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月暈の輩  作者: カザ縁
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月の光の力を得て、異能の力を操る“神聖”と呼ばれる人間。

三千年前に月が封印された為に、今やその力のほとんどが失われていると聞いている。

神聖は未来を予測する力を持つ為に、生命力の低い場所にはあまりいないらしい。

当然ながら、こんな壊れかけた街にいるはずも無く、レネも実物を見たことは無かった。


「しんせいィ…?」


レネは目を眇めて目の前の男を睨んだ。

確かにその辺の人間には無いような圧倒的な存在感と佇まいではあるが、人間との明確な差異は見当たらない。

ただここまで見事な真黒い長髪と瞳は、これまで見たことは無かった。


「この街には神聖はいなかったのだな。教会も無い」

「そんな胡散臭いもん此処にあるかよ。ま、昔は有ったらしいけど、お偉い神聖様はトットコ逃げ去ったんだろ」

「そうだな」


嫌味を言ったのにも関わらず、ライヒアルトは気にする様子もなくさらりと流した。

その余裕に腹を立てたのはこちらの方。

先ほどからまるで自分の思う通りにならず、調子を崩されている。


「そのちっこいのも神聖なわけ?」

「マリアンネだ。この子は神聖ではない」

「ふーん。で?その神聖サマが一体何の用なわけ?」

「ただの旅行だ」


ライヒアルトは事も無げにそう言い切った。


「嘘だね」

「何故だい」

「こんな街、旅行に来るような場所じゃないから。観光資源も特産品も無いし貧乏な街だぜ。しかもどっからワルモノが来るかわかんないような危険付き。子連れにはかなり重い場所だと思うけど」

「そんな事は無い。外は自然が残っていて美しいし、街では人々が復興に励もうと活気に溢れている。そんな人達と交流できるだけで充分旅行に来る意義がある」

「無いよ、そんなモンは。怪我したくなかったらさっさと帰る方が身のためじゃない?」

「そんなに心配か?」


ライヒアルトは爽やかにそう言い放ったが、嫌味にしか聞こえない。

何故だか自分がどのような人物か知っているようだし、見知らぬ他人を心配するような性格では無いという事はわかっているだろうに。


「チッ。別に関係無いからな。勝手にすれば?」

「そうはいかんぞ」


背後から響いた声に反応して、レネはのろのろとそちらを向いた。

背後の階段を歩いて昇って来た壮年の男性は、屋敷の主であるセイファート卿だった。

普通の貴族がどうだか知らないが、暗い色の服を好んで、あまり華美な服は着たがらない。

その明るい灰色の髪とは対照的に、今日も鷹の刺繍がされた濃灰色の上着に、濃紺のシャツを軽く着崩して、首周りには何もつけない。

妙に機嫌が良さそうなその笑顔は、レネにとっては大抵良い事では無い。


「どういう意味だよ」

「お前達にはしばらくの間、ライヒアルト君達の警護をしてもらう」

「はぁ…?」


あまり真面目にはやっていないが、レネの普段の仕事は街の警邏とたまに外出するセイファートの護衛くらいなものだ。

その場合に於いても、ヴィルフリートかレネかどちらか一人は街に残っていた。

今セイファートは“君達”と言った。

今までよくそれで保ったものだと思うが、この街に役職として一応この街を護っているのはレネとヴィルフリートの二人しかいない。

なので“君達”というからにはその“役職警備”の二人である事には違いないだろう。


「何ソレ、どういう事?」

「客人を警護するのは当然の事だろう。何か他に理由があるか?」


ライヒアルトに側にある椅子を薦めつつ、マリアンネの為に椅子を引きながらセイファートが言った。


「あるに決まってンでしょ。わざわざ客人だからって二人もコイツらの護衛につける理由ってあるワケ?普段から街見回ってンだから何かあったら同じだろ」

「客人だからだ。接待だよ、接待」


セイファートはソファに座りながら豪快に笑った。

そんな適当な言い訳で、ハイそうですかと納得する程レネは素直では無い。


「それじゃあオレらはライヒアルトサマの観光のお手伝いでもすれば良いワケ?」

「そんなところだな。何か気になる事でもあるのか?」

「案内なら領主のアンタがすべきだろ。わざわざ二人しかいない護衛をつけて…街の警備を全部そいつに回す理由があるワケ?って聞いてんの」


わざわざ具さに言わずとも、レネの言いたい事などセイファートには解っているはずだ。

それをわざわざかわすような言い方をするのだから、何か隠しているに違いない。

レネが面倒くさそうに言うと、ライヒアルトが少しだけ顔をあげてセイファートを見た。


「それは、その通りです、セイファート殿。私はそこまでして頂か無くとも、ただ場所さえ貸して頂ければ」


ライヒアルトがそう言うと、セイファートはまた軽く笑った。

何が面白いのか、まったくよく笑う男である。


「なぁに、この街やこの屋敷と、あいつら二人は合わせてひとつ。この街にいる限りは自由に使ってやってくれ。それらが“君の考え”の為にも一番良い」

「セイファート殿…しかし私は」

「貴殿が言わんとしている事は理解している。承知のうえで、“その為に必要”だと言うのだ」


ただ単純に、遠慮するライヒアルトにそうする必要は無いのだと言っているだけのようにも思えるが、もっと何か他の意味があるように思えるのは深く考えすぎなのだろうか。

何かにつけて裏を疑うのは昔のクセだが、最近では意味の無い事も多い。

それにセイファートに無理やり逆らう理由もどうせ無い。


「はぁ…わかったよ。しばらくはコイツらに付いてれば良いんだろ」

「ああ、頼んだぞ」


そう言って相変わらず愉しそうに笑うセイファートを横目で少し睨みながら、レネは自室へと帰った。






「君達は仲が良いと聞いていたが」


翌日の朝早くから出かけるというライヒアルトに呼ばれて、顔の中心に皺を寄せて目を眇めるレネと、いつものように眉間に皺を寄せて険しい顔のヴィルフリートが門前で待機していた。

無愛想な男とこんな場所で朝早くから待たされて、レネの気分は最悪だった。

マリアンネの手を引いてやってきたライヒアルトは昨日より軽装で、二人の顔を見るや否や、苦笑いした。


「それ、言ったのどーせ、オッサンだろ。だったら騙されてんだよ、オツカレサマ」

「レネ、ライヒアルト様にそのような口を聞くとは…」

「ライヒアルトサマーって…一日で懐柔されちゃったワケ?軽いのもほどほどにしとけよ」

「私がどなたを慕おうが、お前には関係ないだろ」

「言えてるね。だからオレが誰を嫌おうと関係無いワケだ」

「ライヒアルト様は客人だぞ…!」


掴みかかりそうな勢いの大声でヴィルフリートがレネを叱りつけた瞬間、小さく息を呑むような微かな悲鳴が聞こえた。

ライヒアルトの背後に隠れて、怯えたように震える小さな肩を見て、ヴィルフリートは恐縮した。


「し、失礼しました…」

「朝から元気で良いのではないか?」


ライヒアルトは苦笑しながら、怯えるマリアンネを抱きかかえた。


「で?これから何処に行きたいワケ?どっか行きたいトコでもあんの?」


どうでもいい話題でこんな場所で立っていると余計に苛立ちそうだったので、ライヒアルトを促すと、軽く頷いて応えた。


「ああ、神聖教会に行きたい」

「教会…」


神聖ならば行ってみたい場所なのかもしれないが、すでに神聖の力が失せたこの街で、その場所はほとんどなにも無いに等しい。

建物は半壊し、人は寄りつかない。


「あんな何も無いトコに何の用があるワケ?」

「大した用では無いが…蔵書があるだろう」

「そんなもんほっとんど残って無いでしょ。この街がどれだけ荒らされたか本当にわかってる?文字が書かれたモノなんて根こそぎ持ってかれたぜ」

「構わない。案内してくれないか」


納得いかないレネに代わり、ヴィルフリートが前に進み出た。


「わかりました。私が案内します」

「頼む」


ヴィルフリートがライヒアルトの前に進み出て、ついてくるよう言い、ライヒアルトがマリアンネを地におろして手を引いた。

納得いかなくともレネは必然的にその後ろを警護する形でついて行く事になり、舌打ちをひとつしてから渋々足を踏み出した。

元神聖教会であったその建物は、街はずれの少し林の内に入った場所にある。

元々神聖が少なかったらしいが、そのせいか教会堂も小さく、目立たない場所にひっそりと立っている。

旅歩きの学者や商人が置いて行ったと言う、古い書物もかつては手がつけられずにたくさんあったが、価値があるものはすべて街が荒らされた際に奪われ持って行かれた。

残りは価値が無いものか、わからないものだけだろう。


窓硝子は全て割られ、入り口の扉すらも存在せず、伸びて生えた雑草に浸食された入り口はほとんど朽ちている。

入り口の瓦礫を足で崩し除けて、ヴィルフリートは中を確認してからライヒアルトらに入るよう促した。

鬱蒼とした場所にある寂れた教会の中は暗く、硝子が散乱し、壊れた長椅子が隅に散らばり、雑草に浸食されつつある。

壊れた天井から僅かな日がところどころから入り、歩くたびに何かが足の裏でパキリと鳴る。

なんとか形を留めていた聖壇の燭台に新しい蝋燭を刺して火を燈した。

それを蔵書室に持って入ると、濡れて破れて千切れた本が足元に散乱していた。

ライヒアルトはそのひとつを拾い上げて灯に近づけた。


「…」


レネがちらりとそれを横目で確認すると、見たことの無い文字で書かれた言語の書物であるようだった。

真剣に読むライヒアルトの横顔を見て、何が書いてあるのか気になってやや身を乗り出して中を覗き見た。


「気になるか?」

「…べつに」


少し笑うライヒアルトと目があって、レネは面倒くさそうに顔を背けた。

ただ、何か価値のある書物なのだろうかと思っただけだ。

しかし文面もやはり見慣れぬ言語で、何が書かれているのか判別できなかった。

そもそもレネは文字の読み書きは少ししかできない。

この街の子供ならそれすらも儘ならない者も多かったが、今はセイファートが街に学校というモノを造り、そこにほとんどの子供を通わせている。

レネに文字を教えていたのは、この教会の蔵書と同じく壊れて荒らされた本屋の親父だったが、頼みもしないのにたびたび文字を覚えさせられた事を思い出した。


「それって何か価値あるワケ?」


投げやりにライヒアルトとに問いかけると、ライヒアルトは本から顔をあげてレネを見た。


「価値の無い書物は無い」

「はぁ…?」

「どんな書物であろうと、誰かにとっては万金にも値するものさ」

「オレは金になんのかって聞いてンの」

「金にはならんな。ほら、見ろ。ただの紙だ」


本を手に取ってばさばさと左右に振ってみせるライヒアルトを見て、レネは腹のあたりから怒りがこみ上げるのを感じた。


「冗談だ、そう怖い顔をするな」


レネの怒りとは裏腹に、快活に笑ったライヒアルトは持っていた本を書棚に戻して、別の本を拾い上げた。

その余裕そうな態度がまた腹が立つ。


「これはクレヴィング言語で書かれているのだ」

「クレヴィング…?」

「神聖が使う文字、だな。ここを荒らした者はこれが読めなかったようだな。クレヴィングで書かれたモノはほとんど残されている」


足下に散乱する本達の表紙をザッと流し見ると、確かに同じような文字で書かれた表題ばかりだ。


「ライヒアルト様は何をお探しになっているのですか?」


ヴィルフリートが散乱する本をきれいに並べなおして本棚に仕舞いながら言った。


「魔術医学書だ」


ライヒアルトは床に散らばる本を数冊手に取りながら答えた。

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