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14話 ひどく歪んだ愛



【注意】

・暴力表現や自〇表現が一部あります。

・苦手な方は回れ右でお願いします。



「あなたの妻は私なのよ?!」

「⋯⋯⋯⋯」

「うるせぇな!お前らがこうやって暮らせてるのは、俺が普段稼いでる金のおかげだろうがよ!」

 

 オレの父親である男は女遊びがひどかった。母親と結婚してからも、夜中に家にいることはほとんどなく、いつも何処かへ出かけていた。


「あぁ、おかしいわ。何で私以外の女があの人の隣にいるの?」

「⋯⋯母さん?」

「あら?どうしたの、オルガ」


 母親は女遊びがひどくなっても、父親のことが好きだった。そして、オレはそんな父親に顔がよく似ていた。気持ち悪いほどに。


「あのね、母さんの誕生日もうすぐだから、何が欲しいかなって⋯⋯」

「まぁ!その気持ちだけで嬉しいわ。オルガこそ何か欲しいものはある?前の誕生日は我慢させてしまったから⋯⋯」

「ないよ!オレは母さんが元気ならそれでいい」

「⋯⋯優しい子ね。ごめんね、こんなどうしようもない母親で」


 母親のオレに対する態度は、普通の親子と変わりなかったと思う。ちゃんと育ててくれたし、愛してもくれた。でも、父親は顔のよく似たオレが不気味だったのか、いつも睨んでくるだけだった。

 ⋯⋯まぁ、あの人がオレのことを睨むのはそれだけが理由じゃないだろうけど。


「オレは母さんの子供で幸せだからいーの」

「⋯⋯ふふっ、そう?」

「うん、幸せ」

「ありがとう、オルガ。実はね、秘密なんだけど私仕事先が見つかったの」

「え?ほんと?!」

「本当よ」


 そう言って笑う母親は、昔から裁縫が得意だった。その腕を買われて、街にある服飾店で働けることになったらしい。

 母親がそこで働けば、オレは家に1人で留守番しなきゃいけなくなる。けど、そのことがどうでもよくなるくらいには、母親の仕事先が見つかったのが嬉しかった。


「いつから?お父さんには言ったの?」

「明日からよ。あの人には言ってないわ、だってまた色々と文句言ってきそうだもの」

「よかった!じゃあ、頑張ってね。オレ応援してる!」

「ありがとう⋯⋯駄目な母親でごめんね」


 自分では駄目な母親というが、家事もこなして、父親がちょっとの金しかくれない中、仕事先まで見つけるのは、簡単なことじゃない。だから、全然駄目な母親なんかじゃない。

 

「ううん、駄目なんかじゃないよ?ちょーっと見る目はないかもしれないけど」

「ふふっ、そうかもね」


 オレはこのまま母親と2人で暮らしていたかった。あの男はオレが生きていく上で、いらない存在。金も大してくれないのだから、居てもいなくてもほとんど変わりはない。


「オレが大きくなったら、母さんの誕生日プレゼントが買えるくらい稼ぐから!」

「本当〜?」

「本当だよ!お父さんと同じ仕事はしたくないけど」


 この日は明日、母親が仕事に行ってくれるのが楽しみだった。夜になり、いつも母親が歌ってくれる子守唄を聞いて眠った。



 

 

 外のうるさい声が耳に入り、起きてみれば隣の布団は綺麗に片されて、机を見てみれば朝ごはんが用意されていた。


「やっぱり、駄目な母親なんかじゃないよ」


 家の裏でこっそり育てている小さな野菜と、パンで焼かれた料理を食べて、食器を片す。

 汚れるだろうし、もうボロボロになってしまった布団も片さなきゃいけない。洗濯物は母さんが干してくれてるだろうし、雨降ってきたら取り込むか。ただでさえ、服が少ないのだ。乾かなかったら困る。


「⋯⋯もうそろそろかな」


 布団を片付け終わって、ほっと一息つく。今頃、母さんはちゃんと仕事できてるかな?怒られてないかな?

 不安にも思うが、母さんなら大丈夫だ。そう信じて今、帰ってこないことをただ願う。






 普段、買い出しとかで母親が家にいない時間というのは必ずある。この時、オレは買い出しに行くのを嫌がり、家で留守番するまでが一連の流れだ。




 

「⋯⋯よぉ?随分と楽しそうな顔してんなぁ?」



 

 

 そして、あの男が一応自分の家であるここに帰ってくることもある。ただ、そのタイミングの多くが、母さんがいない時間と被っているだけだ。


「あの女、仕事先を見つけたらしいな」

「何で知ってるの」

「俺は衛兵だぞ?街の安全を守るのが仕事だからなぁ」

「あっそ。ていうか、昨日は何で母さんがいるのに帰ってきたの?」


 さっきの外から聞こえてきたうるさい声もこの男か。ずっと騒いでないと死ぬのか?この父親は。

 

 いつも、この男は母さんがいない時間を見計らって家に帰ってくる。なのに、昨日も家は母親いるのにも関わらず、平然とした顔で帰ってきやがった。

 まぁ、何しに来たのか、大体の見当はもうついているが。


「どーせ、昨日は母さんに仕事するんじゃねぇって言いにきたんでしょ?」

「⋯⋯あぁ、そうだよ!でも、俺はあの女が嫌いなわけじゃねぇ。仕事だって趣味だって好きなことをさせてやりたいさ!」

「⋯⋯⋯⋯」


 あぁ、やっぱりこの男はぐちゃぐちゃで気持ち悪い。矛盾していて、母さんに愛されていて、母さんのことを愛していて⋯⋯⋯ひどく歪んでいる。


「だが、駄目だ。何故かって?てめぇがいるからだ」

「男の嫉妬は見苦しいよ」

「うるせぇ!ほとんど同じ顔なのに、何で、てめぇは俺よりあいつに愛される?おかしいだろ」

「⋯⋯まだわかんないの?お前の方が母さんに愛されてるって言ってるじゃん」


 母さんはいつもこの男の前じゃ、笑顔を見せない。怒り顔か泣き顔だけだ。

 でもそれは、この男が他の女と遊び歩いているから、母さんがヤキモチを妬いているだけだ。なのに、何故この男はそれに気づかない?


 ヤキモチ妬かせて自分が愛されるためだけに、したくもない女遊びだってしてるくせに。母さんがヤキモチを妬いたら笑うとでも思ってんのか?この男は。


「んなわけねぇだろ!俺はあいつが笑った顔も、あんなに優しく語りかける声も、ほとんど見たことがねぇし、聞いたことがねぇ!」

「そうさせてるのはお前じゃん。馬鹿だね」

「──っ!俺と同じ顔で、気持ち悪い笑みを浮かべるな!」


 多分、オレが母親にこの男の本当の気持ちを伝えれば、今頃こんなことにはなっていなかったと思う。


 

 でも、駄目だ。絶対にオレはこいつの気持ちを、母さんに教えてなんてやらない。




 

「まぁいい。俺は今、イライラしてんだよ」

「そう、じゃあ街の安全を守る素晴らしい仕事に戻れば?」

「生憎、俺は今日非番なもんでなぁ⋯⋯⋯」


 この男は正真正銘の馬鹿だ。自分が一番愛されているのに、オレなんかに嫉妬する。

 もし、この家庭にオレがいなかったら、今頃2人は夫婦として幸せに暮らしていたのかもしれないと何度考えたことか。





 それでも、いつか母さんに対してまで()()()()()()をするかもしれないのなら、2人を一緒にはしてあげられない。


「とりあえず、()()殴らせろ」


 その言葉と共に、男の拳がオレめがけてものすごい勢いで振り下ろされる。




 

 だがオレは、この男の言葉が嘘であり、一発では終わらないことを、嫌というほど知っていた。


 *   *   *


「誕生日おめでとう、オルガ」

「わぁ〜!開けてもいい?」

「いいよ。この日のために、頑張って作ったの」


 誕生日を迎え、いつも通り母親と朝食を取っていると、前まではなかったプレゼントを渡してくれた。何が入っているのか早く見たくて、開けるときに少し包装が破れてしまったが、仕方ない。


「くまのぬいぐるみだ!」

「男の子にぬいぐるみはどうかなとも思ったんだけど、私がいない時にそれで寂しさが紛れないかなって⋯⋯」

「すごく嬉しいよ!⋯⋯でも、この子がいても母さんがいない寂しさが紛れることはないよ。オレにとって、母さんとこのぬいぐるみは別だから!」


 贅沢なことに、茶色のくまのぬいぐるみには服だけでなく、靴まで履かせてあった。しかも、目のところに付けられたボタンはオレや母親と同じ、薄い紫色の瞳の色だった。


「⋯⋯そう?それは嬉しいことを言ってくれるのね」


 オレがこのくまは母さんの代わりにはなれないと言うと、何故か母さんは悲しそうに笑った。


「本当のことだから!⋯⋯まずはこのぬいぐるみの名前を決めなきゃ」

「なんて名前にするの?」


 このくまの名前かぁ。う〜ん、決められないなぁ。男の子か女の子なのかもわかんないし、性別ってオレが決めていいのかな。

 

「このくまって男の子?女の子?」

「オルガが決めていいよ」

「う〜ん⋯⋯じゃあ、スノー!男の子にも女の子にも聞こえる名前にする」

「スノーか、雪みたいでキレイな名前だね」

「大きくなったらオレもぬいぐるみ作ってみたいな」

「いいね、一緒に作ろう」

「うん!」

 

 スノー!茶色のくまのぬいぐるみに雪の要素は全く無いけれど、いい名前にできた。

 後、まだ早いかもしれないけど、オレが大きくなった時に作るぬいぐるみの名前も、もう決めた!割とセンスあるかもしれない!


「それじゃあ、私は洗濯物外に干してくるね」

「わかった!じゃあ、オレは食器洗う!」

「本当?ありがとね」


 母さんが洗濯物を持って外に行ったのを確認してから、スノーを見て思わずニヤける。初めてもらった誕生日プレゼント。しかも、母さんが作ったこの世で一つだけのぬいぐるみ。


「嬉しいなぁ⋯⋯」


 

 やっぱり、早く大きくなってお金を稼いで、この家を出よう。あの男から遠く離れたところに2人で住んで、ぬいぐるみの作り方を教えてもらうんだ!




 



 

 ただ、これだけだった。本当に大したことのない夢だった。あの男から母さんを離したい。それだけだったはず。






 

 なのに、この夢が叶うことはなかった。





「───!─────!!」

「⋯⋯外が騒がしいな。といっても、ここは治安が悪いし、うるさいことはよくあるか」


 母さんが洗濯物を干しに行くと言って外に出て、1時間ほど経った頃。さすがに遅いし、外で聞こえた声のことも心配になり、念の為見に行くことにした。

 せっかく貰ったのだからとスノーも抱えて、まだ肌寒いので上着も着た。



 

「母さーん?何か外うるさいけ、ど⋯⋯⋯」

「お前!ふざけるんじゃねぇ!!てめぇのせいだ、お前のせいなんだよ!オルガッ!!」


 オレと母さんの家の庭のはずなのに、あの男がいた。いや、そう言えばあの男は父親で、この家はあいつの家でもあるんだった。


 だが、それよりも気になることがある。何でこいつは居るのに母さんがいないんだ?何処だ?この男は母さんを何処にやったんだ?


「母さんは?お前、母さんを何処にやったんだよっ!」

「俺じゃねぇ!お前が、お前が悪いんだ!!」

「──何処だって聞いてんだろっ!!」


 オレが男にそう言いながら詰め寄ると、あいつは家の裏にあって、庭とほとんどつながっている森を指さした。


「⋯⋯俺には()()を見ることが出来ねぇ」


 男が指さした方へ走って向かったものの、何もない。このあたりは背が高い木が多くて迷子になるので、オレも母さんにあまり入るなと言われていた。

 でも、そんな場所に母さんが入ったなんて、絶対に只事じゃない。


 


 そう思って、慣れない足場につまずきながらも森を走り続けていると、ちょうどオレの頭が何かに当たった。





 

 そこまで痛くはなかったが、何にぶつかってしまったのかと思って見上げれば、目線の高さにあったのは焦げ茶色をしたボロボロの靴だった。






「─────え?」




 さらに上を見れば、見覚えのある服、見覚えのある長くてキレイな髪の毛、見覚えのある料理や仕事で、すっかり荒れてしまった手。



「か、母さ⋯⋯⋯?」


 瞳と口は閉じられていて、ピクリとも動かない。本当にまるで寝ているみたいだった。さっきまで、スノーをくれて、朝食を食べて、話していたはずなのに。


 

 高い木の下で静かに揺れている母さん。


 

「───てめぇのせいだ」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「本当は今日、家に帰ったときにきちんと話すつもりだった。今までのことも、お前のことも」

「⋯⋯それで?お前がやったの?」

「ちげぇよ!!俺は、おれは⋯⋯あいつじゃなくて、お前を、オルガを⋯⋯⋯⋯」


 わからない、何もわからない。何でこの男が殺そうとしていたのはオレなのに、何故、何で、どうして、母さんが死ぬの?


「あの女に、お前がオルガから離れるなら、一応実の息子だし、殺しはしないって言って、言っただけで⋯⋯⋯」

「やっぱりおまえのせいじゃないか⋯⋯⋯っ!」

「違う!あの女が、俺から離れてお前を優先するからっ!」


 ⋯⋯母さんがこうすることを選んだのなら、この男よりもオレの方が大事だった?

 あんなに、この男に惚れていて周りの女にヤキモチも妬いていた母さんが?この男にベタ惚れで自分のことを駄目な母親だと言っていた、あの母さんが?本当に?

 




 

 

「⋯⋯あぁ、本当に今日は嬉しい1日だ」

「はぁっ?!何だと、てんめぇ!!」



 衛兵だから力も強くて、オレの胸ぐらを素早い動きで掴んだこの男の手に、オレはスノーを持ってるのとは逆の手で、堂々と触れた。





「一番、母さんのことを愛していて、一番母さんから愛されて()()父さん?」

「何だよ、てめ──────ひっ?!」





  


 そして、あいつと同じこの顔で笑って、自分の父親にオレはこう言ってやった。

 







 


 



「母さんに会わせてあげる」


 



オルガの過去の話はもうちょっとだけ続きます。次の話は後半から戦闘に戻ります。

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