第四話
王都アウレリアの王城、国王の執務室。国王アウグストゥスと王妃ソフィアは、テーブルを挟んで向かい合い、目の前で興奮気味にルークのことを語る娘エリスの姿を、微笑ましげに見つめていた。
「もう!お父様、お母様聞いてる!?」
エリスは頬を膨らませ、少し不満げな表情を浮かべた。
「ああ、聞いているとも。エリスを助けてくれた賢者ルークの話だろう?」
国王アウグストゥスはそう言いながら、娘の頭を優しく撫でた。
「そうよ!ルーク様はね、とっても強くてカッコいいの!あのね、ワイバーンが火を吹いたんだけど、ルークは全然怖がらなくて、杖を構えたら、バーンって氷の魔法を当てたの!」
エリスは両手を広げ、ワイバーンの大きさを表現した。
王妃ソフィアは、その姿に慈愛に満ちた表情を浮かべた。
「エリスを助けてくれたこと、本当に感謝しているわ。でも、そんな危険な目に遭わせてしまって、ごめんなさいね」
「ううん!お母様のせいじゃないわ!それに、ルーク様が助けてくれたから、全然怖くなかったもん!」
エリスはそう言って、胸を張った。
国王アウグストゥスは、腕を組み、真剣な眼差しでエリスに尋ねた。
「それよりも、エリスはどうしてそんなところに居たのかね?ワイバーンの巣だなんて……」
国王の問いに、エリスは首をかしげた。
「よくわからないの、気がついたら、巣の中に居て足枷があったから動けなくて、もう死んじゃうと思ったけど」
国王が厳しい顔になった。
「だけどね、ルーク様が、助けてくれたの。そして私を王都まで送ってくれたの!とっても優しいの!私の王子様ななの!」
エリスは、ルークとの再会を夢見た。そして、ルークが王宮に呼ばれれば、いつでも彼に会えると思っていた。
「エリスは、ちゃんとお礼をできたのかしら?」
「・・・ちゃんと出来なかったの、衛兵の迎えが来たら、もう居なくなっちゃって・・・」
「あらあら、だったらちゃんとお礼をしないといけませんね。ね、陛下」
「あ、うむ、そうだな」
その時、アメリアが執務室に入ってきた。
「お父様、お母様。エリスのお話はおわりまして?」
「うむ、大体は聞いたところだ」
「では、さっそく手配いたしませんと」
「ん?」
「彼を今度の晩餐会に招待いたしましょう」
アメリアの言葉に、国王アウグストゥスは頷いた。
「うむ。私も、ルーク殿は平民とのこと。賢者という称号は嘘ではないだろうが。しかし、まだ7歳の子供、後ろ盾がなくては」
国王の言葉には、ルークを案じる親心と、賢者という貴重な才能を失うことへの危機感が混じり合っていた。
「ですから、私がルーク様を保護します」
エリスがそう言って、強い決意を瞳に宿した。
「かの不老の魔女様におねがしましょう。聞けば彼女はルーク様の保護者らしいですし、王宮では伯爵相当あつかいですし」
「まぁ。リリアーナ様の?」
王妃ソフィアが尋ねると、アメリアは続けた。
「彼女なら、他の方々も口出ししないでしょう」
「そうだな、さっそく使いを出そう」
エリスは、目を輝かせた。
「お姉様!ルーク様にお会いできるの!?」
「ええ。エリスの王子様だもの。ちゃんと王宮にお迎えしないとね。」
アメリアはそう言って、エリスの頭を優しく撫でた。
「お父様、年端もいかない子供とはいえ、賢者様と認められた方、失礼のないようにしないと」
国王アウグストゥスは、娘たちの言葉に頷き、宰相バルドゥスを呼んだ。
「バルドゥス。至急、賢者ルーク殿を王宮に招くよう、手配を頼む。ただし、あくまで賓客としてだ。彼の意思を尊重して、丁寧に扱うように」
「はっ!」
宰相バルドゥスは、国王の言葉に頭を下げた。
バルドゥスは同時に、エリス王女の誘拐犯の調査も行った。
こうして、エリスの無邪気な自慢話は、ルークを王都全体を巻き込む騒動へと導いていくのだった。
そして、ルークに会うことを心待ちにしていたエリスが、ルークを王都中に指名手配してしまったことを知るのは、もう少し先のことだった。