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面屋にらーめん

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

  質問だ。世界で一番、人間を殺している生き物はなんでしょうか?


 ――サメ、ヘビ、ライオン……。


 おいおい、映画の中の殺傷数と勘違いしていないか? 

 ヘビはまだしも、サメとかライオンとかじかに出会った人は、この中でどれくらいいる? 動物園で見たとかいう人も、実際に人への被害がそんなに続いたら、ZooがZZZ……の開店休業になってしまうじゃないか。


 ――なに? 戦争とか引き起こせる人間自身?


 なかなかいい線をついているな。だが、人間を殺すのは人間、なんて哲学めいた結果にはいたらず、第二位にとどまる。

 じゃあ、第一位は何なのか。こいつはサメ、ヘビ、ライオンよりも、ずっと身近にいるもんだぞ。今年の夏も、みんなは世話になったんじゃないか? いや、最近は夏だけじゃないかな、こいつらの姿が見られるかもな。


 ――そう、蚊なのだよ蚊。


 こいつらが単体でもって、人の命を奪うことはまずないだろう。だがこいつらはマラリアをはじめとした感染症の媒介となるのだ。人を殺すに刃物はいらぬ、菌のひとつもあればいい、というわけ。

 顕微鏡などミクロな世界をのぞける道具でもって、ようやくその存在を認められるようなものたちが、超巨大な人間の体。場合によってはもっとでかい生き物を倒す。これは現実にままあることだ。

 ファンタジーなどで、ちっこい人間が山のようにでっかい怪物を討伐するという話は枚挙にいとまがないが、この菌たちの存在を考えれば、あながちデタラメとはいえないと思っている。

 我々のごとき矮小な存在であっても、実は偉大なことに影響を与えることは、特別なケースばかりじゃないかもしれない。

 先生が友達から聞いた話なんだが、耳に入れてみないか?


 友達は引っ越し大好き人間で、ひとつところにいるのはせいぜい2年くらいだという。

 新しいことに意欲的といっていたが、特に食べ物屋をめぐることが目的なのだといっていた。オリジナルの店舗もそうだが、チェーン店であっても地域ごとに盛りとか味付けとかが微妙に異なり、それを堪能するのが趣味とのこと。

 ひとり身で気楽でもあるので、その23度目になる引っ越しもまた、これまでの22回目と変わらないいつも通りの作業に感じていたという。某アパート2階の角部屋だったとか。


 しかし、引っ越し作業が終わったあとの夕飯でも食べようと、部屋を出たとたんに鼻へ飛び込んでくる匂いが。

 ニンニク、あるいはニラか。いかにも薬味の代表格といった、スタミナ系の臭いが漂ってくる。苦手な人は徹底して苦手な系統の匂いだろうが、しょっちゅう食べ歩く友達にとってはなじみのある「好きより」なスメルだ。

 今ごろ来る、というのは中休みの入るラーメン屋だろうか。引っ越しの一発目にはちょうどいい、と友達は臭いを頼りに近辺をてくてく巡る。


 徒歩5分圏内。

 マンション群の並ぶ丘へ登っていくわき道をスルーして、もう少し直進したところ。

 のれんのかかる一軒家のラーメン屋と思しき店から、かの臭いは発されていた。名前は「面屋」とでかでかと看板が出ていたという。

 いやいや、そこは「麺」じゃないのかよ、と友達も初見で思う。当初予定していた看板から書き間違えによって、そのまま通しているお店は知っているが、これはあまりに露骨すぎやしないか?

 誰も待っていない店の正面へ立つと、屋根のてっぺんがちょうど背後の丘の上に建つマンションの底へ突っかかるような威容だったとか。

 そのマンションも黒いネットのようなもので覆われてしまい、工事中といった様相を呈している。のれんの先のガラス戸を開けて、友達は中をのぞいてみた。


 真っ先に、L字型のカウンター席が目に入った。

 Lの横棒部分が3席しかないのに対し、縦棒部分の席はべらぼうに長く、店の入り口から奥が完全に見通せないほどだったという。お客の姿は中にもまったくない。

「らっしゃい」とカウンターに囲まれた厨房内にいるのは、店主がひとりだけ。もしこの席がフルに埋まることがあれば、回しきれるか不安になるワンオペ体制だ。

 ちらりと横を見ると券売機が。

 最上段には「らーめん」と「にらーめん」の二種。その小と大のみといういさぎよさ。

 二段目、三段目にはもろもろのトッピングがあるものの、たまご、ライス、メンマ、わかめ……などなど、よそでもよく見かけるものがそろい、真新しさはない。

 こうしている間も、しきりと鼻腔を刺激するアリシンの臭い。ニラなりニンニクなりの挑発であろう。

 ま、初利用のご祝儀のようなものだ、と券売機のにらーめんの大なるものを注文。ひとまずはトッピングなしの素でいただき、リピーターになるかどうかを判断しよう、とのハラだったが。


「はい、おまち」

 いや、待ってないよ、というのが友達の正直な感想だった。

 食券出して、据え付けられた丸椅子に腰を下ろし、さあて店の中を見渡してみるか、などとのんきに顔を巡らせたあたりで、声をかけられたんだ。着丼1分も経っていないのではなかろうか。


 ――つ、作り置きなのか? なめられたもんだ。


 カウンターの上に置かれた器はすり鉢レベル。そこからあふれる湯気の量といい「大」と名乗るだけの風格は有しているらしい。

 それをいざ手元へ引き下ろしてみると、器の前面を占めるのがニラ。きざんだニラのじゅうたんだった。ど真ん中には、これまた富士かチョモランマかという盛りの豪快な刻みニンニクに残雪代わりと言わんばかりに赤トウガラシが気持ちばかり。

 肉らしき影も見えない。トッピングなしにすると、まさにシンプルイズベストと言わんばかりの攻め方をしてくるらしい。

 そこまで覚悟があるのなら、と友達も箸とレンゲをとる。量そのものは、これまで食べ巡りで幾度もこなしてきたものほどではない。軽くおさめられるだろう。

 問題は中身だ。


 二口、三口……。

 進めていくうち、友達は黙ってバクバク箸を進めていたという。

 うまい、まずいの問題じゃなく、ただ臭いに背中を押されるがまま、のどへ腹へとかき込んでいくというのが、正しい表現だろうと話していた。

 ニラもニンニクも、腹へ注がれるたびに丹田まで瞬く間に熱くなり、その熱が頭にまでのぼって思考回路も狭めてくる。


『だまれ。そして食え』


 そう発せられる命令のまま、友達は無心で箸を動かし、ニラをどかしていく。

 やがて出てきた麺は、そうめんを思わせるほどの細さだったが、正直なところ味は分からないまま。夢中でかきこんだという。

 湯気か熱さか麺の先か、幾度も気管支をつっついてそのたび大きくせき込む。自分でも驚くくらいの大きな響きに、純粋に外でも何か大きな音を立てていると思えたらしい。が、深く考えるゆとりも、食べている間は生まれない。


 おおよそ20分ほど格闘しただろうか。

 とん、とカウンターへ器を置き、カウンターを拭いて「ごちそうさまでした」「ありがとうございやーす」のお決まりのやり取りののち、店を出る友達。ふと振り返ったおりに、それを確認してしまった。

 店の背後の丘にあったマンション。それらが完全にネットの内側で崩れ去り、もうもうと土煙をあげていたのだとか。たったいま、倒壊したのは明らかだったが、爆破はおろか工具を扱われた気配もない。かといって、自然に壊れたにしてはあまりに形を残さない芸術的な崩れ方だったとか。

 もとより壊れることは織り込み済みだったようで住民はすでになく、解体を待つばかりの状態だったと後で知ったらしい。

 そして、例の面屋もその日から休業してしまい、二度と営業することはなかったという。そうこうしているうちにマンション跡地は某系列のスーパーが建ち、面屋の建物も大幅にリフォームされてパン屋さんになったのだという。


 一日限りの面屋のことをときどき友達は思い出す。

 面屋のあの字、最初自分は「めんや」と呼んでいたが、このごろ「おもや」だったのではないかと考えることがあるらしい。

 おもや、すなわち母屋とも書く、建物の中心となる部分。それがひょっとしたらあのマンションにつながっている大事なところ。

 そして大解体へとつなげたのが、自分がそのおもやへ赴き、にらーめんを食べるという小さな行動だったのかもしれない、と。

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