奥の手は隠しておくものです
「グラディス、残念だけど死んでもらうよ」
「え、エルトン様……」
子爵令嬢グラディスは絶体絶命の危機に陥っていた。
婚約者であるはずのエルトンにいつの間にか拘束され、その首に剣が突き付けられている。
まぎれない本物の剣の冷たさと、エルトンの見下ろす瞳の冷たさ。そこからエルトンが本気で自分を殺そうとしていると分かり、恐怖で歯がカチカチと鳴る。
このままでは本当に殺されてしまう。なんとか説得できないかと、グラディスはエルトンに話しかけた。
「どうして私を殺そうと……」
「君がいけないんだ。グラディス、君は魔法コンロの改良型を作ろうとしていたね?」
「そ、それの何がだめなんですか!?」
魔法コンロはグラディスの発明品の一つであり、魔法具と呼ばれている。
魔法具とは魔力で動く道具であり、グラディスはその魔法具を開発している魔法具師だ。エルトンも魔法具師なのだが、グラディスと比べて発明した道具の数も質も劣る。
しかし、表向きは違う。
エルトンはグラディスの開発した魔法具の数々を自分の名で特許申請をしている。エルトンはグラディスの婚約者であり、伯爵令息であり嫡男だ。
エルトンはグラディスに、「私の名で特許申請をすれば拍が付き、より皆に生き渡るようになるだろう」とささやき、自分の名で出すことを承認させた。
グラディスの夢は、各家庭に一台自分の発明品が置かれることだ。
そのためには、エルトンの提案は一理ある。エルトンからは特許料はちゃんとグラディスに支払うということで、了承したのだ。
しかし、実際には特許料の大半はグラディスに支払われていない。申請者ではないグラディスにはどれほどの特許料が支払われているのかはわからないが、ごまかされているのだけは分かる。
それを裏付けるのが、グラディスの発明品で最も普及している魔法コンロ。魔石一つで火が出て、どこでも使えるとして、冒険者や遠征用のアイテムとして必需品という地位を得た。
その出荷数はかなりであり、当然特許料も莫大なはずだ。しかしグラディスの手に渡ったのは、次の発明に必要な開発費のみ。グラディスが自由に使えるお金はほとんどなかったのだ。
(おかしいわ。あんなに売れてるのにこれだけしかないなんて……エルトン様、もしかして着服してるのかしら?)
魔法コンロだけではない。それ以外にも多くの魔法具を開発し特許を得ているが、そちらもごくわずか。
そこでグラディスは、エルトンに内緒で魔法コンロの改良版を開発し、特許を申請しようとした。もちろん自分の名で。それが目前に迫った時、拘束されてしまい、今に至る。
正当な対価を受け取る行動をしようとしただけ。それなのに殺されるだなんて納得がいくわけがない。
しかしエルトンの殺意は本物で、気丈に向き合うも、そのヘーゼルカラーの瞳からは涙がにじんでいた。
エルトンは恐怖で震えるグラディスを、ゆがんだ笑みを見下ろしている。
「ダメに決まってるじゃないか。それが登場すれば今の魔法コンロは売れなくなり、ぼくに特許料が入らなくなる。魔法コンロで高めた知名度もだ。君は、ぼくからすべてを奪うことになるんだ。その罪深さがわかるかい?」
「…いい加減なことを言わないでください!すべてを奪ったのはエルトン様ではないですか!」
グラディスが得るはずだった特許料も知名度も、すべてエルトンの手にある。むしろ奪われたのはグラディスのほうだ。
そう訴えてても、エルトンの殺意は何も変わらない。
「当然だろう?君のものは、婚約者たるぼくのものだ。そもそも、女性の君が申請したって、ここまで魔法具が普及しなかっただろう。女が作った魔法具なんて、怖くして使えないってね。ぼくが申請したから普及したんだ。それを奪っただなんて……とんだ恩知らずだな君は」
「恩知ら……っ!」
ひどい侮辱に、はらわたが煮えくり返りそうになる。
ただ、エルトンの言うところは一理ある。魔法具師は男性の多い職業で、女性は極めて少ない。しかも男尊女卑の風潮から、女性が開発した魔法具は危なくて使えないという陰口が付いて回る。
そういったこともあって、グラディスはエルトンに代わりに特許申請してもらった。
しかし、結果として魔法コンロは普及している。グラディスの発明品は何も問題ないのだ。
もうエルトンに頼らなくても、自分の開発した魔法具は世間に受け入れてもらえる。そんな確信もあって、グラディスは今回の行動に踏み切った。
計算違いなのは、エルトンが思った以上にグラディスの動向を監視していたことだ。迂闊な自分の行動が悔やまれる。
(くっ……もっと警戒しておくべきだったわ。全然開発室に来ないから、大丈夫だと思ったのに)
二人はグラディスの実家にある開発室で魔法具の開発に取り組んでいた。
しかし、魔法コンロの特許を取得したあたりから、エルトンはほとんど開発室に来なくなった。その間もエルトンの名で魔法具の特許は増えていたが、どれもグラディスが開発したものばかり。
世間では天才魔法具師として賞賛されているが、実態は全然何も開発していないのをグラディスだけは知っていた。
世間でちやほやされ、特許で得た資産で遊び歩くのに忙しいようだった。だから大丈夫だと油断してしまった。
その結果がこれだ。
このままでは本当に殺される。なんとかグラディスはエルトンに震える声で命乞いをした。
「え、エルトン様!私を殺したら、もう魔法具の特許を増やせませんよ?」
「それもそうだ。だけどいいよ、引退したってことにするから。もうこれから先、ずっと遊んで暮らせるだけの金はあるし、それよりも君が生きているほうがリスクが高い。万が一、魔法コンロの開発が自分だなんて言われても困るしね」
なんて恐ろしい笑みを浮かべる人だろうか。優しい人と思ったのに、その眼に宿る狂気は漆黒の闇よりもおどろおどろしい。
自分の保身のためなら、ためらいなく人を殺せる。婚約者の真の顔を前に、それを見抜けなかった己の迂闊さに嘆きたくなった。
けれど、もうすべてが遅い。
「じゃ、さようなら」
「まっ……!」
エルトンの振り下ろした剣が、容赦なくグラディスののどを掻き切った。
薄れゆく意識の中、ただ一つを願う。
(もし、やり直せるのなら……)
もうこの男は信用しない。そうすればちゃんとした人生を送れたはずだと後悔に飲み込まれながら、グラディスの意識は途絶えた。
「……ん?」
グラディスは目を覚ました。顔を起こして周囲を見渡すと、そこは見慣れた開発室だ。
(あれ?私死んだはずじゃ?)
そう思い、つい斬られたのどに手を当てるも、そこには何の傷もなかった。まさかあれは夢だったのか。それにしては生々しく、夢だと流すにははっきりと覚えていた。背中にはびっしょりと冷や汗をかいて冷たい。
(何だったのかしら……。予知夢?それとも死んで、実は生き返った?だめね、どれも確証に至るだけの判断材料がないわ)
一体何だったのか。気になるけど、それは後回しだ。
グラディスはすぐさま部屋を見渡し、改良型の魔法コンロの設計図がないか探した。
(確かこの辺の棚に書き直しを入れていたはず)
しかし棚にはなかった。それ以外を探してもない。急いで日付を確認すると、改良型の開発を始めようとするより前の日付だった。
(つまり、私はまだ改良型を作る気はなく、当然エルトン様もそれに気づいていない。……あれが予知夢でもなんでもいい、今度こそやり直しができるわ)
もう同じ轍は踏まない。そう心に決め、グラディスは今度こそエルトンの支配からの脱却に動き出した。
(ここで開発していたら、エルトン様に嗅ぎ付けられてしまうわ。かといって、ほかに開発できる場所なんて心当たりがないし……)
グラディスは気分転換もかねて、外の散歩に出かけた。
開発室がある子爵邸は王都にあり、外を歩けば大勢の人が歩いている。人々の生活がそこにはあふれ、新たな魔法具を開発する原動力にもなっていた。
「あ~あ、水をくみ上げるのも一苦労だぜ。腰がいてぇ」
ふと、地面に座って腰をたたくおじさんの姿が目に入った。井戸からの水のくみ上げの重労働さに辟易しているようだ。それを見たグラディスは、どこか魔法具で何とかならないか考える。
(ふむ……滑車の部分にくみ上げるための補助動力をつければ楽になるかしら?いや、直接水を吸い上げるような何かを……って、今はそれを考えている場合じゃないわ!)
悪い癖で、つい人の困りごとを耳にすると、解決策を考えてしまう。今はそれどころではないと頭を振りつつ、思いついたアイデアをメモ帳に書き付けた後で散歩を再開した。
すると、魔法具を取り扱っている店を見つけた。開発は好きだが、他人の開発した魔法具を見るのも好きだ。グラディスはワクワクした気持ちを抱えながら、店の扉をくぐった。
(へぇ……これはすごい。こっちは何かしら。わぁ、こんなの作ってたの!?えっ、こっちはこんなに小さい!小型化もここまでいくと芸術品だわ)
店の中には新作の魔法具があふれ、グラディスは目を輝かせながらそれらを見て回った。本心はそれらを購入し、分解して中の構造を知りたいけど、そんな金もない。眺めるだけと思いながら、ゆっくりと店内を見回る。
しかしそこで、客と店員の会話が耳に飛び込んできた。
「ええ~、代替品ないの?困るんだけど」
「申し訳ございません。こちら人気の品でして、次の入荷はまだ不明で……」
「じゃあ直せないの?」
「……すみません。ただいま魔法具師の手が空いておらず、今すぐには……」
どうやら魔法具の故障らしい。見た感じ、まだ新品のようだ。それも、グラディスがまだ中の構造を知らない新作。
それに、ついグラディスの好奇心が刺激された。
「あの……」
「ん?何だい」
「私、魔法具師なので、直せるかもしれません」
「えっ、本当かい?いや~、助かる」
(あっ、まずかったかしら…)
気づけば声をかけてしまったが、壊れた魔法具の修理も立派な仕事の一つだ。それを、どこの誰とも知らない魔法具師が勝手にやっては、店を困らせてしまわないか。
店員を見ると、いやな顔どころか、救いの神でも見たかのように輝いている。
「本当に魔法具師の方ですか!?じゃあ、奥に部屋があるんで、そこ使ってもらっていいですよ!」
すんなりオーケーされた。
グラディスはほっと一安心しつつ、奥の部屋へと向かった。
そして数十分後。魔法具の修理は無事完了し、客は上機嫌で帰っていった。
店員からも感謝の言葉をもらい、修理費用の一部を報酬としていただけることに。
報酬はもらえるし、新作魔法具の構造も知ることができて、グラディスは嬉しさでほくほくだ。
(う~ん、面白かったわ!あんな構造をしているのね。盲点だったわ。……あれを改良すれば、魔法コンロの出力効率をもっと上げられるんじゃ?)
次のアイデアが浮かび、考えるのが楽しくてたまらない。歩きながら考えようと店のドアに手をかけた瞬間、グラディスを呼びとめる声が響いた。
「すまない、そこの魔法具師のお嬢さん。少し話があるんだがいいだろうか?」
声に振り向くと、そこにはつややかな黒髪を揺らし、金の瞳でグラディスを見る美丈夫の青年がいた。年のころは22くらいか。今年18歳になるグラディスよりも年上そうに見える。
「はい、何でしょうか?」
「さきほどの修理の腕は見事だった。君は、どこかの工房に属しているのか?」
「……いいえ、フリーです」
魔法具師はたいてい、どこかの工房に入り、師から技術を教わる。しかし、グラディスは独学だ。人よりも高い好奇心のままに、魔法具の知識と経験を積み、オリジナルの魔法具を開発している。
フリーの魔法具師はほかにもいるが、オリジナルを開発しても売れにくいという弱点がある。売り上げには工房のネームバリューは大きく影響し、そのため魔法具師は工房に入るのだ。
グラディスの返事に男は一瞬目を見開くも、すぐににんまりとした笑みを浮かべた。
「ならば率直に言おう。我が店の専属魔法具師にならないか?」
「えっ」
「開発室はこちらで用意する。開発費も込みだ。特許も君の名で申請する。ただ、当店の名を工房として共同名義にさせてもらいたい。たまに今日みたいに修理もやってもらうが、その報酬ももちろん払う。どうだ?」
「やります」
即決だ。こんな破格の待遇、ほかにあるわけがない。しかも、どうしようかと悩んでいた開発室のあてもできたし、何よりエルトンと距離を置くことができる。
自宅の開発室ならともかく、よその工房の開発室では婚約者といえども簡単に入ってこれない。むしろ機密保持の観点から、警備もやってくれそうだ。
(これならエルトン様の目を気にすることなく魔法具が作れるわ!しかも私名義で出してくれるなんて……本当に大丈夫かしら?)
とっさに返事をしたものの、女の自分の名義では売れなくなってしまうかもしれない。それが心配になり、男に聞くことにした。
「あの、やると言ってなんですが、本当に私の名義でいいんですか?」
「どこが心配だ?」
「……その、女性が開発した魔法具は信用が薄いので」
「ああ、それか。そんなもの、良品をまともに売ることができない商人の醜い言い訳に過ぎない。あなたの実力はさっきの修理で見せてもらった。あなたの作る魔法具なら信用できる。売るのは任せてくれ」
「……はい!」
なんて嬉しい言葉をくれる人だろうか。グラディスは感激して、涙が出そうになった
性別どうこうではなく、実力できちんと評価してくれる。それを明言してくれるだけでも心強い。
「私はゼラス・パドラ。パドラ侯爵家のものだ。よろしく頼む」
「……えっ、こ、侯爵家の方なんですか!?」
「そうだ。君の名は?」
「私はグラディス・コンキリオです」
二人は握手を交わした。
それからグラディスは開発の拠点を、ゼラスの用意した開発室に移った。店舗の一部を改装した開発室は広々として、棚も豊富。開発に必要な素材が所狭しと並び、これにはグラディスは目を輝かせて喜んだ。
一方、エルトンはグラディスが勝手に専属魔法具師になったことに不満を漏らしていた。当然だろう、彼からすればもうグラディスの発明品を自分の名義で申請できないのだから。
しかし相手がパドラ侯爵家では文句もつけられないのか、勝手に決めたグラディスにはたっぷりと嫌味を聞かせてくれた。さらに個人的に魔法具を開発して自分に特許を申請させてくれという厚かましさを披露している。
(あいにく、もう私はあなたには頼らないわ)
エルトンの要求にグラディスは、パドラ侯爵家の契約書を持ち出した。そこには発明品のすべてをパドラ侯爵家の名のもとに、グラディスの特許品として保護すると明記されている。
これにはエルトンも愕然とし、それ以上何も言えなくなっていた。
グラディスの留飲も少し下がり、これで安心して魔法具の開発に打ち込めそうだと期待が高まる。
新しい開発室で、グラディスは早速改良型魔法コンロの開発に取り組んだ。しかし図面はもう頭の中にある。早々に完成させると、それを聞いたゼラスが唖然としていた。
「優秀だとは思っていたが、もう開発するとはな。しかも、魔法コンロか。これは何が違う?見た目は変わらないが」
「違いは燃焼効率です。以前よりも10%くらい向上していると思います」
「10%か。それでも、遠征には助かるだろう」
魔法コンロはかなり普及しているが、燃料消費の悪さが問題になっていた。
手軽で安定した火が使える反面、燃料の魔石の持ち歩きがネックだった。10%向上は数値としてみれば小さいが、遠征で使用頻度の高い兵士たちには、必要な魔石を減らすことができて喜ばれるはずだ。
(でも、まだまだこんなもんじゃないわ!)
先日修理した魔法具。あれの構造を取り入れれば、さらなる効率化が図れるはずだ。
すぐにグラディスはそれに取り掛かる。何不自由ない開発室のおかげで、開発は順調に進み、わずか1か月という驚異のハイペースで改良型の改良型ができたのである。
これにはゼラスも開いた口がふさがらない。通常、魔法具の開発には半年から1年かかるのが普通だ。それは改良版でも変わらないのが、魔法具師の認識となっている。
グラディスは自信満々に新改良型魔法コンロの説明をした。
「なんといっても目玉は燃料効率の超効率化です!なんと従来の倍の燃料効率!つまり、魔石の必要量が半分になります」
「半分だと!?それはすごいな!」
グラディスのハイテンションにゼラスも付き合ってくれる。それがたまらなくうれしい。
有頂天になって改良点をぺらぺらと解説し、ひとしきり終えたあと、ゼラスがじっとグラディスを見つめているのに気付いた。
彼の月の光を閉じ込めたような金の瞳に見られると、グラディスは動悸が起きるのを感じていた。これまで健康優良児だっただけに、その変化が分からない。
(どうしてかしら。ゼラス様に見られると、なんだか落ち着かないのよね。病気じゃないといいけど…)
「どうかしましたか、ゼラス様?」
「……一つ聞きたい。魔法コンロの開発者はエルトン・ファルサとなっているが、本当は君じゃないか?」
「っ!?」
まさかの問いに、グラディスは息をのんだ。
「……どうしてそう思うんですか?」
「詳しすぎるからだ。魔法コンロの開発者でもなければ、そこまで詳しく構造を知り尽くしているものはいない。まして、ここまで立て続けに改良点を出せる者はな。それに君はエルトン・ファルサの婚約者だ。つながりがあっても不思議じゃない。どうだ?」
彼の真摯な瞳が、まっすぐにグラディスを見る。
彼になら、言ってもいい。気づけばグラディスの口は動いていた。
エルトンの申請している特許品のほとんどはグラディスが開発したこと。
言いくるめられ、特許料のほとんどをエルトンが着服していること。
自分の名で登録しようとすると、何をされるかわからないので外でできる場所を探していたこと。
さすがにエルトンに殺されたこことは、事実かただの夢か判別がつかないので濁した。
一通り黙って聞いてくれたゼラスは、憤怒の表情を見せた。
「なんという男だ!そんな理由で婚約者の努力をかすめ取るなど許せん。だが、もう二度と奴は君の発明品は奪えないな」
「はい。あの契約書は本当にありがたかったです」
しかし、実際にはエルトンはグラディスに近づき、何か開発していないかとしつこく尋ねてくる。それがグラディスの悩みの種でもあった。
(私を殺してでも保身に走る人だもの。そう簡単にはあきらめないわよね)
それをぽろっと言ってしまったら、ゼラスの顔が途端に表情を失った。怒りの表情を浮かべていた時よりも怖いのはどうしてだろうかと思う。
「なるほどな、しつこい男だ。……どうする?君が望めば、その男にやり返すことはできるぞ」
「えっ、できるんですか?」
「ああ。これがあるからな」
ゼラスは新改良型魔法コンロの設計図を現物を指さす。
「特許の偽造・侵害は重罪だ。まして魔法コンロという、これほどまでに普及したものであれば、その影響力もあって罪はさらに加算されるだろう」
「そうなんですね、やります」
グラディスの心は決まっていた。このまま彼に付きまとわれるのはうんざりだ。お金に未練があるわけではないけど、何の努力もせずにのうのうとしているのも許せない。
ただ、懸念もあった。
「でも、すんなり認めてもらえるでしょうか?申請から結構年月が経ってますし」
「ふふっ、大丈夫だ。なにせ、これもあるからな」
そう言ってゼラスは、改良型魔法コンロのほうの設計図を手に取り、ひらひらと揺らす。
彼の意図が分からず、グラディスは首を傾げた。
それから、グラディスは自分も名義で改良型魔法コンロの特許申請を行った。
予想通り、エルトンから異議の申請が上がり、話し合いの場が持たれることになった。
その場でエルトンは、堂々と偽りの内容を口にした。
「その改良型魔法コンロの設計図は、彼女がぼくのところから盗んだもので、本当の開発者はぼくです!特許の申請は認められません」
あまりにも悪びれることのない姿に、グラディスはあきれを通り越して感心すらしてしまう。
しかし、今日はグラディスの隣にはゼラスがいる。彼が隣にいるだけで、グラディスの心には安心という大木が根を張り、支えてくれる。頼もしい彼の存在を胸に、グラディスは反論した。
「いいえ、これは私が開発したものです。そして、この基礎となった魔法コンロも私が開発したもの。彼は私を言葉巧みにだまし、自分の名でエルトン様は申請しました。この場で、エルトン様の魔法コンロの特許撤回を求めます」
「なっ!?」
まさかこの場でそれを持ち出されると思わなかったのか、エルトンは驚愕した。
しかし、当然彼はそれで黙りはしない。
「改良型魔法コンロの設計図を盗んだばかりか、魔法コンロの権利にまで口を出すとは、なんて恥知らずな女性だ!もうあなたとの婚約は破棄させてもらいます!」
「望むところです。それで、改良型魔法コンロを私が開発したとする根拠ですが…」
運よく婚約破棄の流れがきたことに喜びつつ、グラディスは改良型魔法コンロの設計起案を説明した。
しかしそれでもエルトンは盗まれたの一点張り。
(らちが明かないわね。なら、ここはゼラス様の案でいくわ)
ゼラスへと目を向けると、彼はうなずいた。
たったそれだけの動作が、グラディスにはとても頼もしかった。
「ではエルトン様は、この改良型魔法コンロが現在の最新設計だとおっしゃるのですね?」
「ええ、そうだとも」
「これ以外はないとおっしゃるのですね?」
「何を言っているんですか、あなたに盗まれたそれ以外、まだ何も設計していません」
にやりとグラディスは笑った。罠にかかった獲物を前に、勝利を確信する。
「では、この改良型魔法コンロの特許申請は取り下げます」
「っ!!」
その瞬間、エルトンはぐっとこぶしを握った。顔に浮かんだ笑みは、グラディスを見下す醜悪な笑みだ。
だが、それを見てもグラディスは動じない。
(ふふっ、その顔がいつまで続くかしら?)
グラディスは改良型魔法コンロの設計図をしまうと、別の設計図を取り出した。
「では、こちらの新改良型魔法コンロの特許を申請いたします」
「なっ!?」
これにはエルトンはもちろん、会場にいた審査員も驚いている。
彼はグラディスの持つ設計図を指さし、わめきだした。
「な、なんだそれは!?」
「今言った通り、改良型魔法コンロのさらなる改良版です」
「そ、それもぼくのところから盗ん…」
「さっき、あなたは何と言いましたか?」
「っ!?」
彼はグラディスの…いや、ゼラスの術中にはまった。
ゼラスは改良型魔法コンロを餌に、エルトンから「それ以外はまだ開発していない」という言質を引き出した。
その上でグラディスがさらなる改良版を出せば、その改良版はもちろん、その前のものすらエルトンが本当に開発者なのかという疑いが強くなる。
(ゼラス様の言った通りだわ。奥の手は、隠しておくものよ)
少なくともここにいる審査員の目には、グラディスとエルトンのどちらが本当の開発者なのか。見極めるうえで、明らかにグラディスに傾いているはずだ。
その後、新改良型魔法コンロの特許申請は無事に通った。
これまでの魔石の消費を半分にするということで、店には魔法コンロの買い替えをする人であふれた。
当然その特許料は莫大なものになり、グラディスはしばらくその額を見ることができなかった。
ゼラスもまた店が開発工房として名声を上げ、売り上げ増になって喜んでいる。
一方、エルトンは今回の魔法コンロだけでなく、過去の発明品についてもグラディスからの特許取り消し及び侵害の訴えを受け、その裁判すべてで負けた。
資産はすべて没収され、グラディスのものに。さらに特許侵害ということで国外追放処分となった。
魔法具師の権利に関わる重大事件として新聞の一面を飾り、グラディスはしばし二つの意味で時の人となったのだった。
表に出るのに支障はあるけど、グラディスには開発室さえあればほかにも何もいらない。
彼女は今日も開発室にこもり、水のくみ上げ装置の開発に取り掛かっていた。
そこにゼラスが入ってくる。
「グラディス」
「ゼラス様」
「人気だというケーキを買ってきた。一緒に食べよう」
「わぁ、ありがとうございます」
ゼラスは時折こうして差し入れをしてくれる。
当然うれしいが、わざわざそんなことをしてもらえると、グラディスは変な勘違いをしそうになる自分を諫めるので大変だった。
(だめよ、所詮私とゼラス様は、雇い主と従業員みたいな関係。部下のために、気を使ってくれているだけなんだから)
そう思っていると、なんだかゼラスが挙動不審だ。
どうしたのかと思い、グラディスは声をかけた。
「どうしたんですか、ゼラス様」
「……グラディス、君に見てもらいたいものがある」
そう言って、ゼラスは懐から高級感のある小箱を取り出した―――




