~1時間目~
自習時間。教師という鎖から解き放たれた生徒達は、各々の道を突き進む。ある者は漫画雑誌を読み、ある者はエロ本によだれを垂らす。
ここまでは普通だ。そう、ここまでは。
僕の隣の机が盛大に宙を舞った。おそらく、人間ボーリング大会でも始まったのだろう。その名の如く、人を掴み上げて机というピンにストライクする危険な遊びだ。良い子は真似してはいけない。無論、悪い子はなおのこと。
僕の目の前で、生徒が一人倒れた。たぶん、第1回1年B組天下一武道会でも始まったのだろう。
前回の優勝者、平良くんがパンツいっちょで雄叫びを上げた。汗臭い。たまには風呂に入って欲しい。
ちなみに第1回なのに、何故前回の優勝者がいるのかと言うと、前回は第1回1年B組天下一舞踏会だったからだ。内容は今回と同じだが、漢字検定5級を取得しただけで一目置かれるこの学校では誤字など、日常茶飯事だ。
平良くんのスキンヘッドと筋骨隆々とした風貌からは想像できないが、彼は日本でも有名な茶道の家元らしい。筋肉で茶を沸かせると豪語しているが、その真相は定かではない。
僕の後ろが騒がしい。気になって振り返ってみると、数人でゲームをしていた。
ここで想像するのは、せいぜいDSとかの携帯ゲーム機だろうと思ってしまうが、振り返って唖然となる。ゲームセンターの筐体がドスンと置かれていて、4,5人でUFOキャッチャーにいそしんでいるようだった。掃除用具入れの横には、どこから持ってきたのかわからないパチスロ台まであるので、驚くのは今更であるが。
僕の机が、ぐらりと揺れた。向井くんが一糸纏わぬ生まれたままの姿で、机を飛び移っていた。楽しいのだろうか? きっと頭の中も楽しいんだろうなと僕は笑った。
向井くんは美少女とみまごうほどの美少年なのに、ザンネンすぎる。こうやって人差し指と親指で胸と下半身を隠せばあるいは少女が飛びまわっているように見えてしまうから、不思議だ。
ここは私立 原海高校。日本中のバカが集まるバカの巣窟だ。さらに男子校。加えてここは、学年一バカの寄せ集めクラス。バカの上澄みのさらに上澄みという、高純度のバカ成分を多く含有している。
そして僕は、宮村 梓。このクラスの委員長で、一番の被害者だ。
高校生バカ大会があればブッチギリで優勝するであろう我がクラスの面々は、さながら檻から解き放たれたケダモノだ。
ふと、教室のドアに目を向けると、ガタガタと怯えるクラス担任、鬼塚 英二先生と目があった。
鬼塚先生は今年教育実習を経て、教師になったばかりの新人先生だ。元妄想族で引きこもりのデブニートだったらしく、このクラスのバケモノ共を統べる術は彼には無い。
この時間にしたって、本当は自習などではなかった。鬼塚先生の現国の時間だったのだ。それを平良くんが突然、カッターシャツをびりびり破いて『先生、俺と勝負しましょうよぉ』なんていうもんだから、すっかり腰が抜けて立てなくなってしまったらしい。平良くんの頭蓋骨の下にはシナプスではなく、筋繊維が張り巡らされているのだろう。
自習は、まだいい。一時間目の家庭科の調理実習にしたって。散々だ。
マスクを持ってくるように言われたのに、ガスマスク持ってくる奴はいるし、精巧なディテールの仮面ラ○ダーのコスプレで登校してきた奴もいた。
金口くんに至っては何も持ってきていない。理由は『僕にはこの甘いマスクがあるからね』らしい。とりあえず、爽やかに笑う甘いマスクに2,3発パンチをブチ込んでおいた。
金口くんは『原海高校抱かれたくない男ランキング』のトップランカーなので、勘違いにも甚だしいからだ。何故男子校のうちに、そんなランキングが存在するのかは謎であるが。
そんなこんなで授業はスタート、僕の班はガスマスク、コスプレイヤー、甘いマスク、そして僕の4人というドリームチームだ。
カレーを作るのにこのメンツとは中々豪華ではないか。さっそく皆で持ち寄った材料を元に調理を始める。
苦心の末、お世辞にもうまいとはいえないようなカレーが出来た。さっそく味見をしようとしたが、ガスマスクがそれを手で制した。
「金口少佐、こいつには先ほど細菌兵器を投下しました! 迂闊に召し上がらない方がよろしいかと」
その言葉でクラスは騒然となった。家庭科室から我先にと逃げ惑うバカの群れ。
「おい、寺井! 早くなんとかしろ!」
「宮村5等兵! 貴様、上官に向かってなんという口を聞くかぁ!」
何で僕が5等兵で抱かれたくない男トップランカーが少佐なんだよ。
とにかく僕らは家庭科室から避難し、教室へと逃げ延びた。
「ところで寺井幕僚長殿! 使用した細菌とは?」
狩野がひそひそと聞き出した。
「ビフィズス菌だ」
一同は騒然となった。
いや、要するにそれって。
「隠し味にヨーグルト入れたんだろ?」
これが、原海高校。またの名をエリートバカ養成機関の授業風景だ。
*日常茶飯事は、にちじょうさはんじ
と読みます。念のため。




