13話 可愛らしい左腕
「死んだら枕元に化けて出て、先生の酒を飲み尽くしてやる!!」
「⋯⋯うわ、絶対に死なれたら困るわ」
「これを機に禁酒したらいいんじゃないですか?」
「無理だな」
結界の中とはいえ防音じゃないので、二人の会話はバッチリ聞こえている。
先生はまだわかるが、何でマレアは僕が死ぬ前提で話を進めるんだよ。おかしいだろ、こちとら命の危機だってのに。
「でも、本当にどうしよっかなぁ」
『ツァルディル・ヴァレッカ シェルグリン!ツァルディル=ヴェレイン シェルリディア!』
「独自魔法:【付与】」
「策を考える暇もくれないみたい───だ、しっ!」
オルガが魔石を持っているのとは逆の手で小枝を握り、独自の詠唱を始めた。あんな細い小枝に本来ならば殺傷力なんて無いが、魔法を使われてしまったら話は別だ。
まるで槍かのように、こちらへとものすごい速さで投げられた小枝を、後ろに下がって間一髪で避けると、後ろでバコォォン!!という音がした。
恐れつつも振り返ってみれば、何処にでも落ちていそうな小枝はF組の校舎の壁にのめり込んでいた。
うわぁ〜、えげつねぇ。避けてなかったら貫かれてたなぁ。普通にやばい、闇ギルドのクソ上司と同じくらい怖い。何で僕の周りってこんな物騒な奴しかいないの?
「先生、やっぱ無理です!代わってくださいよ!」
「無理だわ」
「そんな⋯⋯ひどいです!」
「いやいや、ひどいも何もお前が異常なんだって」
はぁ?何が?もう一度結界の方に行って、先生に直接文句を言いたいが、そんなことしたら一発で背中を貫かれるので今は我慢する。
「何が異常だって言うんですか!」
「だってお前、結界の外いても平気じゃん」
「え?⋯⋯まぁ、平気ですけどそれが何だっていうんです?」
先生が僕のことを異常者かのような目で見てくるが、僕は闇ギルドの構成員なだけで、ごく普通の一般人だぞ。僕の何処が異常者だって言うんだ。
「俺は魔力耐性が低いから、結界の外に出たらあいつの漂う魔力で、体ですら別の何かに変えられちまうわ」
「は?【付与】ってそんなこともできるですか⋯⋯?」
さらっと恐ろしい発言が聞こえてきて思わず、先生がいる結界の方を振り返ってしまった。
すると、さっきと似たような小枝が僕の鼻先をかすめた。
「───っ?!何でそういう大事なことを先に言ってくれないんですかっ!!」
「おー、悪い悪い。魔力があるマレアには結界を張ってもらわなきゃいけねぇし、俺は結界の外に出れねぇから、お前がオルガと戦うのが一番安全なんだよ」
「僕の命の安全は保証されてないんですけど?!」
ま、まさか僕がオルガと戦うことが現時点での最善策だったなんて⋯⋯。
おい、さらっと他のやつには真似できないからって僕に【付与】について大まかな仕組みや効果を教えてくれたけど、もっとやべぇ効果があるんじゃん!
なぁに、物にしか付与できないみたいな言い方してんだ!人にもできるじゃんか、嘘つき!
「先生、そろそろこの防御結界切れます」
「わかった。俺の炎の結界も、もう切れる。マレアはもう一回張れるか?」
「う〜ん⋯⋯中級でもいいんですが、さっきの枝が飛んでくる速さも考えると上級の防御結界がいいと思います」
「張れるのか?」
「一回だけ。それも短時間でいいのなら」
自信満々で宣言するマレアに驚いた。上級の魔法である上位精霊の防御結界と言ったら、魔力量だけでなく、繊細な魔力の操作が必要になってくる。
魔法を使うことを本業としている人でも、張れない人が3割近くいるくらいだ。かなり難しい。
やっぱり実験で失敗した時に困るから、普段から防御結界張ったりしてるのかな。
まぁ、僕は魔力量が少ないから、防御結界に使うなんて贅沢なことできない。つまり、僕はこの状況を防御結界なしで切り抜けなきゃいけないということになるのだが⋯⋯
「難しすぎるでしょ」
「[防御結界:水の上位精霊]」
「ルツ!魔石を手放させるだけでいいんだ!むやみに攻撃するなよ!!」
「そーいうのは僕が攻撃できてから言ってくれます?避けるので精一杯ですよ!」
こちらへと飛んでくる凶器へと変えられた小枝に気をつけながら後ろを見れば、先ほどよりも大きくて分厚い水を纏った結界が張られていた。
これならもう、結界の方に小枝が飛んでいくように避けても大丈夫そうかな?
「さっさと魔石手放してよ![影の矢]!!」
オルガが魔石を持っている方の手に向かって影の矢を飛ばす。僕は魔力量に制限がある上、普段から隠し持っているナイフとかは先生の目があるから使えない。
それに対してオルガは、本人の魔力が尽きない限り、周りにあるもの全てが武器になる。確実に僕のほうが不利だ。
「先生ー?どうすればいいと思いますかー?!」
「あぁ?⋯⋯とりあえず死なないようにオルガの右手を攻撃し続けろ!」
「もっと具体的な指示はないんですかー?」
「ない!諦めろ!!」
「急に雑!!」
ガルグ先生は戦ってくれないので、せめて助言でも貰えないかと聞いてみれば、雑な指示しか飛んでこない。あの人、本当に教師?
このままだとオルガの魔力が尽きるよりも先に、僕が死ぬ。早くミラフィ来てくれー!この状況を打破できるのは多分、ガルグ先生が呼んだミラフィだけだ。
そんな僕の願いが届いたのか遠くから、ミラフィを寮まで呼びに行ったはずのオリヴィエの声が聞こえた。
「先生っ!ミラフィ連れてきました!!」
「おう!でかした、オリヴィエ!魔力耐性がないやつがここに居るのは危険だ。周りに誰も居ないか確認してこい!」
「はいっ!」
「先生ー?私何すればいいんですかー?」
神が来た!救世主、ありがとう!!雑な指示しか飛ばさず、自分は戦わない先生よりも断然役に立つ!本当に助かった!!
「おう、あいつ止めるの手伝ってくれ。行けば分かるから」
「⋯⋯?はーい、わかりました」
「マレア。さっき俺がしたみたいに、結界に同じくらいの大きさの穴を作ってくれ」
マレアによって分厚い水をまとった結界に、またもや人がひとり通れるくらいの穴ができる。その事を確認してオルガへと視線を戻せば、何かがおかしい。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯?どうしたんだ?」
オルガからの攻撃が止んだかと思えば、彼はミラフィのことをずっと見たまま動かないのだ。
そして、ミラフィも同様にオルガのことを見つめて動かなくなってしまった。
「これでいいですかー?魔力が入ってきちゃうから、なるべく早く閉じたいんですけど」
「あぁ。じゃあ、ここを通ってくれ────っておい、ミラフィ大丈夫か?」
「へ?あ、はい!この穴を広げればいいんですよね?」
「違うぞ。この穴を通ってルツのことを助けてやってくれ」
「はーい、わかりました!行ってきまーす!」
「おう、さっさと行って来い」
結界に開けられた穴からミラフィがこちらへと来て、結界の穴が修復されると一瞬で、辺りがオルガの殺気で支配された。
えー、何これ怖い。さすがにクソ上司ほどの殺気ではないけれど、この年でここまで出せるなら大したもんだ。
「ルツ!私は何を手伝えばいいのー?」
「ミラフィ!来てくれて助かるよ。オルガが持ってるあの魔石を手放させるのを手伝ってほしい」
「それだけ?ていうか、あの魔石って────っ!」
「え、ミラフィ?大丈夫?」
「⋯⋯⋯⋯」
手伝いに来てくれたミラフィだったが、オルガが持つ黒い魔石を見た瞬間、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
本当にどうしたんだ?頭痛?でも、あの魔石を見てから頭を抱えたよね?やっぱり、あの魔石と二人の暴走状態は関係あるのか。
⋯⋯いや、こんなことを考えてる場合じゃない。せっかくミラフィが手伝いに来てくれたわけだが、動けないのならただの足手まといだ。とりあえず、結界の中に戻ってもらうか。
そう思ってミラフィを結界の方に連れて行こうとすると、当の本人は頭を抱えたまま、急にすっと立ち上がった。
「──────あ、思い出した」
「え、何が?」
いきなり立ち上がったミラフィに動揺しながらも、いざとなったら彼女を庇えるよう、すぐに動ける体勢になる。
「⋯⋯⋯私、あの魔石見た。キシトウのときに」
「見たって⋯⋯もしかしてミラフィが暴走する前?」
「うん、何で忘れてたんだろ。黒い魔石が珍しくて触ってみたんだ」
やっぱりか!もしここにミラフィが来たら、魔石を触るかもしれないという僕たちの予想はもうすでに当たっていた。ミラフィなら絶対やると思ったもん。
「それで?その後は?」
「───思い出せない。魔石に触れた後、記憶はルツたちがボロボロになってたところから始まってる」
「覚えてないの?」
「うん、全っ然覚えてない!魔石のことも、見るまで思い出せなかったし!」
「そっかぁ。じゃあ、手がかりは無いね」
ミラフィが来てくれて大分助かったが、彼女の独自魔法は校舎も壊れちゃうのであまり使わせられない。
それでも魔力過多症だからこそ、長期戦には向いている。これなら、魔力過多症じゃないオルガのほうがミラフィよりも先に魔力が尽きるだろう。そうすれば後は、魔石を手放させるだけなのでかなり楽になる。
「ミラフィ、オルガが投げてくるものはあいつの魔力が付与されてて全部凶器になるから、避けるか防御結界張って!」
「わかった!攻撃はどうすればいい?」
「うーん⋯⋯できるならお願いしようかな。僕は避けるだけで精一杯だし」
「任せて!攻撃は得意だから!」
うわぁ、安心して任せられない。ミラフィの攻撃なんて絶対校舎壊れるだろうし、何なら僕も巻き込まれるかもしれない。
「この場にいても平気な時点で大丈夫だとは思うけど、体に違和感を感じたらすぐに結界の中に戻ってね!」
「はーい!」
ミラフィのやたら元気な返事に不安を覚えながらも、魔石を持っているのとは逆の手で、今度は少し大きめの石を持ったオルガの方へと向き直る。
『ツァルディル・ヴァレッカ シェルグリン!ツァルディル=ヴェレイン シェルリディア!』
「ミラフィ!来るよっ!!」
「りょーかいっ![防御結界:風の中位精霊]!」
「独自魔法:【付与】」
オルガのガタイの良さを活かして投げられた石は運良く、僕ではなく風を纏った結界を張ったミラフィの方へと投げられた。
そして、投げられた石は結界に突っ込み、ヒビを作ったものの、結界が割れることはなかった。
「わぁ、すごいね!私が張った結界に初めてヒビが入った!」
「感心してる場合じゃない!2つ目が飛んでくるよ!」
「ホントだ、また石持ってる!」
ミラフィの結界はまだ完全に割れたわけじゃない。それでも、さっきよりは強度がだいぶ落ちている。このままミラフィの結界の方を狙ってくれたら助かるんだけど⋯⋯⋯⋯そうもいかないよなぁ。
オルガは手に持った石をミラフィへと投げる直前に方向を変え、僕の方へと飛ばしてきた。うわ、これが前世の記憶にあるフェイントってやつかぁ。
「────ルツ!!」
「───っ![影の矢]!」
「オ前、カ?」
咄嗟に作った影の矢で、付与された石に対抗するものの、僕が作った矢は石とぶつかってあっけなく消え去った。
そして、勢いが弱まることもなく、そのままこちらへと投げ出された石は僕の左腕をかすり、後ろにある木にぶつかったことでようやく止まった。
「痛っ──────くない?あれ?」
「ル、ルツ?大丈夫なの?」
「え?大丈夫だよ。思いのほか、全然痛くなかったし」
「いや、そうじゃなくて⋯⋯その腕大丈夫なの?」
「⋯⋯?何が────っ?!」
ミラフィに言われたことがわからなくて首を傾げたが、彼女の視線の先をたどれば、先ほど飛んできた石がかすった、自分の左腕だった物がそこにはあった。
僕の左腕だったと思われる物は、まだきちんと体にくっついてはいるのだが、明らかにおかしい。
「⋯⋯これじゃあ、ぬいぐるみの腕みたいじゃんか」
僕の左腕は、よく子供向けのお店で売っているのを見かける、ぬいぐるみの腕になっていた。感覚が殆どなく、動かすこともできない。
⋯⋯そういえば、オルガは自分の漏れ出た魔力に触れたあいつらの体は今頃、ブヨブヨだったり硬くなってるって言ってたな。ちゃんと人にも付与できるって説明してるわ、物にだけ付与できるって説明してた気がするのは僕の勘違いか。
「でもさぁ、こうはならなくない?!ブヨブヨや硬くなるって言ってたじゃん!」
「ル、ルツ?」
「何でぬいぐるみなの?!綿も入ってるし、触り心地いいけど動かせないし!!」
「おーい、ルツ!大丈夫かー?」
「うっさいです!元はと言えば、あんたが僕に戦わせようとしたんでしょうが!後、もっと心配しろ!!」
一通りの愚痴を先生にぶちまけたところで、すぐさまオルガの方へと向き直る。
腕がぬいぐるみになってしまったのも問題ではあるが、このままだと腕だけじゃなくて命まで失いそうな勢いなのだ。気を抜くことはできない。
あんのろくな助言をくれない酒臭ヤニカス鬼教師め!これで死んだら、お前の酒を飲み尽くして、タンスに足の小指をぶつける呪いもかけてやるからなっ!!
次回はオルガの過去になります。結構シリアスめなので苦手な方はお気をつけください。




