2話 やる気のない担任
「⋯⋯何かもう疲れた」
「ほんとだよね。あの貴族の人たちのせいで、すごい疲れちゃったよ!」
「ははは、僕の疲れの原因はあいつらだけじゃないんだけどなぁ?」
さらっとすべての責任を貴族の男子どもに押し付けようとしていたミラフィは、僕の遠回しの言葉に対して、どこ吹く風という顔をした。
くっそ、腹立つ。元はといえばミラフィが貴族の男子どもに喧嘩を売らなかったら遅れなかったのに。
貴族男子も悪くはあるのだが、どちらかといえばミラフィのほうが原因の割合が大きいのである。
「ねぇねぇ、ルツ?」
「⋯⋯⋯なにー?」
そんな僕の疲れの原因の大半を占める少女、ミラフィから声がかかるが、正直に言って無視したい。
ミラフィはトラブルに巻き込まれるのではなく、自らトラブルに首突っ込むタイプだとわかった今、その被害に僕も巻き込まれるのは心の底からごめんである。
「F組の校舎って少しボロいよね」
「ここがボロいというよりは、他のクラスがある中央校舎がきれいすぎるんだよ」
まぁ、あっちは貴族も多いから校舎がボロかったり、汚いと文句を言われんだろうな。
F組があるこの旧校舎は、もともと使われていなかったものを急遽、利用したため修理が間に合っていない⋯⋯⋯というのがアルセリア学園の建前らしい。
だって、F組ができてから少なくとも10年以上は経っているのだから、時間が足りなくて修理が間に合ってないということはないだろう。多分、本当はこっちに回すお金がないだけなんだろうなぁ。
「貴族のお嬢様もいっぱい居るから、綺麗じゃないと耐えられないんだろうね!仕方ないかぁ」
「貴族のお嬢様が耐えられないのはまだ分かる。でもさ?貴族の子女が多い他のクラスと比較したとしても、F組のこの態度はさすがに異常だと思う」
ふと周りを見渡せば、もう既に打ち解けてる者も多く、何人かは交流を図っているようだった。
周りから落ちこぼれクラスと呼ばれるF組に組み分けされたというのに、取り乱さないどころかすぐに周りと仲良くしようとするあたり、やはりF組のクラスメイトなのだと思う。
そもそも、F組に組み分けされるやつらには大体、心当たりがあるものである⋯⋯⋯勿論、僕も。
だから特に取り乱す必要も、教師に文句をつける必要も基本的にはないのである。言ったところで、どうせ変更はないだろうしね。
「そうだね。何で皆、F組になったのに落ち込んでないのか不思議だなぁ」
「僕の目には、ミラフィも落ち込んでるようには見えないけどね」
「えぇ〜、節穴だなぁ。落ち込んでるよ?少しくらいは!」
そういってショボンとした顔を作るミラフィだが、そんな彼女の右肩をトントンとかるく叩いた腕が視界に映る。
腕の主は誰かと思ってそちらを見やると、さっき他の人と話して仲良くなろうとしていたクラスメイトの女子の一人だった。
「こんにちは、私も会話に混ざっていいですか?」
「え、うん!全然いいよ!」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
僕らが許可すると、お礼を言って少女はさらっとミラフィの隣に立って完全に僕たちの話に混ざる態勢に入っている。
「私、リサラって言います。その、つかぬことをお聞きしますが、お二人は知り合いなんですか?⋯⋯⋯先ほども、仲良くお二人で教室に入ってこられたようですし」
「いえ、全然」
「今日が初対面だよね」
僕とミラフィがリサラの質問に対して同時に首を横に振ると、なぜか驚いた顔をされた。確かに、今日が初対面の距離感ではないかも。
まぁ、この数時間で色々ありすぎなんだよなぁ。そりゃあ、距離も自然と縮まるわ。いつの間にか、ミラフィと話すときは敬語外れてたし。
「はたから見ると、全然昔からの知り合いとかにしか見えないですね」
「⋯⋯そうですか?今日あったことといえば、この人が貴族に喧嘩売るのを必死で止めてたら、遅れたぐらいしかないんですけど⋯⋯⋯あ、ちなみに僕はルツって言います」
「いや、違うんですよ?元々、ルツが森で迷子になってるから、会場まで案内してあげようとしたら遅れかけたんです!⋯⋯あ、私はミラフィって言います!」
「⋯⋯⋯私にはどっちもどっちに思えるのですが、まぁよろしくお願いします。ルツさん、ミラフィさん」
ミラフィが貴族に喧嘩を売ったことをさらっと話に混ぜたのだが、リサラは僕らの話を聞いてやや呆れた表情をした。
⋯⋯⋯確かに、僕が森で迷子になったのも事実ではあるんだけどさ?貴族に喧嘩売る方がやばくない?
そんな貴族に喧嘩売った人は、リサラの硬い態度が気になったのか、少し近寄ってから呆れている彼女に話しかけた。
「リサラさん、敬語じゃなくていいし、さんづけもしなくていいですよ!」
「隣に同じく」
「⋯⋯⋯じゃあミラフィとルツにも、敬語外して私のことをさんづけしないで呼んでもらおうかな?」
ミラフィがそう言うと、リサラも砕けた口調で話し出す。リサラが敬語とさん付けをしなくなっただけでだいぶ打ち解けた気がする。
⋯⋯まぁ、僕は心のなかで勝手にさんづけしないでリサラって呼んでたけど。
「よろしく!リサラ!」
「よろしく」
「何事もなければ、2年間よろしくね」
やけに、何事もなければの部分を強調して話すリサラだが、まったくもってそのとおりなのである。F組なんてただでさえ立場は低いし、お金もあまり回されないのに、問題なんて起こしたらその瞬間に退学にされてしまう。
それだけは、本当に何としてでも避けなければ。
「まぁ、ミラフィが貴族に喧嘩売った時点で結構やばいとは思うけど」
「えっ、何?あれ駄目だったの?!」
「逆に貴族に喧嘩売って大丈夫だと思ってるあたりすごいよね⋯⋯⋯」
せっかくできた友達だが、もしかしたら退学者第一号になってしまうかもしれない⋯⋯まぁ、自業自得だから救える要素は全くないが。
というか、それよりも、自分が退学してしまわないように気をつけなくてはいけない。これは闇ギルド構成員として引き受けた仕事なのだ。命令に備えて、完璧に潜入しておかなければ!
「2人はどこから来たの?⋯⋯もしかしたら、ミラフィはすっごいド田舎からこちらに来てて、貴族の怖さを知らな────」
「私はねー、中央だよ?」
「⋯⋯⋯西から」
「うん、めちゃくちゃ都会だね、ミラフィ!!何なら、ルツのほうが田舎だね!!」
ミラフィは何と、貴族の多い中央に住んでいたにも関わらず、こんな恐れ知らずに育ってしまったらしい⋯⋯⋯いや、何でだよ。貴族に喧嘩売って、退学したともなれば親御さん泣くぞ。
「リサラはどこから来たのー?」
「私は、東の方から来たんだよ。東はお店いっぱいあるし、東の国のご飯もあって飲食店に外れがないよ」
ドヤ顔でそう言うリサラは、かなりの自信がありそうだ。東の方は商業が発展していて、活気があると聞いたことがある。いいなぁ、僕もこの仕事終わったら東の方の飲食店行ってみたいな。
ちなみに、さらっと西の方の出身とか言っているが、闇ギルドに拾われた貧民街は南にあるので嘘だったりする。
⋯⋯いや、もしかしたら嘘ではないのかもしれない。入学するときにも出身地のところに西と書いたが、嘘発見器が反応することもなかったので、もしかしたら僕は南には居たけど元々の生まれは西だったのかもしれない。
まぁ、記憶にないほど昔のことなど興味は無いが。というか、西と書いて提出したことに気づいたときは、本当にめちゃくちゃ焦ったなぁ。マジで上司に殺されると思ったし。
「2人は他の子とはもう話した?」
「いや、まだ話してないんだよね」
「それなら、色んな子と話して交流を深めたほうがいいよ。皆優しいし、さっき担任のガルグ先生もそう言ってたじゃん」
「あぁ〜、あのやる気なさそうな酒臭い先生?」
僕とミラフィが遅れながらも教室に入ると、他のクラスメイトから冷たい視線が浴びせられた。しかし、それ以上に冷たい視線を浴びせられていたのが、15分遅れで教室に入ってきたF組の担任となったガルグ先生だ。
僕から見た先生の第一印象は、やる気がない酒臭いおっさんだった。実際にその通りで今も僕たちに、お前らで交流する時間を設けるわ、とか言って職員室に戻っていった。絶対サボりたいだけだろ、あれ。
「ガルグ先生もF組の担任になっちゃったから、多分あまり給料もらえないんだよ」
「だから、やる気ないのかなぁ〜?」
立場が低いのはF組の生徒だけではなく、F組全体なのでその担任ともなれば学園内でも発言力が低くなってしまう。確かに、そうともなればやる気もなくなるわな。
可哀想に。僕も闇ギルドで仕事してるから分かるけど、お給料貰えないとか辛すぎて、僕なら絶対耐えられない。やる気なくなるだけで済むなんて、ガルグ先生はすごいなぁ。
「うんうん、そうだよねぇ。お給料減るなんて可哀想〜」
「わかる、一生懸命働いてるのにお給料減らされるとかやさぐれても仕方な、い⋯⋯?」
僕の後ろから聞こえてくる声に賛同する⋯⋯⋯ん?僕の後ろからする声?
「───っ、えっ?!誰?」
「わぁ〜、すごいいい反応。全然気づいてくれなかったけどねぇ」
疑問に思い、即座に振り返ると思ってたより近くに、目が見えないほど前髪を伸ばした男が立っていた。
⋯⋯え?誰。というか、僕今日だけで背後を取られすぎじゃない?さすがに自信なくすんだけど。僕、闇ギルドの構成員だよね?
「あ、ネル!」
「やっほ〜、リサラ。さっきぶりぃ」
「⋯⋯えーっと?」
リサラにネルと呼ばれた男は僕の後ろから移動して、リザルトは逆側のミラフィの隣に立つ。
マジでいつから後ろにいたんだ?いや、怖。前世の記憶にあったニンジャかよ。
「俺はね、ネルって言うんだぁ。2年間よろしくねぇ」
「よろしく、僕はルツ。で、こっちが────」
「私はね、ミラフィ!よろしく、ネル!」
「うん、よろしくぅ」
ネルがリサラに対してさっきぶりと言っていたので、2人は多分もう自己紹介した後か、もとからの知り合いだろうな。リサラが声をかけてくれたおかげで、ネルとも話すことができた。本当に感謝。
僕はここに潜入しにきてるのだから、何かあった時のために人脈を広げることは必要なのだ。
⋯⋯最初の友達が、貴族に喧嘩を売るようなやつだったのは、失敗だったような気がしないでもないが。
「ねぇ、ネルはどこから来たの〜?私は中央でリサラが東、ルツが西から来たって話をさっきしてたんだ!」
「へぇ〜、俺も西から来たんだよぉ。一緒だねぇ、ルツ」
「そ、そうだね」
やばい!ネルが西から来たともなれば、僕が西の出身らしくない間違ったことや変なことを言った瞬間に、西から来たやつじゃないとバレてしまう。
バレるということは仕事が失敗するということ。つまり、あのクソ上司に殺されるということだ。それだけは嫌だ。あいつなら、すぐには殺さないで僕の体を暗殺道具の実験体に使うぐらいは平気でやりそう。
うっわ、この仕事絶対に失敗できないんだけど。
「⋯⋯そういえば、入学式終わって今は生徒同士の交流の時間だけどさぁ、他のクラスは今頃もう寮に帰ってるんじゃないかなぁ?」
「え?他のクラスもこうやってクラス内で交流してるわけじゃないの?」
「いや、やってるとは思うけどぉ⋯⋯ゆーて15分くらいじゃない?」
「⋯⋯私たち、もう45分はこの時間を過ごしてると思うんだけど?」
「そうだね、もしかしたら先生が時間忘れてるのかも!」
⋯⋯確かに、あの先生なら忘れていたとしても不思議ではない。だとしても、どうする?勝手に寮に帰っていいとは思えないし。
立場の低いF組が、職員室に行くのは勇気がいる。職員の中にはF組のことをよく思ってない人もたくさんいるからだ。
「⋯⋯誰か、職員室に行っても良いよと言ってくれる勇者は?」
「「「⋯⋯⋯⋯」」」
「はい、居ませんね。じゃあ、放置ということで!」
「「「賛成」」」
あの担任は放置しようというリサラの言葉に賛同した僕たちは、この後ものすごく後悔することとなる。
何故なら、職員室で酔い潰れていたガルグ先生は4時間経ってもF組に来ることはなく、最終的にF組全員で職員室に突撃することになったからだ。
⋯⋯はぁ〜、こんなに時間が無駄になるなら4時間前に僕一人だとしても職員室に行っておくんだった。
【キャラクター紹介】
No.9
〇リサラ
・女性
・焦げ茶の髪、ボブ
・東の方の飲食店には外れがないと思ってる人
No.3
〇ネル
・男性
・目が見えないほど長い前髪
・眠そうで語尾が間延びしてる人
No.0
〇ガルグ
・男性
・髪の毛はボサボサで手入れがされていない
・給料減らされて、やる気ない酒臭い人