15話 ぬいぐるみの花言葉
「母さんに会わせてあげる」
そう言った瞬間、まるで自分の体じゃないかのように、たくさんの魔力が溢れ出してきた。
「やめろっ!!やめろ、オルガ!!」
「どうして?オレが居なかったら良かったんでしょ?だから、オレの居ない空間で会わせてあげるよ」
ま、この男が逝く先に母さんがいるとは思えないけど。
健気にもこの男のことを想い続けたが、最終的に見切りをつけた母さんと、ずっと執着してただけで、行動に移すのが遅すぎたこいつじゃ、釣り合ってなさすぎる。
「ほら、じゃあね。オレのことを最後まで愛してくれなかった、父さん」
「それは違っ──────オルガッ!!」
「もう遅いって言ったでしょ?」
溢れ出る魔力を目の前でオレの胸ぐらを掴む男へと一点集中させ、ただひたすらに願う。
本当は大きくなってから稼いで、母さんと一緒にぬいぐるみを作るはずだったのだと。そのぬいぐるみに付ける名前も、もう決めていたのだと。
「やめろ、やめろっ!やめてくれ────っ!!」
オレの手が触れている部分から、あいつの皮膚は変わっていく。
あぁ、そう言えばオレは今日、誕生日なんだった!だからなのかは分からないけれど、まるで誰かがこの魔力と魔法をプレゼントしてくれたような気がした。
『ツァルディル・ヴァレッカ シェルグリン!ツァルディル=ヴェレイン シェルリディア!』
「ま、魔法?だ、だって お、俺はお前の父親でっ!」
「はぁ?殺そうとしたくせにどの口が言ってんだか」
「わっ、悪かった!謝るから────っ!」
「だから、もう遅いってば。独自魔法:【付与】」
魔法として、きちんと詠唱してから魔力を集中させれば、目の前の男は煙に包まれて、腕だけでなく体までまるごと可愛らしいぬいぐるみになってしまった。
「わぁ?!すごーい、本当にぬいぐるみになっちゃった!衛兵の武器とかまで、きちんと再現されてる!細かいなぁ」
左腕でスノーを抱えて、右腕で衛兵のぬいぐるみを抱える。母さんの体は⋯⋯⋯いや、オレじゃ背が届かない。大人の人を呼んでこよう。それなら届くはずだし。
「母さんが働いてるっていう服飾店に行こう。そこなら信用できる」
スノーか衛兵のぬいぐるみのどちらかを家に置いてから、その服飾店に行こうと思い、まず家の中に戻って、悩みに悩んだ末に、スノーを机の上においていった。
「何となくだけど、オレから離れると魔力が触れ続けなくなるから、ぬいぐるみから戻っちゃいそうな気がする」
頼むから、ぬいぐるみから戻らないでくれと願いながら、オレは早足で母さんを雇ってくれていた服飾店に向かった。
* * *
「⋯⋯悲しかったね」
「うん、悲しかった」
「お父さんは来てくれないみたいだし⋯⋯何処に行ったかわかる?」
「⋯⋯ごめんなさい」
「いや、良いんだ」
服飾店に駆け込み、母さんのことを伝えると、お店の人はすぐに来てくれた。何処かの父親とは違って本当に優しい人たちだった。
そして、数日経った今日。ここで、母さんの葬式が開かれていた。
「そろそろ、お母さんにお別れを言ったほうがいいよ」
「⋯⋯⋯はぁい」
服飾店のおじさんに促されて、棺の中に入れられた母さんの前に立ってお別れの言葉を言おうとするが、いざとなると全く出てこない。
「あの、ね。あの時、スノーくれて⋯⋯その、私の代わりにって!⋯⋯言って、たけど、無理だって言ったじゃん。だか、ら?だから、悲しそうに笑ったの?」
「⋯⋯⋯⋯」
「教えてよ。あの時、もっと寂しさは別だって、まだ一緒にいたいって!もっと、もっと!引き留めれば生きててくれた?一緒にいてくれた?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「教えてよ、ねぇ。起きてよぉ!一緒にぬいぐるみ作るって言ったじゃんか⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯もういいよ。黙るつもりなら仕方ない。ねぇ、オレぬいぐるみ作ったんだよ。これも一緒に燃やそうか。一緒に居たいんだって」
「オルガくん、そろそろ⋯⋯」
「はぁい」
さっきから涙が止まらない。母さんを発見したときはこんなに悲しくなかったのに、何でだろう。わかんない、全然、わかんないけど─────
「ねぇ、おじさん?」
「何だい?」
「この子一緒に燃やしてもいい?」
「え?⋯⋯その子はどうしたんだい?」
「この子ね、オレが作ったの。かっこいい衛兵さん」
葬式ではあるが、どうしてもと無理を言って、スノーと衛兵のぬいぐるみを持って参加させてもらっていた。この子を燃やすためだけに。
「この衛兵さん、母さんと一緒に居たいんだって」
「⋯⋯⋯そっか。本当はあまり良くないんだけど、いいよ。棺の中のお母さんの横に置いてくれる?」
「───うん!ありがとう、おじさん!!」
おじさんが許可してくれたので、いそいそと衛兵のぬいぐるみを母さんの横に置きに行く。
最終的に母さんはオレのことを選んでくれたけど、一応ぬいぐるみになる前のあの男との約束だから。
「あ、炎が⋯⋯」
「⋯⋯お母さんとあの子は神様のところへ行ったんだよ」
「⋯⋯⋯⋯うん、ちゃんとわかってるよ」
母さんは幸せになりに、あいつは神のところへ裁かれに逝くんだ。あぁ、いい気味だ。
⋯⋯多分、ぬいぐるみにしたときに気づいたけど、あれはまだ生きていた。体をぬいぐるみに変えられて、話せないし、動けないだけで、まだ命はあった。
「⋯⋯燃えた」
あの男はぬいぐるみになってたから、話せないし、動けないまま焼かれた。今はこんなちっぽけな火に焼かれているがこの後、神に裁かれたら次は、地獄の業火に焼かれることとなるだろう。
「⋯⋯⋯ざまぁみろ(小声)」
「ん?どうかしたかい?」
「ううん、何でもないっ!」
スノーを今度は両手でぎゅっと抱きしめてわらった。今となってはどうでいいことだが、実はオレには、母さんにも父さんにも言ってない秘密だったことがある。
「そう言えば、あの子に名前はあったのかい?」
「名前?」
父さんのことが好きだった母さんには言えなかったし、オレのことを普段から殴ったりしてた父さんにも言えなかった秘密のこと。
ねぇ、父さん?誕生日のとき、母さんと約束した願い事は叶わなかったけど、オレが昔からずっと願っていた事は叶ったんだよ。
「ちゃんとあったよ?」
「そっか。何ていう名前だったんだい?」
「⋯⋯ふふっ、聞きたい?聞きたい?」
「そこまで言われちゃあ、おじさん気になるなぁ」
オレはスノーをぎゅっと抱きしめた。そして、父さんに同じ顔で気持ち悪い笑みを浮かべるな!と言われてしまった時と全く同じ顔で、おじさんに向かって言った。
「ドロップっていうんだ。いい名前でしょ?」
オレは昔からずっと、お父さんに死んで欲しかった。母さんに一番愛されていた、あなたに。
父親は嫉妬から、実の息子を殺そうとして、息子も嫉妬から、実の父親を殺した。本当に笑えない話だ。
最終的にオレが母さんに選ばれたのも、あなたに似てるからだったのかも。
顔だけじゃなく、性格まであなたに似ていたオレだったから──────。
* * *
「ルツー!また攻撃が来るよっ!」
「わかってるから、ちょっと落ち着いて!!」
左腕がぬいぐるみになって焦ったものの、すぐにオルガから飛んでくるであろう攻撃を警戒する。
しかし、オルガは石を僕の方へ投げようとして止まった。本当にその体勢のまま、目を見開いて。
「⋯⋯⋯ド、ロップ?ソレト、モ、スノー?」
「────?よくわかんないけど、ミラフィ!オルガの動きが止まった!チャンスだよ!!」
「わかった!」
オルガがよくわからない言葉を発したと思えば、その体勢のまま、握っていた付与されていた石を離した。
そして、オルガの手から離れた石はそのまま地面に落ちる⋯⋯わけではなく、すごい勢いで地面に触れて、その石の大きさ穴を開けた。
うわぁ、付与えげつねぇ。アレに当たってたら今度は、ぬいぐるみにされるだけじゃすまなかったな。マジで、助かった。
『ウィディアル=エアルディ』
「[精霊魔法:風の中位精霊の弓]」
ミラフィが詠唱をすると、かなり大きい弓が現れた。それを手に取り、弓を引いたミラフィはオルガの黒い魔石を持つ手をめがけて、矢を放った。
「わっ、速っ?!」
放たれた矢は風に後押しされ、ものすごい速さでオルガの右手へと向かっていった。そして、その矢に気づいたオルガが腕を動かして避けようとするも、時すでに遅し。
「────ガッ、ア?!」
「ルツ、魔石落としたよっ!」
「わかってる![影の矢]!!」
オルガが、右腕を矢がかすった反動で魔石を落としたので、拾ってしまわないように影の矢を飛ばして遠ざける。そして、黒い魔石を手放したオルガはその場で倒れた。
⋯⋯というか、飛ばしてよかったのかな。あの黒い魔石、魔法に触れたら爆発するとかある?え、大丈夫かな?急に不安になってきた⋯⋯⋯。
「おー、よくやった。お前ら」
「先生、後ろで見てただけじゃないですか」
「い、いや?そんなことはねぇよ?」
マレアが張っていた結界が解除されて、ガルグ先生たちがこちらへと歩いてきた。もう漂っていた魔力は大丈夫なのかな?
「あたしはちゃんと結界張ってたよ?」
「うん、マジですごかった」
「⋯⋯⋯え、何?普通に照れるけど」
「いや、だって上級の結界そんなに持たないとか言ってたけど、結局最後まで張ってたじゃん」
長くは持たないとか言ってたくせに、ちゃんと上級の結界を最後まで張り続けていたマレアのことは素直に尊敬する。
僕は魔力量が少ないから影の矢みたいな簡単な魔法を3回放つのが限界だけど、上級の結界を張るにはその5倍の魔力量が必要である。
しかも、中級の結界も張っていたから、かなりの魔力量を持ってるはず。マジで羨ましい。
「え?あぁ、違うよ。確かに中級張った後、上級を張りはしたけど、そのときは魔力用回復薬飲んだから。勿論、あたしが作ったやつ。飲む?飲んでみる?」
「い、いや、その⋯⋯」
「それに、上級の結界は途中で維持すんの交代してたしな」
マレアが嬉々として、自分が作った魔力用回復薬を勧めてくるが、是非遠慮させて欲しい。何か入ってたり、副作用がありそうで怖い。
そして、そんなマレアを容赦なく押しのけたガルグ先生は、奥にいる誰かを呼んだ。
「ガルグ先生!オルガくんは?!」
「魔石を放した途端、気絶して倒れました。今、黒い魔石について報告するため、ソエに他の先生を呼びに行かせました」
「わかりました。幸い、矢はかすっただけでそこまで血は出てないみたいですね。ルツくんは?」
「え、僕ですか?⋯⋯血は出てないです」
奥から早足でこちらに来た保健室の先生が、オルガのことを一通り診た後、心配そうに僕のことも見るので、ちょっと落ち着かない。
けど、そうか。マレアは途中で保健室の先生と交代してたのか。そういえば入学式の紹介で、水属性だって言ってたような気がするし。
「⋯⋯血よりも、問題なのはその腕ね」
「戻らなそうですか?」
「う〜ん、似たような症状の子たちがこの前来たんだけど、1日経たないで治ったから大丈夫じゃないか?まあ、彼らはぬいぐるみじゃなかったけど」
⋯⋯ぬいぐるみじゃないけど、似たような症状の子たち?それってもしかして、オルガの事ボコったけど逆に魔力に当てられてしまった人たちなんじゃ?
でも、治ったんだ。彼らが治ってるなら、僕の左腕も治りそうだし、クソ上司にボコられずに済むわ。本当に良かった。
「─────あ゙、ァ?」
「あっ、先生ー!オルガが起きましたー!」
「本当?オルガくん、異常は?体の痛みとかある?」
「⋯⋯ないっす、というかどうしたんすか?全員で」
「ミラフィ、これってもしかして?」
「うん、私と同じで記憶が無いんだと思う!」
目が覚めたオルガはすぐに起き上がって周りを見渡している。やっぱり、ミラフィと同じで黒い魔石に触れた直前の記憶がないのか。
⋯⋯ということは、ミラフィみたいに魔石をみたら記憶が戻るのか?
「オルガー?」
「あァん?ルツ、てめぇどうしたん⋯⋯⋯⋯⋯は?」
「え、あぁ。これ?お前がやったんだよ?すっごい怖かったんですけど?」
⋯⋯こいつ、先生と僕で態度変わり過ぎじゃない?年上は一応敬うのか?あのボコった先輩にも、敬語だったし。まぁ、今はそんなことどうでもいいけど。
僕がオルガに声を掛けると、オルガは僕のぬいぐるみとなってしまった左腕を見て、硬直した。やっぱり、衝撃的だったか?
「は?オレが?」
「そうお前が」
「⋯⋯てめぇ、嘘ついてんじゃねェだろうなァ?」
「ふざけんな。お前以外に誰がこんな腕にできるっていうんだよ。こんな事できるやつが、そうそう居てたまるか」
さすがに嘘ついてると疑われたら僕だってイラッとする。お前のせいでこちとら死にかけてんだぞ?なのに、嘘ついてんじゃねぇだろうなぁ?お前、何様だよ!おかしいだろ、こんなに体張ったのに⋯⋯。
「はぁ、とにかくあそこに落ちてる黒い魔石を見てみなよ。そしたら、多分全部わかるだろうから」
「⋯⋯わァーったよ」
少しためらいながらも、オルガは黒い魔石の方へと歩き出した。それを確認した僕は、さっきからずっと近くを飛び続けている見覚えのある烏に目を向けた。
⋯⋯そろそろ、報告しなきゃ駄目かぁ。




