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ピタリと綺麗な姿勢で構えたその姿は様になっていて、出方が全く読めなかった。
来い、と言った以上はレネの動向を待ってるのだろう。
「チッ…」
舌打ちをしてから、レネは両足に力を込めた。
一足でヴィルの懐まで飛び込み、至極単純な動作で剣を繰り出した。
確実に早さならば負けていなかった。
相手が認識するよりも早く動き、その命運を手中に掴んだはずだった。
現にヴィルフリートの目線は、僅かな動作で命を奪えるレネの射程に入るまでに、動きを捕らえられてはいなかった。
しかしレネが剣を振るうその一瞬、ヴィルフリートの両の目がレネを捕らえた。
そして剣戟が繰り出されると最低限の動作でギリギリのところでレネの剣を交わした。
交わされる事は予期していたので、剣を引いて更なる攻撃を繰りだそうと左足に力を込める。
そして剣を振ろうとした瞬間だった。
「…!」
空気がズシリと重みを増したように、剣は反対方向へと力を向けて手から逃れようとする。
それは僅かな、本当に僅かな抵抗だったが、その一瞬はレネにとっては一分よりも長い時間を奪った。
「…!」
レネがようやくヴィルフリートの急所付近まで剣を近づけた頃には、それよりも近く自分の首にヴィルフリートの繰り出した刃が在った。
まるで無駄の無い動きに、腕の一部のように細かくよく動く剣。
「…言ったろう」
ヴィルフリート剣を引いて、静かにそれだけ言った。
何も言わないレネに一瞥もくれず、ヴィルフリートは背を向けて立ち去った。
「…くそっ…」
剣がなければ負けはしなかった。
ヴィルフリートとの喧嘩で決着がついた事は無かった。
しかし今のは確実に。
ぐさり、と剣を地面につきたてた。
大地がずるりと銀色の刀身を飲み込むのを、ただ見ているしか無かった。
※
午後に呼ばれて応接間に行くと、ライヒアルトがソファにマリアンネを寝かせていた。
ヴィルフリートが何食わぬ顔で立ち、レネは一瞥もしないでその横に立った。
「どうかしたのか?」
眠りに落ちたマリアンネに毛布を掛けながら二人の顔を見て、ライヒアルトがそう聞いた。
「いえ、なにも」
「べつにー」
二人が答えると、そうか、とライヒアルトは短く言った。
着席を勧められ、ライヒアルトがマリアンネの傍らに座り、その正面にヴィルフリートとレネは並んで座った。
「昨日の凶手の事だ」
ピクリ、と僅かにひきつったようにレネの頬が動く。
「何も話さなかったそうだな」
ヴィルフリートがあの後尋問したらしいが、結局何も口を割らなかった。
しかしライヒアルトの口振りは、あの凶手の正体を知っているようだった。
「あれは恐らく、私の伯父の手の者だ」
「伯父…君ですか」
ライヒアルトが比較的軽い口調で言って、ヴィルフリートが訝しげに眉を顰めて返した。
「君達に報せなかったのはすまなかった。凶手に狙われてるというのは不確定の情報だった。そうであって欲しく無いという私のワガママだ」
つまり最初から凶手の存在は感じていたという事だ。
それを初めから知っていれば…いや、何があっても護るのが仕事だったのだ。
「だが昨日のではっきりした。私がこの街に来た目的だ」
「どういう…意味でしょう?」
ライヒアルトは少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。
「掻い摘んで説明する。まずは…命を狙われる理由。私の家は代々クロヴィスの血を受け継ぐ名家なのだ」
地位は大した事は無いのだが、とライヒアルトは補足を付けた。
クロヴィスとは確か、太古の昔に存在した神聖族の始祖だと聞いた事がある。
「跡目争いというものなのかな。私は現当主の嫡男なのだ。そしてもうすぐ次期当主に決まる」
金満家や貴族の考えや風習など、レネには理解できなかった。
誰が家を継ぐだとか、そんな事が問題になるなんて考えられない。
だがそれが巨万の富を左右するのだと考えれば…少しだけ理解できた。
「まあ…自分で言うものでは無いが、私はそれなりに優れた魔力を持っていて、神聖としての格が高いらしい。だから一族の者は皆、私が次期当主になる事に賛成していた…が。伯父上だけは認めていなかった。伯父上は父上の兄にあたるのだが、妾腹だったのだ。父上さえいなければ当主になれていたのだろう」
ライヒアルトはマリアンネの髪をいじりながら、淡々と話した。
「父上と…私。それがいなくなれば、当主の地位は伯父上の手の中に戻る。そう、考えたのだろう。だが父上は社会的地位も高く、簡単には手出しできない。だからまずは私達から排除する事にしたのだろう」
「それが…なぜ、今なのだとわかったのですか?」
問うヴィルフリートに、ライヒアルトはちらりとだけ目を向けた。
「明日、親族会議が開かれる。そこで私は正式に次期当主と認められる。そうなれば…権限ができる。そう、伯父上一族を破門にする事だって簡単に出来る」
そうなってしまえば、永遠に当主の地位は手に入らなくなる。
「だからその前に殺すのだ。だが…もし屋敷でそのような惨殺劇を繰り広げれば、犠牲者がたくさん出てしまう。それでは困る。それに…」
ライヒアルトは、目を眇めて寝息をたてて眠るマリアンネを見た。
「この子を助けてくれる者は、屋敷には居ない。それどころか、どさくさに紛れてこの子を手にかけようとするかもしれない。私が信頼出来る者はほんの少しだけだ」
「だからこの街に来た?」
レネが冷めた声で問えば、ライヒアルトはゆっくりと頷いた。
「へぇ…自分の家は駄目で、人の家だったらどうなろうと知った事じゃない?」
「そういうわけでは無い。屋敷では戦える者、自分の身を守れる者が少ない。そう、セイファート殿に相談すると、ならば私の家に来いと、そう仰ったのだ」
「言い訳だろ。それってオレ達ならどうなっても良いって事じゃん?」
「…君達なら易々と凶手に殺されなどしない。セイファート様はそう仰った。私もそう思う。君達は弱く無い」
強い、では無く、弱くない、と言われ、じわりと気分の悪い感情が胸にせりあがた。
「チッ…勝手な事ばかり」
「…私は屋敷の者はほとんど信用ならない。君達は信用している」
ライヒアルトは、印象的な大きな黒目をまっすぐと二人に向けて真摯に言った。
「オレの事何も知らないクセに?」
「君は昨日マリアンネを救ってくれた」
「それは仕事だからだろ」
「それでも」
ライヒアルトは幾分強い口調でレネの発言を遮るように言った。
「それでも…マリアンネの命は、簡単に見放されるのだ」
すうすうと気持ちよさそうな寝息をたてる妹の耳には、兄のこの悲痛な声は届いていないのだろう。
「ライヒアルト様…」
「君達の命を蔑ろにしているわけでは無い…決して。君達を見込んで頼みがある」
「なんでしょうか」
ヴィルフリートがやや前かがみになる。
単純な奴だとレネは心の中で思った。レネは未だライヒアルトに素直に協力する気にはなれなかった。
「奴らが仕掛けてくるなら今日だ。だから…奴らを誘い出して一掃する。協力してはくれないか」
ライヒアルトがぐっと頭を下げた。
「頼む」
「ライヒアルト様…!お顔をあげてください。貴方様が必要だと言うのであれば、私はいくらでも協力します」
ビシリと折り目正しく立ち上がり、ヴィルフリートは自らの左胸を激しく掴んだ。
「ありがとう、感謝する。…レネ、君は?」
レネは目を眇めてライヒアルトを見た。
ライヒアルトは視線を僅かも反らさずに、レネを見ていた。
「…アンタには借りがある。そいつを返すまでだ」
そう言うと、ライヒアルトがにこりと破顔した。
「ありがとう、助かる」
話が終わったのを察して、レネは早々に退出しようと立ち上がった。
そのとき、少しだけ引っかかりを覚えて足を止めた。
「ねえ」
「なんだ?」
くるりと向きなおり、レネの蒼い瞳とライヒアルトの真黒い瞳がかち合う。
「次期当主の地位っていうのを破棄すれば簡単なんじゃないの?」
レネがそう言うと、ライヒアルトは目を丸くさせて数度瞬きをした。
それから空気が抜けるように笑った。
「そうだな。そうできればな。だが…決めるのは私では無い。会議は私抜きで行われる。それに…」
少しだけ瞳を伏せて、ライヒアルトは言った。
「私には家を継ぎ、為さねばならぬ事がある。それは当主を継ぐ者でなければならないのだ」
何の事だか知らないが、彼の決意だけは静かに伝わってきた。




