出逢いのとき
「おい! 聴いているのか!」
涼介の耳に鋭く尖った叫びが煩く響く。
「もう一度聞く! 君が犯人か? そしてどうやって殺した?」
最後の言葉をつけたらもうその前の言葉はいらないじゃないか。
涼介は沈みきった心の中で、どうして今の状況になってしまったのか? を分析し始める。
たしかあの時、俺の、たぶんクラスメート全員が床で倒れていて、救急車を呼ぼうとしたけど携帯、いや、携帯どころか荷物が1つの無くて、助けを呼ぼうと廊下に出ようとしたけど鍵が開かなくて、どうしようと思っていたらなぜか警察が来て、この取調室に連れて来られて・・・・・・。思い出す度に訳がわからなくなる。
「だから君、聴いているのか!」
涼介の思考は、さっきからいらいらしまくっていて、大阪府警刑事部捜査第一課の神保 恭二と名乗った男の声に遮られる。
神保は不良に負けないぐらいの顔つきをしていて、鋭く尖った眼で睨まれて、怖くない。と言うことのできる人はそうそういないだろう。
「だから、俺はやっていません。気が付いたらあそこにいたんです」
教室にはやはりクラスメート全員が倒れていて、神保の話によると死因は原因不明の窒息死。涼介が生きていたことから証明されるが、教室は密室になっていたが真空状態になっていたわけではない。それ以前に窓を完全に密閉し、電気を完全停止させ換気扇を使えなくし、教室内の空気を無くすことは可能かもしれないが、何せ中には涼介のクラスメート39人がいたわけだ。苦しくなれば助けを呼ぶだろうし、それが不可能だとしても窓ガラスを机か何かで壊せばいいのだ。まさか窓ガラスが割れなかったということはあるまい。
では、この可能性はどうだろう。
何処か別の場所で39人を窒息死させ、ここまで運び、なぜか涼介だけが生きていた点から犯人は涼介に罪をかぶせようとしている。
「学校の警備員はあの時間に正門のところで君が校舎に戻って行くところを見たと言っているんだ! とぼけるんじゃないよ!」
この言葉によってこの可能性はあっけなく捻り潰される。
クラスメート39人+涼介、合わせて40人を運ぶにはテレポーテーションでも使わないかぎり、トラックか何か大型の車で運ぶしかないだろう。それこそ、そんな目立つものを警備員が見逃すわけが無い。
「でも俺は記憶に無いし、しかも、もし俺がそこにいたとして、校舎に向かっていても、あの時間は下校する生徒が親を呼んでいて混雑していた。そんな中で俺を見ることが出来る確率はほぼ無いんじゃないのか?」
涼介の正論に神保は少しうろたえるがすぐに反論する。
「おそらく校舎に向かって行っているのが君だけだったから目立ったのだろうよ」
神保の言葉も一理あるが、しかし、もし逆走する生徒を見つけることが出来たとしても、果たしてそれを俺と断定することが出来るのだろうか?
涼介はすぐさま反論を用意するが、どうせ言っても無駄だろう。という見解に行きあたり、その反論を消去し、謎が多すぎるこの事件についての思考を開始する。
原因不明の窒息死をしたクラスメート。密室。警備員の証言。意識が無いうちに俺があの教室にいたこと。
・・・・・・そう、そういえば意識を失ったのはあの少女に見つめられた時だ。確信は無いが、おそらくこの事件にあの青色ワンピースで黒髪の少女が関わっているのだろう。
この少女のことをこの神保とかいう刑事に話してもいいが、どうせ信じてくれないだろう。
無機質な取調室に嫌な沈黙が漂い始めてから数分が経ち、貧乏揺すりしていた神保と思考していた涼介をビクつかせ、その沈黙を破ったのは、警察官に、ちょっと、ちょっと! と嘆かせながら取調室の扉を勢いよく開けた、身体の上下ともを、茶髪ポニーテルに美しい顔立ちには似つかわしくないジャージに包んだ涼介の姉―――香織だった。
「うちの弟を返してもらおうか!」
顔からは想像出来ない威圧に気圧された神保はいかつい顔で睨みつけようとしたのを急停止させ、涼介の取調べ時には決して見せることの無かった笑顔を見せる。
「そうですよね、未成年ですしもう帰っていただかないと。・・・・・・お迎え、ありがとうございます」
最後には敬礼まで見せる。
わかりやすい人だな~。と思いながら涼介は、その敬意を見ること無く、行くぞ。と呟き、そそくさと歩き始めた香織の後を追う。
扉の前で唖然としていた警官に苦笑いを浮かべながらまもなく香織に追いつく。
「心配したぞ。殺人事件に巻き込まれたって聴いたから来てみたらこれだ。・・・・・・まったく、大阪の刑事はどうなっているんだ!」
その言葉に周りの警官がこちらを睨みつけた気がしたが、香織の威圧にすぐに視線を何処かに反らす。
数十メートル灰色に輝く廊下を進み、再び事件の思考を始めようとした時、不意に廊下のT字路から片足が踵を床につけた状態で現れる。
その足に危うく足を引っ掛けそうになった涼介は咄嗟にその足を跨ごうと片足を上げる。
――――――!!!!????
足を上げたまさにその足に、踵が床から離れ、上に上げられた足が引っ掛かる。
危うくこけかけた涼介は顔を上げてその足の持ち主を睨みつける。
視線の先にいたのは、昭和ドラマで出てくる男刑事が身につけているような茶色がかった黄土色のコートに膝より少し上の丈の赤色のスカートに身を包む少女だった。服装は少し時代遅れだが、顔は現代の美しい女の子という雰囲気がした。しかし、眼が青く、茶色がかった腰まで垂れ下がる黒髪を少し青く染めているような気がする。
その少女は微笑みながら涼介を見つめている。
涼介は眼が合い少し頬を赤らめるが、すぐにそれを払い落とし、再びその少女を睨みつける。
これが、これから果てしない戦いを共にする人との運命の出逢いだということに涼介が気付く訳が無く、これからの長い長い彼女と過ごす時間が少しずつ始まっていった。
次もぜひ読んでください。よろしくお願いします