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月暈の輩  作者: カザ縁
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その街は街というには少々人が住み辛い処だった。

国境に近いといっても、鬱蒼とした森の深奥にあるその街に寄りつく人は少なく、交易には向いていなかった。

何故そんな場所に街を作ったのかはもう古い書物にすら残っていなかったが、未だ神聖族が生きていた時代、悪しき神聖族に味方した浅はかな人間達が追われるように森を開いたのだと言う説もあった。

嘘か真かもわからぬその説の為か街に住む人々は、世間から隠れるように静かにそこに住んでいた。

その当時は街とは呼べぬ小さな村であったそうだが、王国の栄華が最盛を極めた際に、村もその恩恵を受けて徐々に森は小さくなり、いずれ街へと至った。

王国の権威が神聖教を上回った際には、古の伝説など気にする者もおらず、隠れ住んでいた人々は外へと出るようになった。


その街の扉が再び閉じられる事になったのは、王国の権威が地に落ちそうになった頃だった。


極めた栄華は当然落ちるだけである。

王国のそれとて永くは続かず、他国からの、他国への侵略戦争に明け暮れる日々が続き、いずれ王国からは力という力が失われてしまった。

その頃…国境近くのこの街は蹂躙され他国の兵士が平然と踏み荒らし、賊まがいの蛮行を繰り返し、いつしか本当の賊との違いが無くなってしまった。

王国ではその時に現れた英雄と聖者の手によって辛くも救われたのだが…この街は長い間、支配者不在のまま、己を支配者として人々は無法の暮らしを送っていた。

己の為に、衝動のままに人々は力を振るい、女であろうが、子供であろうが、赤子であろうが、力の無い者から死んでいく。

他人を気遣う余裕なんて無いまま、人々は己を支配した。

そうして…長い間王国でありながら街は王国の支配から離れていた。

王国にはもうすでに、街を支配するだけの力が無かったのだ。


その街に、王国から遣わされた一人の絶対的支配者が現れた。


セイファートと名乗ったその男は、王国首都に住んでいた貴族員議員だったが、街の惨状を知り、誰もが見捨てたその街にやって来たのだった。

奇特なその男は果たして街の絶対的支配者となり、暴力を鎮めて、道を治し、住民の心にゆとりを作った。

男は街の者を屈強な戦士に変え、傭兵として各地に遣わし、街の財力を高めた。


そうして…今、この街は存在していた。




「レネ…貴様、何をしている…」


前髪を浮かせる風に紛れて、染みるような憎しみの籠もった低い声が耳に届く。

わざとらしく大仰なため息をつきながら、少年は蒼い目開いて頭上を見上げた。

葦毛の馬に跨っているのは見慣れた、見慣れすぎてもう見たくも無い、暗い金髪を纏めた怖い顔つきの男だった。


「なにって。見てわからないかなぁ。睡眠だけど」

「お前は…街道の巡回はどうした」

「今からヴィルが行く」

「ほう、つまり今まで誰も…当番であるはずのお前も行っていないというわけだな」


表情は見なくてもわかる。

きっと青筋をたてて目を剥いてこちらを睨みつけているに違いない。

少年は今まで寝ころんでいた青い草の絨毯にお別れとばかりに、上体を勢いよく起こした。


「わざわざ言い直さなくてもそれくらいスッと理解しようぜ」

「貴様…」


貴様、貴様、と芸無く連呼される言葉に、少年はうんざりと、自慢の明るい金髪を掻いた。


「いいんだよ。どうせ。どうせ街に侵入りこんだらやるんだし、最終的に」

「這入り込んでからでは遅い事もあるだろう」

「ないね。何のために門の前でオレが寝てると思ってんの」

「ここは人通りが少なく、木々が無く風が吹いて気持ちいいから昼寝に最適だからだろう。貴様が街を護るためと殊勝な事を考えているとは到底思えん」

「解ってるならイチイチ文句言うのヤメよーよ」

「お前が怒らせるような事を言うからだ」

「放っておいてくれればいいものを。したらヴィルも怒らなくていいしオレもスッキリ快眠できる。一度で二度おいしい」

「抜かすな。戯言を言っている暇があるなら仕事をしろ」


それだけ言うと、ヴィルは手綱を引いて門の中へと入って行った。

毎日よく小言が尽きないものだと思う。

自分も小言を言われる為にわざわざ気に障るような事をするような趣味は持っていない。


「ふぁ~あ…」


これだったら前の方が好かったと、思う事は今も多い。

無法で無差別、強い者が生き残る、解り易いあの頃に。


「ハァ…」


今は昔より人も多く、女も子供も安心して過ごせるようになった。

それでも今でも無法者が多いし、それを殴っても良い理由もある。

というか、理由が無くては今は人を殴ってはならないらしい。

楽して人を殴っても文句言われない、というのが気に入っている。いくら戦うのが好きと言っても、弱い奴を殴ったり、毎日いつでも戦うのは流石に飽きる。

昔は考えなくても良い分、常に気を張り、精神を研ぎ澄ませて、身体を常に緊張させていた。

今は身体は楽できる分、頭を動かさなければならないらしい。

面倒くさいのはどちらも一緒だが、こうしてどうでも良い考えごとが出来るのは今だからだろう。

何してもこんな場所で身体を弛緩させきっても誰にも襲われないのだから、腑抜けているのは確かだった。


「あーあ…面倒くせ」


折り合いをつけるというのは、予想外に面倒くさい。

結果的にとは言え、このまま街を平安に導いて、自分はそれで良いのだろうか。

そんな平穏な街に、自分の居場所など考えられない。


「あー…バカバカしい…」


とにかく今は、逆らう奴らを片っ端から殴っていけるから良いのだ。

後の事は後で考えれば良いだけ。

立て直して復興した街を敢えて破壊し直すのも存外面白いかもしれない。

ヴィルフリートならば間違いなくカンカンに怒って、自分を殴りかかりにくるだろうし、それだけでも充分じゃないだろうか。


「ふぁ…あー…ヒマ」


くだらない事を考えてしまった。

最近は敵の手ごたえも薄くてかなわない。

ヴィルフリートくらいしか相手になれる者がいないからそんな事を思うのだ。

何か…面白い事が無いだろうか。



適当に上辺だけの仕事を終わらせて、街を統治するセイファートの屋敷へ帰ってきた。

元々家が無かったレネとヴィルフリートは、セイファートの屋敷に住み込みの用心棒という形で居候していた。

なので仕事の報告などと殊勝な事をしに来たわけでは決して無い。

セイファートの書斎の扉に一瞥もくれず、レネは自分の部屋へと向かった。

使用人の住む部屋は、二階にあがって長い渡り廊下を渡った先にある。

面倒なのは必ず居間を通り抜けなくてはならない事だ。

そこには必ずと言っていい程誰かいるし、運が悪ければセイファートが居る。

捕まれば色々と煩いので出来るだけさっさと横切ろうと二階にあがった時だった。


「ああっ」

「!」


聞き慣れない甲高い声が響いて、視界に小さいモノが一瞬映った。

ソレを確認すると、淡い色のスカートドレスを身にまとった小さな少女が尻を床について座り込んでいた。

どうやら自分にぶつかりそうになって転んだらしい。

セイファート卿にはこんな小さな娘もいないし、住み込みで働いている使用人はヴィルフリートとレネだけなので、こんな小さな少女がこんな場所にいるのには違和感がある。

ふたつの栗色の長いみつあみを紅いリボンで結わえて、綺麗な生地の子供らしい、それでいて上品な衣装。

…この街にいる事自体が不自然な程、立派な身形である。

おそらく普通の街人が普段着にするような値段の服では無いだろう。

つい、値踏みをしてしまうのは昔のクセだ。


「…なんだこのガキ」

「……あ…ご、ごめんな…さい」


小さな小さな声で子供は大きな瞳を揺らしてそう言った。

身体は小さく、腕も足も腰も、すぐに折れてしまいそうなくらい細く痩せていた。

子供は色々と面倒くさい。

だから無視して去ろうとした時。


「私の妹をいじめるのは止してくれないか」


少しの笑い声が混じった聞き慣れ無い声。

少女を助け起こすと、怯えて小さくなる少女を抱き上げた。

小さな少女は抱きかかえた男の首に抱きついて顔を埋めた。


「君がレネ君か」

「はぁ…?」


印象的な黒い瞳に、同じような長い黒髪をひとつにまとめた男。

どう見ても庶民には見えない、いちいち優雅な仕草を行うたびに、長い黒髪の先がひらりと揺れた。

少女をあやす為か、背中を撫でるその手首の動きですら芝居のような見世物だ。

一方的に相手に名前を知られているのにまず腹が立ち、その高貴な態度にも腹が立った。


「確かにオレがレネ君だけど?」

「聞いていた通りだな…いや、それ以上かな」

「何の話?不審者は斬っても良いって言われてるんだけど」


腰の剣に触れてわざと柄から少しだけ刃をちらつかせて見せると、再び少女が怯えたように男の肩に顔を埋めた。

だが男の方は少女の頭を撫でると、余裕そうに笑った。


「不審者では無い。客だ」

「客ゥ?侵入者のクセして」

「侵入者では無い。ちゃんと主に招かれ入った」

「主って…オッサン?」

「セイファート殿だ。仕事が残っているのだと執務室に行かれたようだが」

「あのオッサンが自称客人を置いて?」

「ふふ…客人と言っても賓客では無い。ただ少しばかり宿を貸して頂くだけだ」


宿を貸してもらう、という事はこの街の者では無いようだ。

そもそもこんな人物は街中で見たこと無いし、未だ困窮している街にこんな立派な身形の者がいるとは思えないが。


「アンタ何者だよ。こんな街にわざわざ旅行に来るとも思えないし、一般庶民にしちゃちょっと良いモノ持ち過ぎじゃねーの?」

「君こそ…少年にしては子供らしさに欠ける」

「他の街がどーだかしんないけど、普通のガキだったら15年も生きてらんねー場所だったからな。それより誤魔化してんじゃねえよ。オレの事は知ってンだろ?」

「そうだな」


男は少女を床に下ろすと、レネに向き直った。


「私の名はライヒアルト。これは私の妹のマリアンネだ」


ライヒアルトと名乗る男がそう言うと、少女はしどろもどろにスカートの端をつまんで礼をした。

この小さな少女は10にも満たないだろう。

対して男…ライヒアルトの方は、兄というには些か歳が離れすぎているようにも思える。

15歳以上は差がありそうな兄妹だ。


「で?そのライヒアルトサマとマリアンネチャンは何者なワケ?」


大した身分では無いが、とライヒアルトは注釈をいれた。


「敢えて言うならば、私は神聖だ」

こちらの作品は「月と魔術師と預言者と」の番外編のひとつとなっていますが、特に細かい設定など気にせずに読んで頂けたら良いなァ…と(願望)

そんな感じで全7話の予定です。

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