、狂喜にとり憑かれた瞳。

蔑むように舌打ちをして、レネは腰から剣を引き抜いた。


「オレ等を驚かせたのは褒めてやるよ。でも…残念だったな」


レネは剣を振り上げ…凶手の腕を綺麗に切り取った。

闇の底へと落ちていく顔、少し遅れて腕がそれとは別の生き物のように指を開いて落ちていった。


同時にレネの思考も闇へと落ちていく。

思い出したのは過去の残像。

切り取られた絵のように、一枚一枚がレネの頭の中で巡った。


それは…幼い頃、奪った剣を持ったレネに相対した、同じくらい幼い少年。顔は思い出せない、形はわからない。

それでも、その時切ったモノの感触は今でも鮮明に思い出せた。

ただの肉の感触では無く、何か言い知れないモノを断ち切った感覚。

倒れる少年の目は虚ろで、その辺に転がっている屍体と同じ瞳をしていた。


その顔がいっしゅん、自分の顔に見えた。


肌を撫でつける冷えた空気に全身が震えて、気がつけば剣を投げ捨てて走っていた。

暗闇の中、何処に行けばいいのかもわからずに、ただ走っていた。

辿り着いたのは継ぎ接ぎだらけの一軒家。

店だったのだろうその場所は、いくつかの棚が倒れたり立っていたりして、隠れるには丁度良かった。

何が怖かったのかわからないし、何が気持ち悪かったのかもわからない。

ただガタガタと震える身体を抱きしめて、闇が去るのを待った。

目を閉じれば、瞳の中で何度も自分が殺されていた。

何度も何度も何度も。


―――…目が覚めたのは、頭の上に感じた事の無い感触を感じたからだった。


本屋だと名乗る凡庸な男が、レネの頭に手を乗せていた。





「チッ」

「なんだその態度は…」


ヴィルフリートに手伝われて崖を登り、レネは手首の調子を整えていた。

今はもうあの頃のように手が震える事も無い。

思えばあれからだ。剣が嫌いになったのは。


「別に…ただちょっと昔を思い出しただけだよ」

「昔…?」

「あの本屋の名前知らねぇなって」


ニッと笑うレネに、ヴィルフリートは訝しげに眉を潜めた。


「…珍しい…いや、こんな時に何を考えている」

「良いだろ、オレが何時何考えてても」

「何故そんな話をする」

「別に。あの本屋を知ってるのはアンタだけだろ」


ヴィルフリートは更に眉間の皺を深くしたが、気にせずレネは口を開いた。


「まあ剣もちょっとは役に立つってわかったよ。使ってやっても良いかな」

「…一度医者に診てもらえ」

「失礼しちゃうね。オレは無傷だ」


更に何か言いたそうに口を開けたヴィルフリートを無視して、レネは背を向けて歩き出す。

ライヒアルトが神妙な面持ちで、木の傍に立っていた。


「助かった」

「それはそれは」


レネがぞんざいに返事をすると、ふっ、と力が抜けるような笑い声が耳に届いた。


「助かった。感謝する」

「…何度も言われなくても見りゃわかる」


なんとなくその態度にイラついてレネは顔を顰める。

それでもライヒアルトはただ微笑むだけだった。

マリアンネに目を遣れば、眠気が限界なのか兄の腕に縋りながら、首を傾けて目を閉じていた。

そんなマリアンネを抱き上げて、ライヒアルトは満足げに更に微笑む。


「君達が無事で何よりだ」

「…なぁ、もしオレが落ちてたら、アンタは魔術でどうにか出来てた?」


挑発的に問うレネの瞳に、ライヒアルトの力強い黒目が映る。

ライヒアルトは少しだけ首を傾けた。


「出来ていただろうな」

「じゃあ、オレらのやり取りはさぞかし茶番だったワケだ」

「そんな事はない…私に出来る事はいくらも無い。現に凶手が君に縋っている時点では、私は何もできなかった…だが」


ライヒアルトの瞳が、星の光を映しこんだように輝いたように見えた。


「君達の無事のためなら何でもしていただろう。絶対に」

「スゲェ自信だな」


レネが嘲るように言うと、ライヒアルトは何故か少しだけ目を伏せた。

同時に瞳の中の星も消え失せる。


「…そうでもないさ」

「そうか?こんな状況なのに他人の事も気づかって、御苦労様だな」

「…防御結界を張っていたのは私とマリアンネだけだ」


全ての人を守りきる事は出来ないのだ、とライヒアルトは補足をいれた。

だから最初に二人だけなら守れる、と言ったのか。

ライヒアルトは事も無げに言ったが、何故だか心に僅かな隙間が空いた気がした。


「アンタも自分の命が可愛いってか」

「いや」


レネの嘲笑を、ライヒアルトは爽やかな笑みで否定した。


「私の命より、マリアンネの方が大事だ」

「嘘だね、そんなこと」


レネの嘲りが聞こえているのかいないのか、ライヒアルトは抱き上げたマリアンネの横顔を見つめた。

その顔はやはり笑顔だったが、今までの自信に溢れるような勢いが感じられない。


「……そうでもないさ」


そしてその言葉を、もう一度繰り返した。



青い空、白い雲、揺れる梢。

何でもない日は、何でも無い事が目について仕方ない。

暇の象徴。過ぎ去った激動の反動。


「ふぁ…」


やっぱり弛緩している。

だけど身体を強張らせ続けるのも案外疲れるものだとレネは思った。


「レネ!」


いつもの頭に突き刺さるような怒号に顔を顰めた。

案の定お決まりの怒り顔のヴィルフリートが立っていた。


「ライヒアルト様のお見送りにも行かないでお前は…」

「良いだろぞろぞろ見送りなんて。面倒なだけ。無駄無駄」

「お前は…」


お小言を繰り返すヴィルフリートにうんざりして、レネは大げさな動作で耳を塞いだ。


「うるせぇなアンタは本当に。だいたい見送りなんて何のためにするんだ」

「それは…別れを惜しんだり、旅の無事を祈る為だ」

「神聖に人間の祈りが必要かよ。それに別れを惜しむ必要も無いね。どうせまた会う」


レネの台詞に、ヴィルフリートは首を傾けた。


「また、会う?約束をしたのか?」

「するかよそんなもん。けど会う。アイツは一回ヘコましてやらないと気が済まない」

「ライヒアルト様に何をする気だ」


噛み付きそうな勢いで吠えるヴィルフリートに背を向けてレネは歩き出した。

これ以上構っていては面倒だ。

背後から盛大なため息が聞こえたが、これもいつもの事だ。


「お前が誰かに執着するとは珍しいな」


確かに普段なら、気に食わない奴は容赦なく殴り飛ばしていたとこだろう。

だが、何故だか簡単には殴れなかった。

レネも軽いため息を吐きながら、眩しい日差しに目を眇めた。


「別にぃ」


目を閉じると、眼裏に輝く月の姿を見たような気がした。




此処まで読んでくださり有難うございました!

このお話の先は「月と魔術師と預言者と」につながってます。



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