4話 地雷に注意
「結局、騎士に直接タッチされるか、一定のダメージが溜まったら牢屋行きなんだっけ?」
「確かそうだった気がするよ」
今は盗賊側が逃げて騎士が作戦会議をする時間で、僕とオリヴィエは森の木の上に潜んでいた。1時間もあるなら体力はなるべく温存しておいたほうがいいということで、騎士たちに見つからないように隠れているのだ。
「先生がそれぞれの生徒に結界張ってるから、傷や痛みはないけどダメージ自体は入るらしい」
「実はガルグ先生、本気出したらすごい先生なのかもね。酒臭い酔っぱらいだけど」
生徒は25人もいるのに、一人一人に結界張るなんてこと普通できない。やっぱり腐っても教師なんだな、とは思ったが闇ギルドで似たようなことができるのはうちの上司ぐらいな気がする。
あれ?うちの力量だけは確かなクソ上司に並ぶって、やっぱりガルグ先生結構すごくない?
「⋯⋯ルツ。もうすぐ開始時間だ」
「あ、ほんとだ。静かにしとかないとね」
オリヴィエがガルグ先生からそれぞれ配られた腕時計を見てつぶやく。1時間って結構長いし、戦闘もあるから疲れるだろうなぁ。
それに、闇ギルド構成員の僕からすると他人に戦い方がバレるのは嫌だな。潜入するのが仕事だから仕方ないとは思うけど。
心のなかでため息をついて落ち込んでいると、遠くから人の気配と微かな話し声が聞こえてくる。人数は⋯⋯2人かな?
「────し、シャルファはそっちをお願い」
「ん、りょーかい。リサラ、頼んだよ」
「わかってる」
リサラとシャルファと呼ばれた男が、僕たちのいる木の近くで分かれる。そういえば2班の班長の名前、シャルファだったな。
25人もいるから中々でてこないんだよなぁ。闇ギルドで仕事してる時も、標的の名前忘れて上司に殺されかけたし。
そんな懐かしい記憶に思いを馳せていると、オリヴィエが僕たちが乗っている木から離脱できるよう身構える。
⋯⋯何かあったのか?
疑問に思う僕の横で、オリヴィエはすまないとだけ言って木から少し身を乗り出し、僕を自分の後ろに隠す体勢になる。
「⋯⋯⋯で、シャルファもいなくなったわけだけど、そこから降りてくる気はある?」
「──っ?!」
「あぁ、あるよ。宝を守る騎士から逃げるためにね」
そう言ってオリヴィエはリサラの目の前に、木から飛び降りて着地する。いつ気づかれたんだろう。
⋯⋯というかすげぇな、これ結構な高さあるのに。足とか痛くないのかな?
そんなどうでもいいことを考えていると、オリヴィエがリサラに気づかれないように、こっそりとアイコンタクトで合図を送ってくる。
⋯⋯だが、全くわからない。何だあれ?どういう意味?このままここにいろってことかな?
わからないまま首を傾げていると、オリヴィエがリサラの気を引きながら運動場の方へと走って逃げていく。
運動場には牢屋もあるので騎士が多いと思うのだが、大丈夫だろうか?不安になってきた。
「⋯⋯まぁ、オリヴィエが敵を引き離してくれた今のうちに、僕は隠された宝箱を探そうかな。もしかしたら、アイコンタクトした合図もそういうことなのかも」
勝手にそう解釈して、僕は木を伝って移動することにする。木の上の方が多分騎士に見つかりにくいから、柵を越えないようにすることだけ気をつけて移動するか。
そして、運動場から離れるように森を移動すると急に近くに気配が現れた。これは一度経験したことがある、あれの気配だ。
「⋯⋯ミラフィ、騎士見た?」
「あれ、ルツ?いつ来たの?」
「たった今。感じたことのある魔法の気配がしたからミラフィだと思って」
昨日の入学式前でもミラフィは確か隠蔽魔法を使って近づいてきていた。あれと同じ気配がほんの少しだけあったから、ミラフィだろうと思って近づいたが、本当にミラフィで良かった。騎士だったら確実に見つかって捕まってた。
「騎士ねー、今ちょうどいなくなったところ!だから少しだけ魔法解除したんだよね、確かシャルファって名前の2班の班長さんだったはず!」
「⋯⋯じゃあ、班長の2人は盗賊を捕まようとしてる騎士なのか。ちょっとガチすぎてさすがに怖いんだけど?」
そんなにほしいかなぁ?基礎魔法の書シリーズ。そういえば、ミラフィも基礎魔法の書シリーズ欲しがってたけど何でだろ。もらっても邪魔になりそうなのに。
「⋯⋯ミラフィは何で基礎魔法の書が欲しいの?」
「んー、あれ?結局、私言わなかったんだっけ?私の魔法はね────」
「⋯⋯待って、静かに」
ミラフィが何か話し始めるのを手で制す。こちらへとやってくる気配は⋯⋯さっきのシャルファと誰かわからないけど、もう1人。一緒にいるってことは多分、この人も騎士かな。
にしても、どうしようかな。まだ7分ぐらいしか経ってないし、宝箱捜索も全然進んでない。
もう、ガルグ先生が宝箱は宝箱を守る人と一緒に森に隠そうなんて言うから!盗賊側がすごい不利になった気がする。まぁ、人数が多いから仕方ないんだけどさ?
森どんだけ広いんだよ。宝箱探してると、騎士に見つかっちゃうから迂闊に動けないし。
「⋯⋯ミラフィ、隠蔽魔法で完璧に気配消せるんだよね?」
「え?うん、消せるよ!」
「じゃあ、こっちに近づいてきてる敵は僕が引きつけるから、宝箱探しに行って」
「ルツが探しに行かなくていいの?」
疑問を浮かべたミラフィが首を傾げるが、僕にそんなことまで言わせないでほしい。正直、僕だって不満だけど、事実なんだから仕方ない。
「僕さ、森でどこを通ってどこを探したとかわかんないから、探すのは向いてないんだよ」
「確かに!ルツ、昨日も森で迷子になってたもんね!」
「グッ⋯⋯ま、まぁそういうことだから宝箱探し、頼んだよ?」
「おっけー、私に任せて!」
めっちゃ不安だ。こんなトラブルメーカーに、宝箱探しを任せるのは怖い。だが、ミラフィは何だかんだあっても真面目に探してくれるだろう。
ミラフィが後ろへ下がるのを見て、僕は先ほどのオリヴィエのように木から離脱できるよう身構えた。
だから、後は僕がシャルファともう1人を食い止めるだけなんだけど─────
「正直、こっちのほうが怖いなぁ」
「お、発見。でも1人か?」
「おかしいのです、二人いたはずなのです。ミラフィちゃんが居ないのです」
ミラフィがこっそり木を伝って移動したのを見て、僕は二人の前にさっきオリヴィエがやってたみたいに飛び降りる。そこには中性的な美人が1人と、獣耳と尻尾がある獣人の女子がいた。
⋯⋯⋯そこまでは痛くなかったものの、少し足が痺れてる気がする。やっぱ飛び降りた後に走って逃げたオリヴィエは化け物だな。
「ん、何のこと?ミラフィなんて見てないけど?」
「嘘つくのは辞めるです。リューは隠蔽魔法があろうが、匂いで判断できるのです!」
「リュアは猫の獣人だからね、嘘ついて困るのはそっちだよ」
⋯⋯そこ犬じゃないんだ、猫なんだ。まぁ、どっちにしても獣人は厄介だな。隠蔽魔法があっても、匂いで辿れるならすぐ見つかっちゃうかもしれないし。
リュアは戦闘が得意だって、昨日話しかけた時に自分でも言ってたから、あまり相手にしたくないな。できればシャルファがいいけど⋯⋯それはさすがに高望みしすぎかな。
「⋯⋯⋯リュア、ミラフィの方追って」
「え?!何でです?ここは2人で戦ったほうが確実にルツを牢屋にぶち込めるですよ?!」
「でもさ?ミラフィに宝箱を見つけられても困ると思わない?」
「そ、それはそうなのです。でも⋯⋯」
⋯⋯?何でかわからないが、シャルファがリュアと別れようとしている。これは好機だ。2人が別れてくれれば僕一人でも何とかなるかもしれない。
「リュア、俺にやらせて欲しいんだよ」
「⋯⋯うぅ〜、そこまで言うのなら絶対に勝つですよ?」
「うん、わかってるさ」
そう言ってリュアはシャルファのことを気にしつつも、ミラフィが宝箱を探しに向かった方角へと進んでいった。
さすがにミラフィの隠蔽魔法でも匂いまでは消せないし、仕方ないか。
そしてシャルファに向き直ると、どことなく不機嫌オーラが漂っている気がする。やべ、なんかしちゃったか?
「⋯⋯ルツは、俺とリュアが別れた理由がわからないと思うんだよ」
「まぁ、そうだね」
「でもこれは、俺のプライドの問題だからさぁ⋯⋯」
何が来るかわからないが、一応隠し持っている短剣に手を伸ばす。すると、シャルファも何かに手を伸ばして、取り出す。
「舐められたらさ、1人でやり返したいんだよ」
「うわぁ⋯⋯相手にしたくねぇ〜」
「そう思ってくれて、嬉しいよ。できればそのまま捕まってくれない?」
シャルファが取り出したのは、魔法を使う際に用いるシンプルな杖だった。
だが、僕はあの杖を見たことがある。闇ギルドの仕事で、殺さなきゃいけない標的が持っていたものだが、あの杖は魔法の連射速度がアホみたいに優れているのだ。しかも、値段も高くてあまり手に入らないって噂だ。
何でただの学生がこんなもの持ってんだよ。ふざけんな、怖いわ。
「どうせルツは俺1人なら、なんとかなるとでも思ってるんだよね?」
「イ、イヤ。ソンナコトナイデスヨ⋯⋯?」
「俺だって戦闘は得意じゃないってだけで、できないとは言ってないよ」
そう言って杖を構え直すシャルファから距離を取るべく、すぐに逃げられる体勢を取る。
やばい。多分口には出してないけど、僕の顔に考えてることが出てて、地雷踏んじゃったんだろうな。シャルファ、すっごい怖いんだけど。やっぱ美人って、怒らせたら怖いな。
「俺を舐めた分、後悔させてあげるよ。[風の刃]!」
「ちょ、やばっ![影の矢]!」
ブチギレたシャルファが、杖の先から風の刃をこちらへ飛ばす。しかも、杖の性能のせいで数が多いから、影の矢だけじゃ捌ききれない。
ちょっと待って?結界があるから平気だとは思うけど、捕まる前に僕死なない?大丈夫?
「おとなしく捕まったほうが身のためじゃない?」
「嫌だね。そう簡単に捕まってたまるか」
軽口を叩きながらも、シャルファの攻撃の手が止たることはない。風の刃が無数に飛んでくるが、すべてを短剣で躱すことは出来ず、痛みも傷もないがダメージは蓄積してしまった。
そろそろ逃げないと、次の戦闘でダメージ量がアウトになってしまうかもしれない。時間も全然稼げてないけど、撤退するか。捕まるよりはマシだろうし。
「⋯⋯逃げようとしても無駄だよ?」
「逃げます!逃げさせてください!!」
「騎士が盗賊逃がすわけないよね?」
ヤバい、目がマジすぎて怖い。話が通じそうにない⋯⋯わけではない。実際、会話成立してるし。でも怖い。もはや、会話が成立してるから怖いまである。
「リュアと話してたの見てたし、聞いてたよね?これで捕まえられなかったときの、俺の気まずさ考えてよ!」
「それはごめん、だいぶ気まずい!でも無理!」
正直、リュアにあそこまでカッコつけたシャルファの気持ちも考えると、非常にいたたまれない気持ちになるが、僕もミラフィにカッコつけた手前、引くに引けない状態なのだ。
つまり、確定でどちらかは気まずくなる。だから、諦めるしかない!
「はぁ、ルツならわかってくれると思ったんだけどな」
うん、わかるよ?ていうか、わかったからこそ拒否したんですよ?僕もあなたの気持ちに共感したからこそ、同じ目に遭いたくないの!だから無理!
「わかったとしても敵だし、受け入れることは出来ないかな!」
「⋯⋯じゃあ、もういいよ。この期に及んで魔法を出し惜しみするような奴に、俺手加減しないから」
「えっ、いやそれは──────」
僕はまたどこかで、シャルファの地雷に触れてしまったらしく、さっきよりもこちらへ飛んでくる風の刃の数が増えた。
────やばい、これはダメージアウトになるっ!
しかし、そんな僕の焦りは突然、シャルファの背後に現れた一人の人間によって跡形もなく崩れ去る。
「美味しいとこ、も〜らいっ」
静かな森の中で聞こえた声の主は、シャルファの首元に短剣を当て、笑みを浮かべていた。
【キャラクター紹介】
No.10
〇シャルファ
・男性
・中性的で美しい見た目
・見た目は美人だけど、触れてはいけない地雷が多い人
No.13
〇リュア
・女性
・猫の獣人の獣耳と尻尾
・戦闘や匂いをたどることが得意な猫の獣人