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事例 4

 ――ああ、そう言えばこんなことがありました。




 あれは確か、そこそこ昔の事でしたかね。

 大層美人なお客様がおいでになったのです。

 外は隕石の雨が土砂降りでしたが、その方は涼しげな顔でお店の中に入っていらっしゃいまして、それが印象に深く残ったのを覚えております。

 その方は白銀の着物を着こんだ妙齢の女性でして、すらりとした体格の美人さんでしたよ。

 肉付きの良くない方で、血色もあまりよくはなかったのですが、それでも弱さというか、病人らしさは全く感じませんでした。

 その方はお店に入ってきてからも無表情で、普通の方ならば混乱を隠せないはずなのに、と私の期待を裏切ってしまわれたのです。

 毎回毎回どのようなお客様がどのような表情でこのお店の扉をくぐるのかも私の楽しみの一つになっていましたからね。

 ですがまあ、よく見れば涼しい表情ではあってもその視線は色々なところに向いておられましたので、反応としては悪くない方でした。


 ……ああ、お客様の反応も大変面白うございましたよ?

 迷子のようにあたりをきょろきょろ見渡して、不安げに眉を顰めている姿は、自信の輝きとはまた違う甘美な潤いを私に届けてくれる最高の――


 ……え? さっさと話を進めろ?

 これは失礼いたしました。私、好きな物の話になるとなかなか止まれなくなってしまうもので……。

 その方はしばしお店の中を眺めた後、やっと私がいることに気が付いたのか、少しだけ顔を赤らめながらこのカウンターまでゆっくりと歩いてきました。

 入り口からここにたどり着くまでに冷静さを取り戻したのか、今お客様がそうしていらっしゃるように私と相対して座るころには顔の赤らみも引いておりました。

 どうやら、自分の感情を制御するのが得意な方のようでしたね。


 ……いえ、正確には感情の制御ではなく、抑制でしょうね。

 自由に操るのではなく、抑え込むだけ。

 それしかできないからこそ、彼女はこのお店の扉をくぐることができたのでしょうから。


 ……ともあれ、彼女がそこに座ってからは恒例の説明タイムです。

 普通ならここでも首をかしげるお客様が大多数なのですが、彼女は少しだけ暑そうにしながらも冷静に私の話を聞き、わからないところには質問まで返してきました。

 なかなかの胆力です。普通の方ならばここまではきはきと対応できなかったでしょう。


 ……まあ、それだけ彼女は必死だったのでしょうね。

 今までどうしても手に入らなかった物が手に入るのだとなんとなく気付いてしまったのですから、その方法に縋り付きたくなるのも仕方のない事です。


 ……まあ、順番に話して行きますから、先を急がずに……。

 私からの説明が終わり、いよいよ彼女からの相談を受ける番になりました。

 この段階になると大抵の方はためらいを覚えるのですが、彼女も例外ではなかったようで、私から何度も促して、やっと話していただけました。

 それまでの統計から見ると少々早くはありましたけど、やはり自分の悩みを話すのは誰でも辛く、恥ずかしい物です。

 まあ、私としては話していただかないと何も始まりませんから、無理にでも話させますけどね。


 ……ひどい事はありませんよ。

 そうした方がお客様のためになり、さらに私は上質な自信を手に入れる事が出来る。

 両者に得しかないこの行為の、どこがひどいというのですか?

 それに、そういう悩みは適度に吐き出しておかないと、いつまで経っても消えません。

 物にもよりますが、誰かに愚痴として聞いてもらうことで、当人の中においては何らかの解決が得られる悩みも確かに存在するのです。

 まあ、聞かせる相手への配慮を怠ると、嫌われますけどね。


 ……ああ、私に対しては遠慮など一切無用です。

 私は上質な自信が得られるのならば、愚痴の千や二千いくらでも聞いて差し上げますから。

 欲しい物のための苦労は苦労の内に数えません。

 こんなもの、収集家(コレクター)ならば当然の心構えですよ?


 ……ああ、彼女の話の続きでしたね。

 まあ、一言で言ってしまえば恋愛相談のようなものです。

 とある方といろいろあって一緒になり、いろいろあって子をもうけ、いろいろあって別れた、と。

 彼女の言ったことを簡単にまとめると、そうなりますね。


 ……いくらなんでもざっくりしすぎだ? もっと細かく話せ?

 まったく、私を急かしたかと思えば今度はのんびりさせようとして、いったいどうすればよろしいのですか?

 ……わかりましたよ。程々の加減でお話いたします。


 ……何でも、彼女はさる特殊な一族の出なのだそうです。

 その事は外部の人間には一切知られてはならず、知ってしまったものは消さなければならない。

 そんな、物騒な一族だったそうです。

 その女性の伴侶となる男性との出会いは、とある山の中での事。

 まだ互いに少年・少女と言い表されるような年代の頃に、お二人は初めて顔をあわせました。

 一族の一員としてその少年と出会ってしまった少女は、一族の掟通りその少年と一緒にいた者を全員亡き者にしたそうです。


 ……が、少女はその少年だけは殺さなかった。

 その時点で少女がその少年の事をどう思っていたかは、本人にもわかっていなかったようです。

 哀れに思ったのか、その表情から何かを感じ取ったのか、そんなことさえも不明。

 ですから、少女の行動はあくまでもただの気紛れ――『なんとなく』という曖昧な思いに突き動かされた結果の動きだったのでしょう。

 その結果、少年は生かされました。

 少女の別れ際にはなった『自分の事は誰にも話すな。話せばお前もこいつらと同じ目に合わせる』という言葉を、胸に刻んで。


 ……それからしばらく年月は流れ、少女は女性に、少年は男性になったころ、二人は再び出会います。

 幼き日に胸に刻んだ言葉通り、その時会った事は誰にも話さず、さらには必要以上に周囲との距離を取り続けた孤独な男性。

 彼は、成長し、幼さという物を完全になくした彼女の事を、彼女だとは見抜けませんでした。

 それは、結果から見れば大正解。

 何故なら、もし見抜いてしまっていたら、彼は約束をしっかり守っているかを確かめに来た彼女によって亡き者とされていたでしょうから。


 ……それからの二人については、まあ先ほども話してしまった通りの展開になったとだけ言っておきましょう。

 男性を一目見て帰ってくればよかった彼女は、なぜか監視の任務を無期限とし、その身を男性のそばにおくことで続行したのです。

 男性の方も、人との関わりを絶つことで約束を守ろうとしていたとはいえ、やはり一人の人間。孤独には抗えませんでした。

 女性は再会した男性と、男性は始めて出会った女性と。

 奇妙なすれちがいのもとに生まれたこの出会いをきっかけに、二人は同じ家に住み、夫婦となり、幾人かの子までもうけました。


 ……ですがある時、ついに恐れていた自体が起きたのです。

 それは、二人の男女が夫婦となってから十年程経ったある日の事。

 男性が、ついうっかりと、かつての出来事を話してしまったのです。

 彼の心に刻まれた約束という文字を風化させてしまったのは、長い年月か、それとも愛する妻の優しさか……。

 ともあれ、彼が秘密を守れなかったという事実だけは、覆しようがなくなってしまったのです。


 ……結局、彼女は彼に何もできませんでした。

 一族の掟に従って、彼を手にかけなければ行けなかった彼女はしかし、彼を殺せなかったのです。

 そうなって初めて、彼女は彼の事を本当に愛していたということに気が付きました。

 ですが、その事に思い至ったとてもう後の祭り。

 彼女にできることは、自分の正体を明かし、彼に大切な子を託してその場を去ることだけでした。


 ……ここまでが、彼女がこの店を訪ねるまでの顛末です。

 彼女の心を占めていたのはただ一つ、『彼がどうなっているか』という気持ちのみ。

 しかし、様子を見に行きたくとも、一度ならず二度までも一族の掟をないがしろにした身、それ以上の勝手が許されるわけもありません。

 よって、彼女は何もできなくなってしまったのです。


 ……と、そんなお話を彼女から聞き終え、私は彼女に『あなたが望む自信はなんですか?』と尋ねたのです。

 ですが、彼女の答えは経った一言、『わからない』という物でした。


 ……最初に言った通り、彼女は自分の感情を抑制するのが得意だったのです。

 そして、自分の感情を抑制できるのはただ一つ、自分自身の思いに他なりません。

 例え一族の掟とはいえ、彼女の気持ちを縛ることは到底不可能でしょう。


 ……ならば、彼女の気持ちを縛っていたのはなんだったのか。

 それは、たった一つの楔でした。

 彼女は懸念していたのは、一族の掟などというつまらない物ではなく、『彼が自分の事をどう思っているか』だったのですよ。


 ……考えてもみてください。彼女は男性の目の前で人を殺しているのです。

 掟に則ったことだったとはいえ、そんなものが人を殺めていい理由になるとは思えません。

 彼女は、彼に再び出会い、そして彼に拒絶されるのが怖かったのです。

 彼がもし自分の事を嫌ってしまえば、一族を飛びだした彼女に居場所は無くなります。

 結果的にとはいえ、長年彼に孤独を強いてきた彼女からすれば、そういう可能性も否定しきれなかったのでしょう。

 それ故に、彼女は結論を出すことを恐れ、無意識のうちに願望を封じ込めていたのです。


 ……考えてみれば馬鹿馬鹿しいお話ですよ。

 本人の中ではもう結論なんて出てしまっていたんですから。

 彼女が悩んでいたのは、旦那様に会うか会わないかではなく、旦那様に会って後悔するかしないか、だったのです。

 会いに行くということ自体は、もう彼女の中で決定していたのですね。

 まあ、彼女は自覚していなかったようですが。


 ……そして、そんな彼女に私が勧め、彼女自身も求めた自信は、『自分の好きな人に対する自信』でした。

 それを抱え、代わりに自分の中の邪魔な自信を置いていった彼女の顔は実に晴れやかで、なんというか、そう――憑き物が落ちた、という言葉がピッタリでしょうかね。

 彼女が邪魔だと言ったその自信は、彼女にとっては憑き物――呪いのようなものになっていたのでしょう。


 ……それからの事は、私も知りません。

 私が聞き出すのはお客様の過去についてのみ。それも、商談のために必要な部分だけです。

 私にとって何の得にもならない未来の話なんて、調べるわけがありません。


 ……まあ、彼女たちなら大丈夫なんじゃないですかね。

 彼女があれほどまでに思いを寄せていた人なのですから、きっと、彼女を無碍には扱わないでしょう。

 その程度の男に、彼女が惹かれるわけもないでしょうし。


 ……いやあしかし、その取引では珍しい自信も手に入りましたし、私のとっても大満足なできとなりました。






 何せ、『雪女としての自信』だなんて、レア中のレアですからね。

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