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月暈の輩  作者: カザ縁
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月というのは、あの一等星の星よりも大きく輝くのだと、本屋の男は笑って言っていた。

嘘だというレネに、男は月の輝きを示す特別な言葉があるのだと言い返した。

朧で特別なその輝きは「月暈」と言うのだ、と。

その“輝き”ぐらい月に近づいてみたいと。


暗闇の中、うっすらと目を開ける。

昔の事を思い出す日が来るとは思わなかった。

レネにとって過去の記憶とは心底どうでも良いもので、思い出なんて言葉にピンときたことも無い。

現に今思い出したばかりのこの会話ですら、過去に一度も思い出した事は無く、記憶されていた事すら知らなかった。

そういえばあの本屋の死体はついぞ見なかった。

生きているのか死んでいるのか。

そんな事を僅かでも考える、他人の為に分け与える時間など無かったのだ。

もし生きているならば、彼もこの会話を覚えているだろうか。


「…何を考えてるんだ、オレは」


それこそ無意味な思考だと、レネは自嘲した。



夜闇に紛れて襲われる事程虚を突くものは無い。

どうせ今夜は眠れはしないのだろうだろうと男は笑った。

笑い事ではない。他人を巻き込んでおいてよくも笑えるものだ。

右手で灯りを持ち、左手で少女の手を握りながらライヒアルトはレネの前を歩いていた。

先導しているのはヴィルフリートだった。


「いくら大きな屋敷とはいえ、逃げ場の少ない屋内では危険だからな。それに…セイファート殿のお屋敷を壊されるわけにもいくまい」

「だからこうしてわざわざ奴らを誘ってるってわけ?」


街の外、森にほど近い場所。

最近では街道が整備されていて森の中といっても、見通しはそれほど悪く無い。

だが夜ともなればすぐ先でも人の姿を捕らえる事は難しくなる。


「こんな場所で離れる事の方が危ないと思うけど?」

「心配はいらない。私とマリアンネ二人くらいの身ならなんとか守れる」

「じゃあなんでわざわざ…」

「その他の者に被害が及ぶ」


命を狙われているこんな時にまでわざわざ他人や物の心配をするとは随分と余裕なものだと、レネは心の中だけで悪態をついた。

そんなに欲張ってどうするつもりなのだ。

やはり高貴な者は業突張りだ。

そんなにあれもこれも手を伸ばしてどうするつもりなのだ。

この街ではかつて、人々は自分以外を守る事なんて考えていなかった。

そんなに全てを本当に守りきれると思っているのだろうか。

思っているのだろう…だからこそ腹が立つ。


それら全てが出来る者の違いと、出来なかった自分の違い。


神聖とはそれ程までに偉大なのか。

まるで実力の差を見せつけられているようで腹が立つ。

そんなにたくさん手に入れようとするから、付け入る隙が大きくなるのだ。


「おにいさま…」


これから起こる事を理解しているのかいないのか、マリアンネが怯えたように小さく声をかけた。


「だいじょうぶだ、マリー。すぐに終わる」


にこりと笑うライヒアルトの大きな手を、マリアンネは小さな両手でぎゅっとつかんで小さな額に当てる。

その様子をライヒアルトは目を細めて見ていた。

その後、決意の面差しをぐっとあげて、レネを見、ヴィルフリートを見た。


「凶手共を一網打尽にする」


全員同じような黒い外套を頭から被ると、だいたい皆同じように見えた。

背丈に若干の違いはあれど、この暗さなら判別はつかないだろう。

マリアンネはライヒアルトが抱えて、外套の中にすっぽりと収まった。

レネは木に背中を預けて、目を閉じていた。


「様子はどうだ」


音になっているかならないかくらいの静かな囁きで、ヴィルフリートが言う。

うっすらと目を開けて、レネも静かに口を開いた。


「来てるね。5人」

「その数なら問題無いな」

「何人来ようと関係無いね」

「油断はするな。相手は凶手だ」

「誰が相手だろうと、全部ブッ殺す。それで良いんだろ」


レネが挑戦的な蒼い瞳をヴィルフリートに向けると、彼は一瞬だけスッと目を眇めてレネに背を向けた。


「今度はしくじるな」

「今度も、しくじらない」


ヴィルフリートはそのまま歩いて闇の中に消えていった。

レネも黙って背を向けて闇の中に溶けるように進んでいく。

腰に差した細剣がやけに重く感じた。


闇の中にただ佇むのは胸に少女を抱いたライヒアルト。


この暗闇の中で、葉ずれの音は囁くのに、その一枚一枚の姿どころか太い幹の全貌すら見えない。

それなのに黒い衣を纏ったライヒアルトの姿は、闇を飲み込む深い黒髪の一本一本までもよく映えた。

それはあの一等星の星よりも夜空に輝く………。


そんなはずは無い。

そんなことがあるはずが無いのだ。

これは彼の魔術なのだ。

暗闇の中で、ハッキリと映し出される姿。

不自然でも無いし、輝いているわけでも無い。

それは彼ら自身が囮になるという事だ。


じわり、じわりと気配がにじり寄る。

確実に命を奪うために忍び寄る。

ライヒアルトの靴が微かに動いた。

黒い衣が闇に翻り、駆け出す。

走り出したライヒアルトの背を追って影が飛び出した。

疾風が身体を打って衣を返す。

裾が再び身体に近づくよりも早く、闇の合間を縫って走った。

闇の中での踊る影の追いかけっこ。

駆ける足も、支える腕も、纏う衣すら全てが闇の中にとけ込んでいく。

瞬間を、果てしない時間の中のように感じた。


不意に影のひとつの手が伸びて、ライヒアルトの背を捕らえようとした。


「残念でした」


伸びた手で払われたフードの下に現れたのは、闇を吸い込む艶やかな黒髪では無く、陽に彩られる鮮やかな金髪。

蒼い瞳が影を嘲った。


「おまえは…!」

「馬鹿な奴ら」


凶手たちの顔はフードで隠されていてわからなかったが、確実に焦っている。


「ライヒアルトを追っていたはずだ…!奴はどこに行った!」

「さあ。見間違えたんじゃないの?」


まさかこんなにうまくいくとは。

あの姿現の魔術をかけられているのはライヒアルトだけでは無かった。

レネにも同じ魔術を施し、ライヒアルトが魔術を解除すれば、レネにかけた魔術が発動するようにしていた。

ライヒアルトは凶手たちから逃げる途中、再び闇に姿を消したのだ。

ライヒアルトに成り代わり走っていたのはレネ。

凶手たちは見事に全員引っかかったわけだ。


「間抜け面つき合わせて何しに来たの?」

「くそ…!ガキが」


凶手の数人が刃物を手に向かってくる。

自分よりも身体の大きな男たち。

だが玩具をいくら振り回そうとレネには当たらない。

これほど暗くても、レネの目には自分の命を奪おうと襲いくる刃がよく見えた。

素手ですべての凶刃を退け、蹴りで凶手を昏倒させいく。

奪った刃を翻して足や手を切りつけ、突き刺した。


「ぐっ…」


呻いて下がる凶手ら。

二人がライヒアルトを探す為か、レネの相手をせずに引き下がろうと背を向けた。


「逃がさん」


暗闇から黒い衣がぐらりと現れる。

虚を突かれて、ヴィルフリートの剣に裂かれる凶手。

夜闇が紅を全て飲み込んでいく。

頽れる凶手たちを全て縛り上げ、レネは満足そうに手を叩いた。


「チョロいな」

「調子に乗るな。ライヒアルト様のところに戻るぞ」


言いながらさっさと行ってしまうヴィルフリートの背中を、ため息をつきながら追いかけた。



切り立った岩の影から現れたライヒアルト、その腰にしがみついたマリアンネの姿を見つけた。

レネとヴィルフリートを視界に確認すると、軽く微笑んだ。


「首尾はどうだ?」

「上々でしょう。凶手らは全て縛っておきました」

「ご苦労だったな」


話すライヒアルト等を後目に、レネは余所に視線を向けた。

側の谷は闇を吹き上げているに見えた。

谷はそれほど深くは無いが、流れる谷川はちょっと深い。

この森の事ならだいたいレネの頭に入っていた。

ふと、ライヒアルトの肩の向こう、谷の向こう側の森の影が揺れた。


「…!」


自覚するよりも早く、レネは飛び出し、ライヒアルトを押し退けた。


「レネ!」


ヴィルフリートの声が耳に届く。

殺意を帯びた凶刃を握った一人の男が、谷を飛び越え迫っていた。

レネは凶手の刃を避け、男の腕を取り、武器を奪った。

そして膝で男の腹を蹴りあげる。

男は派手に空に飛び上がり、転がって谷の影へと転がっていった。


「ライヒアルト様!ご無事ですか」

「ああ、私は平気だ…」


再び静寂が闇を纏う。

心音を徐々に緩めながら、レネは谷に近づいた。


「…うっ!」


突然闇の中から現れた腕に、レネの足は思い切り引かれた。

力を入れ損ねた身体は谷に向かって滑り落ちる。

強かに全身を地面に打ち、痛みを感じる間もなく身体が吸い込まれる。

完全に足が宙に浮いた。

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