~9時間目~
朝。僕はあまりの寒さに目が覚めてしまった。
そして、眠気眼をこすりながら起きてみて、寒い理由がよくわかった。
「雪だ……」
窓の外には、一面の銀世界が広がっており、数CMほど雪が積もっている。
そして、少しうつになった。
今日は12月24日。クリスマスイブ。そんな日に雪が降っている。
やれやれ。
雨でも降ってくれればよかったのに。
恋人のいない人間としては、今日という日が恨めしい。
友達も少ないし、せいぜい家族でケンチャッキーフライドチキンのハッピーバーレルでも食べて、聖なる夜を祝おう。
……うちは仏教徒だけど。
僕は部屋を出ると一階のリビングへと向った。
そして、朝ごはんを食べて、駁の相手を適当にして、抱きついてくる姉さんとケンちゃんを2,3回引き剥がしていると、いつの間にか昼になっていた。
「だからね、駁は思うの! 昨日の召喚術がなぜ失敗に終わったのか。それは、駁の魔力が完全じゃなかったからなの。魔法陣にも致命的な欠陥があったわ。ローマ字で書いたのがいけなかったのっ! だって、駁が話せる英語ってTHIS IS A PENだけなんだよ!? しょうがないじゃない。依り代に選んだ酒屋のゲンゾーおじさんも、特殊な能力を身に宿していなかったわ。あくまで酒屋だったのっ」
「うん。そうだね。でも、ゲンゾーおじさんは駁の召喚術が終わってから、肩こりが治ったって喜んでたから、まあ、これはこれでいいんじゃないかな」
「魔力を完全な状態にすれば、駁にだって神話級の英霊が召喚できるのっ! そのためには、賢者の石を手に入れる必要があるわ。幾人もの錬金術師達が求めたという、英知の結晶。とある鋼の兄弟もそれを求めて旅に出たそうよ。駁もまた、それを探してローマへ旅に出たの。英語は無理だけど、ローマ字マスターの駁なら、ローマでも言葉が通じると思ったの。でも、伝わらなかったわ。きっとあいつらは、エセローマ人ね」
「うん。すごいね。お疲れ様、駁。それと誤解しているようだけど、ローマ字はローマに行っても通用しないからね」
「コンビニのATMの下を探しても、パチンコ屋の警備員のおじさんの胸ポケットを探しても、あずの財布の中を探しても、ついには見つからなかった……何故なの!? 話が違うわっ!」
「うん。そういえば、僕の財布から千円札が何枚か消えてたね」
「でも! 駁はついに究極の練成法を編み出したの! そのためには、あずのどんぶりに浮いている、四大元素を司るアイテムが必要なの!」
そういって、駁は僕のどんぶりに浮いている厚切りチャーシューを指差した。
ちなみに、今日の昼食はチャーシューメンだ。
「あずにはすぎた代物よ。練成を間違えると肉体は崩壊し、魂は永遠にアビスをさまようことになるわ。もしかすると、ディラックの海から負のエネルギーを取り出せば、助け出せるかもしれない……悪い事は言わないわ。……それを駁に渡して。今ならまだ、間に合うから……あずがアビスに落とされて、過酷な運命を背負っていくのかと考えると……駁は身も心も引き裂かれそうになる」
「うん。それは怖いね。僕も平穏無事に暮らしたい。僕の運命、駁に託すよ」
「あず……うん! 駁に任せて! 駁が絶対あずの運命を変えて見せるから!」
駁は僕のどんぶりからチャーシューを奪い去ると、さっさと口の中に放り込んでしまった。
要するに、僕のチャーシューが欲しいがために長々と召喚術だの、賢者の石だの、アビスだのと並び立てていたのだが、一言『ちょうだい』と言ってくれればすぐにあげたのに……。
けれど、そこで選択を間違えればちょっと厄介なことになる。
駁の相手をするにはコツがあるのだ。
それは、あの子の言う事を決して否定しないこと。
肯定したうえで、駁の話に合わせて誘導してやれば、駁はちゃんと動いてくれる。
駁と末永く付き合っていくには、こうしたテクニックが必要になってくるのだが、それを会得しているのは、隣に住む僕の幼馴染の女の子くらいのものだろう。
ピンポーン。
突如、インターフォンが鳴った。誰か来たようだ。
僕はチャーシューをもぐもぐと頬張る幸せそうな駁をリビングに残し、玄関へと向う。
「えっと、開いてますんで、どうぞ入ってください」
すると、ドアを開けて入ってきたのは、クラスメイトの金口くんと、平良くんと、前田くんと、向井くんだった。
「お邪魔しまーす」
「ごめん、本当に邪魔だから帰ってくれないかな?」
本心だ。そもそも今日彼らを招待した覚えは無いし、というよりも僕の住所は誰も知らないはず。
戸惑っていると、金口くんが一歩前に出て笑顔で語りかけてきた。
「そんな事言わないでよ、宮村くん。今日は12月24日。きっと宮村くんは彼女もいないから、1人でギャルゲーやって、ディスプレイの向こうの彼女とクリスマスケーキを食べているんじゃないかと、心配してやってきたんだ。感謝してよ」
「ものすごく余計なお世話だね」
すると、前田くんが奇怪な笑い声を上げた。
「金口。それ、去年の俺だっちゅーの、ふひひ」
「そんなことより、どうして僕の住所知ってるの? 誰にも教えた覚えはないんだけど!」
「ああ。それなら問題なかったよ。父上の部下に命じて君を尾行させておいたから。ね、問題解決だろ?」
尾行されていたのか、僕。
いや、問題はそこじゃない。
「それより、せっかく集まったんだから皆で遊ばないかい?」
いやだ。
とは言えなかった。方法は問題あるにしても、せっかくはるばるやって来てくれたんだし、このまま追い返すのも可哀想な気がしたので、金口くんの提案を受け入れよう。
なにより、僕も寂しかったのかもしれない。
「しょうがないね。とりあえず上がってよ」
と、言う前に金口くんはずかずかと土足のまま玄関に上がりこんでいた。
「靴脱げよ!」
「え? ここってお家なのかい? 僕はてっきり、うさぎ小屋かと思ったよ、はははは」
金口くんが爽やかに笑っていたので、とりあえずパンチを5,6発そこにブチ込んでおいた。
とりあえず4人を僕の部屋へ連れていこう。
「さあ、何をして遊ぶ? ゲームならちょっと古いのがあるけど」
部屋になんとか4人を押し込んで、何をして遊ぶか検討する。
すると、真っ先に手を挙げたのは平良くんだった。
「はい、平良くん」
「ヒンズースクワット」
「却下」
平良くんを皮切りに、次々と遊びの案が出てくる。
「女装」
「却下」
「悪の秘密結社の結成」
「却下」
「呼吸」
「常にしてるよね」
「下克上」
「誰に?」
「バカのモノマネ」
「そのままでいればいいと思う」
「駅前留学」
「ちょっと古いかな」
「異世界転生」
「痛いのいやだよ」
「土下座」
「それはぜひ僕にして欲しいな」
「ハーレム」
「このメンツで無茶言わないで」
「駁と遊ぼう!」
「駁をこのメンツに混ぜ合わせたら、それこそカオスだから、絶対に無理……って、駁!?」
「えへへ~」
気がつくといつの間にか、僕の隣に駁が正座で座っていた。
「女子だ!」
「ふ、ふひひひ」
「……」
「まさか、宮村くんのお祖母さん? いやあ、それにしてはお若い」
4人とも急に現れた駁に驚きを隠せないようだった。ていうか、誰だ。今さり気にとんでもない勘違いを披露した奴。
……まずい。こんな飢えた狼の群れに駁を放り込んだら、何をされるか解ったモノじゃない。
「駁、ここは危険だ。早く逃げて」
「え~~~? どうして? すっごく楽しそうじゃない! 駁も悪の秘密結社の結成して、ヒンズースクワットして、駅前留学して、下克上して、土下座して、呼吸してあずと遊びたいよ~」
「とにかくダメ」
「どうして?? あず、駁をいじめるの?」
駁が涙目になって僕を覗きこんだ。
……まずい。こうなったら、駁をなんとか誘導してこの部屋から出て行ってもらうしかない。
「……駁には黙っていたけど、こいつらは結社の一員なんだ。ケンちゃんをサイクロプスに改造した張本人かもしれない。僕は、こいつらから情報を聞き出すためにここに呼びつけたんだ。それに、ここにはもうすぐ、超古代銀河文明『ペルセウス』を滅ぼした、バルダック星人が襲撃にやってくる」
「うそ。どうして!? まだ契約の時は来ていないというのに。気付かれたの? まさか、銀河辺境方面特殊監察部の連中に、ソウルグランジャーの中に眠る12の鍵の一つ『幻惑の双子』の波動をキャッチされたのかしら?」
平良くんも向井くんもみんな話についていけず、きょとんとしている。まあ、当然だ。
「駁。ここは僕に任せてくれないか? 駁には生き延びて欲しい。この蒼く美しい星の輝きを守り続けるためにも」
「わかったわ! あずがそういうなら、ここは任せる! ……あず、死なないで」
「うん。大丈夫」
駁は大きく頷くと、平良くんのスキンヘッドを足場にして、バク宙しながら階段を下りていった。
ふう。なんとか駁を守ることができたぞ。
すると、僕の奇妙な話にみんなから矢継ぎ早に質問が飛んで来る。
「宮村くん。ところで、結社ってなんだい?」
「悪の秘密結社だよ。ほら、たった今結成したのさ」
「超古代銀河文明『ペルセウス』って?」
「駅前にある英会話教室の名前さ。ユニークでしょ? 今度、駅前留学するんだ」
「バルダック星人の襲撃って?」
「土下座するために呼んだんだ」
「へえ。さっそく出た案を消化していったんだね、じゃあ残りも全部やらなきゃ」
「え?」
その後、僕は女装してヒンズースクワットしながら呼吸して、下克上して異世界転生してハーレムしろと言われた。
僕は一瞬途方に暮れていたが、姉さんが買ってきたケンチャッキーフライドチキンのハッピーバーレルを皆で食べると、そんなことは一瞬で忘れ楽しい楽しい?クリスマスイブを過ごしたのである。
これが、今年の冬休み最大の思い出かな。




