~8時間目~
「いただきま~す!」
父、母、姉、僕、駁、ケンちゃん。全員がそろって宮村家の夕食が始まった。
狭いリビングで家族6人がそろったのは久しぶりのことだ。
今日は僕が帰ってきたこともあって、豪勢なメニューだった。唐揚げ、エビフライ、刺身の盛り合わせ、ポテトサラダ、ちらし寿司と、僕が大好きな物ばかりで、行儀悪く箸を迷わせてしまった。
「はい、ブレちゃん。あ~~ん」
姉さんがポテトサラダをスプーンで一すくいし、それをケンちゃんの口元に持っていく。
「やだ! ぼく、じゃがいも嫌いなんだ!」
ケンちゃんが抵抗して両手をブンブン振り回した。ものすごい勢いで繰り出されたその一撃は、隣に座っていた父さんの顔面に直撃して、父さんは床に仰向けになって失神する。
母が割り箸で、ケンちゃんの右腕に生えている剛毛をつかんで動きを止めた。するととたんにケンちゃんは大人しくなり、ポテトサラダをごっくんした。
「好き嫌いはだめよ! 大きくなれなかったらどうするの!」
それ以上大きくするつもりなのか、姉さん。ケンちゃんのバカみたいに大きな体がリビングを圧迫している。その横で僕はひっそりと箸を進めているのだが、邪魔なことこの上ない。
ちなみに、姉さんがブレちゃんと言ったのは、もちろんケンちゃんのことだ。本当はケンちゃんは宮村 剣という名前なのだ。
ケンちゃんが生まれた年にやっていた、特撮ヒーローのタイトルから取ってきたらしい。もう1年遅ければ響になっていただろうし、2年遅ければ兜になっていたかもしれない。
姉さんの特撮好きにも困ったものだ。だが、僕達家族はブレイドと呼ぶのがめんどくさいので、ケンちゃんと呼ぶようになった。
ケンちゃんも、ブレイドより、ケンちゃんのほうが気に入っている。
姉さんは、シングルマザーなのを気にしてか、ケンちゃんに惜しみない愛情を注ぎ……もとい、甘やかしているので、好き嫌いが多くて困っているとのことだったが……。
「あず! 駁の梅干あげるから、マグロのお刺身ちょうだい! 等価交換よ! ちなみにこれはただの梅干じゃないわ! この梅干を巡って近くて遠い世界……いくつもの並行世界から選ばれた戦士が集い、殺し合い奪い合ったの。そして、最後に勝利した者が口にできると言う禁断の果実がこの梅干よ! 駁はその戦いに勝利したの!」
「うん。すごいね。駁は並行世界の敵も倒しちゃうのか」
「奴らは血も涙も無い悪魔だったわ。駁のソウルグランジャーに搭載された、数多の並行世界に散らばる12の鍵の1つが覚醒しなければ、やられていたかもしれない。駁は、目覚めたの」
「うん。おはよう、駁」
「そして、駁はこの禁断の果実を手に入れた。これを食べれば……アカシックレコードにアクセスでき、すべての並行世界を破壊し、構築しなおせる神の力をその身に宿せるの! あず……あなたにあげる」
駁が僕の皿に載っていたマグロを全部かっさらっていった。そして、その上に一粒の梅干がちょこんと乗っかる。
僕はそれを口に放り込んでみた。当然、アカシックレコードにアクセスできる気配は無い。まあ、スーパーで大量に売られている税込み128円の梅干に、そんなとんでもパワーは存在しないのだが。
「ごちそうさま!」
ケンちゃんが勢い良く席を立った。そして、その勢いで震度3くらいの地震が起きた。棚が揺れて、その上に置かれていた使われなくなって久しい、僕と駁の思い出が詰まったカキ氷機が床に落ちてぶっ壊れる。
夏休みになると、あれで冷凍庫から氷を出して、2人でかき氷を食べたものだ。その度に駁が僕の分の氷を横からかすめとっていったので、もう駁に物を取られるのは慣れている。
駁は中学に入ってから、学年一の美少女と噂されるようになった。僕の友達はみんな駁に告白したが、ふられている。当然だ。
駁は3次元に興味が無い。16次元に存在するという、太陽の国、『アスクモーデス』の第三王子の美少年『パルパカッチョニーリョ・ドランブイ587世』になら告白されたいらしい。ちなみに、駁の前世はその王子の恋人なのだとか。敵国の姫で、彼をかばって死んで現世に宮村 駁として生まれ変わったと公言している。っていうか、16次元ってどんなだ。アスクモーデスって何だ。
「お兄ちゃん。ぼくとお風呂入ろうよ~」
「え? ケンちゃんと?」
「うん!」
低い声で明るく笑ったケンちゃん。頬の筋肉が伸縮して、口周りのヒゲもそれにあわせて揺れた。セリフだけ見ればかわいらしいが、実際は恐ろしい。
去年までは天使のように明るい笑みを浮かべていたその顔は、いまや悪魔のような恐ろしい笑みを浮かべた邪悪なモノとなっている。
去年までのケンちゃんを返して欲しい。
僕は、アカシックレコードにアクセスして、並行世界から元通りのケンちゃんを連れてこれないかどうか試すため、もう一度禁断の果実を口に放り込んでみた。
が、ただ酸っぱいだけで何も起きなかった。ていうか何をやっているんだ、僕は。駁じゃあるまいし。
「ごめん、ケンちゃん。お兄ちゃんちょっと疲れてるんだ。ゆっくり浸かりたいから……一人で入ってくれるかな? お風呂が壊れ……じゃなくて、ケンちゃんももう小学校高学年なんだから、しっかりしなきゃ。ね?」
「うわあああああああん!」
鬼の慟哭。ヘルスクリーム。ケンちゃんが泣き喚いて、地団駄を踏んだ。今度は震度5くらいの地震が起きてご近所がパニックだ。
「ぼく、ずっとお兄ちゃんに会いたかったのにぃ! ひどいよ! ひどいよぉ!」
「あらあらブレちゃん。しょうがないわね。ママが一緒に入ってあげるから、ね?」
「ママー!」
ケンちゃんはその巨大な体を小さな体の姉さんの胸に埋めた。2人の関係は親子だが、知らない人が見れば、十中八九、父と娘にしか見えないだろう。実際は母と息子なのだが。
ていうか、ケンちゃん。このままだとマザコンになっちゃうぞ。
「もう、お姉ちゃんさ。ケンちゃんに甘いよ! もっと突き放すくらいしなきゃ」
駁が珍しくまともなことを言った。そして、続けて言う。
「1年後、異星人が侵略しにきたらどうするの? そんなことじゃ、超古代銀河文明『ペルセウス』を滅ぼした、バルダック星人との星間戦争で生き残れないよ! 駁のソウルグランジャーが告げているの! 災厄に備え、新たな力『コスモグランジャー』を目覚めさせよと! コスモグランジャーとソウルグランジャーはアルティメットグランジャーの掛け声で、究極合体するの! その名はオメガグランジャーよ! 太陽すらも生み出す奇跡の存在なの!」
「駁ちゃんすごーい。お姉ちゃんはこんなにかわいい妹を持って、幸せだわあ」
僕はリビングを抜け出ると、1人でお風呂に入った。学校より家にいるほうが疲れるかもしれない。




