3話 騎士と盗賊
色々ありすぎた入学式の翌日。
「⋯⋯あ〜、昨日はすまなかった。ということで今日は班グループ学習を行う。前と後ろの四人で一つの班グループな」
何故、ということで、の一言で班グループ学習をすることになるのか全くわからないが、昨日のことがあって流石に反省したのか、先生からはもう酒の臭いがしない。
⋯⋯⋯前世の記憶でいう、タバコの匂いはするが。
「よろしくね〜、ルツ」
「うわ、めっちゃよろしくしたくないわ」
僕に声をかけてきた、隣で机を移動しているギリ女子に見えないこともない眼鏡はマレアといって、常に毒を持ち歩き、本人は薬と言い張るちょっとヤバイ奴だ。
昨日のあの地獄の4時間を乗り越えた今、F組はもう一体化していると言っても⋯⋯⋯過言だったかもしれない。
だけど全員で交流して、何なら魔法で遊んだりもしたから、名前も性格もある程度は把握できた。時間がありすぎて暇だったしこれくらいしかやることがなかったが、皆意外と優しい子が多かった⋯⋯やばいやつも数人いたけど。
「ルツ、さすがに女子に対してその言葉はどうなんだ?」
「別にいいでしょ、俺だって毒持ってる人とはよろしくしたくないし」
僕の言葉に苦言を呈したのが、そこらの男よりもイケメンな女子オリヴィエで、賛同したのが少し影の薄い男ソエ。
この言葉だけ聞くと、ソエがマレアのことが嫌いで差別してるようにも聞こえるが、それは違う。
「ソエはまぁ⋯⋯そうだろうな」
「そうだよ!昨日、新しい薬を試させてくれとか言って、俺のことを実験体にしようとしたやつとはよろしくしたくねぇよ!」
「わぁー、酷い。一体、あたしの薬の何が不満なんだ」
「全部だよっ!!」
⋯⋯さすがに実験体にされたら僕もソエと同じ態度になると思うので、誰もソエのことを責められない。
だが、マレアのことを責めると今度は自分が実験体にされるので、二人のことは誰であろうと何も言えないのだ。
「おーい、そこ静かにしろー」
「すいません」
「というか、なんでお前ら机動かしてんだ?」
「⋯⋯え?だって班グループ学習ですし、教室でやるんじゃないんですか?」
ガルグ先生から注意の声が飛び、ソエが謝る。しかし、なぜ机を動かしているのかと聞かれる。
⋯⋯?班グループ学習って机を班の形にして何かするんじゃないのか?
心のなかでそう思っていると、ガルグ先生からまさかの言葉が放たれる。
「俺は確かに班のメンバーの話はしたが、教室でやるから机を動かせなんて、一言も言ってないぞー。外でやるから早く着替えてこーい」
「「「「⋯⋯⋯先に言え!!」」」」
着替えてすらいなかった僕たちは、前世でいう体操服に着替えて急いで外へと走り出した。
* * *
「⋯⋯いや〜、悪かったと思ってるって。着替えることを事前に伝えてなかったのは、俺の落ち度だ」
なんかちょっとかっこよく言っているが、つまりは昨日酔い潰れてたせいで、明日のこの時間は着替えなきゃいけないという連絡をし忘れたということだ。
草むしりもろくにされていない、校庭のような森の見える運動場で、僕たちは担任に冷たい視線を向けていた。
「「「「⋯⋯⋯⋯」」」」
「皆の視線が痛いところだが、授業を始めるぞー。班グループ学習の内容は、キシトウだ」
⋯⋯キシトウ?何だ、それ?僕が知らないだけかもしれないと周りを見渡すと、半数の人は僕と同じように首を傾げているが、それ以外の人はどこか呆れた表情をしている。
意外と知ってる人いるみたいだし、有名なものなのだろうか?もしかしたら、難しい戦闘文化のこととか?でも、微妙な反応だったよなぁ⋯⋯?
「キシトウが何かわからないやつがいるな。これからルールを説明するが、1回しか言わないからよく聞けよ。キシトウっていうのは騎士と盗賊の略称だ」
騎士と盗賊。随分とまぁ、正反対の立場だな。でも騎士ともなれば⋯⋯やっぱり戦い?遠い昔の戦闘文化なのかなぁ?
「キシトウは、騎士側と盗賊側のチームに分かれて戦う。基本的には盗賊側の人数を多めにして、騎士がそいつらを全員捕まえたら勝ちだ。騎士に捕まった盗賊は決められたところで待機していて、仲間に触れられれば解放される」
⋯⋯⋯⋯。
ケ、ケ、ケイドロだー!!前世の記憶にあるケイドロそのまんまだー!警察と泥棒が騎士と盗賊になっただけでルールもそのままだー!
そりゃあ、知ってる人も呆れた表情をするわけだ!あれ、小さい子供とかがよくやってるやつだし、高校生にもなってこんなことをするのかって呆れてたのか。
というか、名前は違うけどケイドロってこの世界にもあるんだなぁ。待機したり、仲間に解放されたりのところとかもそっくりだし。
「それでチームを決めるが⋯⋯今回は6班いるうちの2つの班が騎士で4つの班に盗賊の役をやってもらう」
「⋯⋯先生ー!どうやって、どの班が騎士や盗賊をやるとか決めるんですかー?」
⋯⋯言われてみれば確かにどうやって決めるんだろう。手を挙げたリサラは多分、人数の関係で6班だけ5人なのが気がかりなんだろうな。
6班といえば、ミラフィがいる班か。6班が騎士側になれば、逃げ切るのは難しそうだなぁ。人数多いし、何かミラフィ怖いし。
班は基本的に席によって変わるので、ミラフィは6班だが僕は5班で、リサラが4班。ネルは1班と皆バラけてしまった。
「そうだな、できればやりたい役があるところから言ってほしいが⋯⋯騎士側をやりたい班はいるか?」
「⋯⋯どこもいないようでしたら、私たち5班に騎士をやらせてほしいんですが、いいか?3人共」
「僕はいいよー」
オリヴィエは騎士側をやりたかったようで、僕たちに騎士側をやるかどうか聞いてきたが、僕は別にどっちでもよかったため快く返事をする。
しかし、2人の反応は僕とは少し違ったものだった。
「え〜、騎士側じゃ疲れても牢屋に入れないから辛いじゃん」
「確かに、ソエの意見も一理あるね。まぁ、あたしは捕まえたやつを実験体にしてもいいなら騎士側で─────」
「「「盗賊側やります!やらせてください!!」」」
僕としてはどっちでもよかったが、マレアが捕まえた人を実験体にするなら話は別だ。
さすがに他の班に迷惑をかけるわけにはいかない。これから色んな活動していく中で、あのときはよくもやってくれたな、という感じの恨みのこもった視線を向けられるのは嫌だ。
「ちぇ〜、多数決なら仕方ないね。あたしたちは盗賊側かぁ」
「ほっ、良かった」
「危ない、新たな犠牲者を私たちの手で生み出してしまうところだったな」
「俺の二の舞になる人がいなくて良かった⋯⋯」
それぞれ安堵したところで、ガルグ先生がこちらに来いとジェスチャーしているので大人しくそちらへと移動する。
「普通のキシトウは主にガキがやる遊びだ。だが、今回の目的はお前らのある程度の戦闘能力を把握することだから、盗賊側には特別ルールがある」
「えぇ〜、そんなのがあるって聞いてたら騎士側になっ───てはいなかったかもしれないけど、先に言ってくださいよ」
ソエはちらっと、嬉々として毒にしか見えない液体を取り出している人物の方を見て言い淀む。
確かにこの話を聞いていたとしても、僕たちはこれ以上の犠牲者を出さないために騎士側にはなっていなかっただろうな。
「まぁ、聞け。盗賊側は盗賊としての役割を果たすため、騎士側が守る宝を盗んでもらう。盗めたら授業が終わったとしてもその宝は、もう盗めたやつのものだ」
「ちなみに中身は?」
「10分でわかる!基礎魔法の書シリーズ全冊だな」
「⋯⋯う、うぅ〜ん。微妙、反応しづらい」
「地味に欲しいが、全冊ともなればスペース取るから地味にいらないな」
先生が真顔で10分でわかる!とか言ってんのは面白いのだが、正直僕もいらない。しかも、あれ書店で見たことあるけど結構な種類あった気がする。
それを全冊プレゼントなんて何の悪夢だ。盗賊側のメリットがあまりに少なすぎる。誰か他に欲しい人いないかなー。
「えぇ〜、毒薬とか入れといてよー」
「んな危ないもん入れられっかよ。てめぇらには、基礎魔法の書シリーズでちょうどいいんだよ」
「え?基礎魔法の書?!私、それ欲しい!!ねぇねぇ、四人共!盗賊側やろーよ!!」
元気そうな声が随分近くで聞こえたと思ったら、ガルグ先生の真後ろから例の(自分から)トラブル(に巻き込まれていく)メーカーがひょこっと顔を出した。
盗み聞きをしていたらしく、ミラフィは自分の班の班長と交渉するために、皆のもとへとすぐに小走りで戻っていく。
ミラフィがいる6班の班長って誰だっけ?うちの班長のオリヴィエみたいに、ちゃんとまともな人だったのは覚えてるんだけど⋯⋯その人が止めてくれなければ、ミラフィの暴走は止まらない。頼むぞ、6班の班長!
「盗賊側ですか?それは、あくまで遊びみたいな授業の一環ですものね。本当は盗賊なんてよくないですけれど⋯⋯まぁ、わたくしはいいと思いますの」
駄目だったー!ちょっと貴族のお嬢様っぽい雰囲気を漂わせてるし、盗賊側は無理そうだなって思ったけど意外にも乗り気だ。嘘でしょ?貴族のお嬢様っぽいのに6班の班長さん、すごいね?
「他の3人は、嫌だったりするー?」
「⋯⋯別に勝手にしろよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「我も全然いいよ〜なのである」
「うん、沈黙も含めたら皆大丈夫ってことだね!ありがとー!」
いや、明らかに乗り気じゃないやつが2人ほどいた気がするが沈黙は肯定と見なし、ミラフィはこちらへと早足で戻ってきた。
うわぁ、可哀想。あんなの同調圧力のせいで頷かざるを得ないし、もはや一種の脅迫じゃん。
「先生ー!6班、盗賊側やりまーす!!」
「そうか、それなら騎士側をやってくれる班もいたりしないかー?宝を死守したら、騎士側でそれぞれ基礎魔法の書を山分けできるぞ?」
「い、要らねぇ⋯⋯」
盗賊側だけでなく、騎士側のメリットも少なかった。こんなに雰囲気のある宝箱にいれるくらいなら、せめてお金ぐらい入れてくれればいいのに。
⋯⋯あ、ガルグ先生F組の担任だから給料少ないんだっけ?何か、ごめんなさい。
「⋯⋯他にいないみたいだし、先生!私たち4班が騎士側やります」
「本当だな?よし、騎士側の奴らはこの布を腕に巻け。これが騎士側の目印なー?」
そう言ってガルグ先生はいくつかの赤い布を、騎士側をやると申し出たリサラたちに渡していく。
そして、こちらへと戻ってきて今度は盗賊側をやると申し出た僕ら5班とミラフィたち6班に、青い布を渡してきた。こっちは盗賊側のやつか。
どこにつけようかな?右腕は利き手で武器持ち替えたりするから邪魔だし、左腕でいっか。
「盗賊側の奴らはこっちの青い布なー?で、後どこかの班が騎士になってくれれば助かるんだが⋯⋯⋯」
「じゃあ、俺たちの班がやりますよ。他にいないみたいだし」
手を挙げて騎士側になってくれたのは2班の方々。あそこの班長も真面目な男だけど、華奢ではないが女子と見分けがつかない見た目をしていた。
可愛いと言うよりは中性的な雰囲気で、色んな層からモテそうな顔をしてる。性格もいいし、きっとあぁいうのが優良物件って呼ばれる男なんだろうなぁ。
「おー、そうか。じゃあ、赤い布な。残った1班と3班は盗賊側だからこっちの青い布を腕に巻け」
「はぁ〜い」
ネルがいる1班と3班の人たちが青い布をそれぞれ腕に巻いたところで、ガルグ先生の指示に従って盗賊側と騎士側に分かれて並ぶ。
うわぁ〜、騎士側強そうな人多いなぁ。
「改めてルール説明するぞー。盗賊側は最初に逃げるが、騎士側はその2分後にスタートする。この間に騎士側は誰が宝や牢屋を守るのか、誰が盗賊を捕まえに行くのか決めとけよー」
盗賊側は宝奪って、仲間助けて、騎士側に捕まらないようにするだけだけど、騎士側はただでさえ人数少ないのに色々やることあって、大変そうだなぁ。
「逃げていい範囲は、この運動場とそこの森な。森には柵が建てられてるから、それは越えるなよ。後、制限時間は1時間」
この運動場は、草むしりがされてないだけでかなり広いし、森もぱっと見た感じだと前世の記憶にあるジャングルに似ていて広い。
⋯⋯森に入ってまた迷子になったら嫌だけど、柵があるなら大丈夫かな?
「ルールは基本的にさっき言った通りだが、今回はお前らの戦闘能力を把握するために、魔法や武器で戦うのもありにする」
魔法や武器がありなら、少し助かるかもしれない。でも、真剣とかだと相手に傷をつける可能性があるがそれは使ってもいいのかな?まぁ、何も言ってこないということは使っても良いということだろう。
「あ、後言い忘れていたが人数が一人多い6班が盗賊側についたので、残り5分になったときに騎士側には1人の助っ人が導入される」
「⋯⋯?先生、この場には助っ人になりそうな人はもう居ませんが?」
僕も思った疑問をリサラはガルグ先生に聞いてくれたが、先生は何言ってんだという顔で指をさす。
先生自身に。
「ここにいるだろ?陣営がまだ決まってない、大人が」
・・・・・・?!
「「「「「「こ、こんの鬼教師〜!!」」」」」」
たった今、1人の大人が敵に回った盗賊側の生徒の声が、一丸となって運動場に響き渡った。
【キャラクター紹介】
No.15
〇マレア
・女性
・眼鏡、肩につくくらいの髪の長さ
・毒薬を自分だけでなく、他の人でも試そうとする人
No.14
〇オリヴィエ
・女性
・どこからか漂うイケメンオーラ
・そこら辺にいる男たちよりもイケメンな人
No.12
〇ソエ
・男性
・少し背が高い
・影は薄いが、初日から実験体にされそうだった可哀想な人