10話 よくある怖い話
「────────!!」
「そうっすか」
「────────なぁ!!」
「そうっすね」
「何とか言ったらどうなんだよっ!!」
「何とか」
「そういうことじゃねえんだよっ!!」
ふと校舎の中庭から少し外れたところで、誰かの怒る声が聞こえてきた。
お昼ご飯を食べるところを探していたのだが、その声がどうしても気になってしまい、僕は今、気配を消して木の陰に隠れている。
「そう言われても、じゃあなんて言えばいいんすか」
「それはっ────」
「F組はそんなことも言われないとわかんないのかよ」
「わかんないっす」
多分、他のクラスの先輩に嫌なことを言われているはずのに、堂々と言い返している人物に僕は心当たりがあった。
F組にいて、堂々としていて、あの声の人物。
「オルガは相変わらず馬鹿だな」
「いや、オレじゃなくてあんたらが馬鹿─────」
「は?んなわけないでしょ。お前のこと仲間だと思ってたけど、F組の仲間はいらねぇーなー?」
F組のNo.20オルガ。もう入学から大分過ぎたというのに、あまり話したことがないクラスメイトの一人だ。ピアスとかいっぱいつけてて、不良って感じの人物で凄い背が高く、話しかけにくいオーラを纏っている。
話を聞く限りだと、オルガに対して声を荒らげていた者たちは前からの知り合いのようだが、オルガがF組に入ったから縁を切ろうとしているようだった。
「あのね、オルガ君?F組ってこの学園じゃ、先生からも見放された落ちこぼれなの。だから、そんな知り合いがいるって他の奴らにバレたら信用がガタ落ち」
「そうそう!ということだから、これから先俺たちには話しかけないでくれるー?」
「いや、あんたらから話しかけてきただけで、オレは話す気なかったんっすけど」
すげぇー。あんな嫌味を言われているにも関わらず、言い返せるなんて。僕もあれくらいの気持ちで、闇ギルドのクソ上司に反抗できたらいいのに。
⋯⋯いや、そんなことしたら間違いなく一瞬でボコられて、実験室連れてかれて用済みになったら殺される。想像しただけで怖いし、やめとこ。
「前々から思ってたが、お前のその態度が気に食わねぇんだよ」
「調子に乗り過ぎだよな。わかるか?お前みたいなF組と俺たちは住む世界が違うんだよ」
「でも、あんたらもゆーてE組じゃないっすか?」
いやいや、それ言っちゃだめでしょー。確かにE組とF組に学力とかで、そこまでの違いはないけれど、待遇には圧倒的な差があるしなぁ。
F組だけ校舎ボロボロだし、運動場も手入れされてない。中庭とかは使っていいって言われるけど、皆ここみたいなF組の校舎寄りのところにしか居ないし、他クラスの生徒がこっちに来ることもほとんど無い。今みたいな例外はあるみたいだけど。
「うるせぇ!!口答えすんじゃねぇっ!!」
「⋯⋯痛いんすけど?」
ボコッ!とかバキッ!て音がして、恐る恐るチラ見してみるとオルガがふたりの男に殴られたり、蹴られているのが見えた。
うわ〜、痛そ。というか、あんなに殴られて何で普通に立ってられるんだよ。僕でも無理だよ?どんだけ頑丈なの?というか、E組の先輩情緒不安定すぎでしょ、怖っ。
「⋯⋯⋯⋯」
「チッ、もう話しかけんなよ」
「F組の知り合いは要らないからな」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
オルガの最初の沈黙は、はぁ〜面倒くせぇなという感じだったが、最後の沈黙はさっきと同じで、いやあんたらがオレに話しかけたんすけど?と言いたそうな雰囲気だった。
結局、オルガは先輩に嫌味を言われてボコられただけだが、大丈夫か?救急箱とか持ってきたほうがいいのだろうか?
そう思って隠れてこっそり盗み見し続けていると、急にオルガがこちらを向いたのがわかった。
バレたのかと思って、すぐに木の陰へと体を隠すと、僕に気づいていたわけではなかったのか、こちらへ来ることなかった。
しかし、E組の先輩方が早足で他クラスの校舎がある方へと戻ると、オルガは天を仰いで両手で口を塞いで、その場で叫んだ。
「F組で何が悪ィンだよ!!クソがっ、滅ベッ!!!」
「⋯⋯⋯」
うわぁ、口悪っ。本人が口を両手で塞いでいたから、周りが気にする程の声量でもなく、言葉が聞き取れた人も居ないようだが、僕はバッチリ聞いていた。
人があまりいないF組の校舎寄りの中庭とはいえ、僕以外にもお昼を食べてる人は何人かいる。そんな中、ある程度抑えてるとは言え、こんなとこで叫ぶとか度胸すごいな。
「つーか、知り合いズラしてきて何なんだよ。マジでアイツラ誰だよ?知らねェよ!」
⋯⋯えー、知り合いじゃなかったんだ。そりゃあ、E組の名札つけてた先輩たちに馬鹿って言うよ。だって知り合いじゃないんだもんね。
冷静にさっきの会話内容を思い出すと、確かにオルガはあの先輩たちの名前も言ってないし、知り合いだという言葉を肯定してはいなかった。
「これがよくある怖い話?」
「────おい!」
「わっ?!」
「⋯⋯なァに盗み聞きして、人の話を勝手に怖い話にしてくれてんだ?あァん?」
歩いてくる足音は聞こえていたが、今ここから立ち去ってもバレるだけだし、と思ってそのまま立っていると、オルガは木の陰にいる僕のもとへとやって来ていた。
やっぱり気づいてたか。おかしいなぁ、気配は完璧に消してたはずなんだけど。
あまり演技に自信はないが、今の驚いたフリは中々の出来だったと思う。
「いや、その⋯⋯」
「あァ?」
「け、怪我してるし、救急箱持ってきた方が良いのかなって⋯⋯⋯」
「⋯⋯こんな傷に救急箱なんていらねェだろ」
何故か木の陰に回り込み、僕の隣にしゃがみ込んだオルガは、おそらくさっきの人たちに殴られたり蹴られたであろう場所をさすった。
普通の人だったら、ここで戸惑いながらも正直に言うと思ったからそうしたけれど、正解だったみたいだ。
今のところ、オルガからラティスみたいな敵愾心は感じられない。良かった、正直に言って。救急箱が必要そうなのは事実だし。
「⋯⋯⋯」
「んな目で見てどうした?ビビったのか?」
「いや、別に。オルガさんはご飯食べましたか?」
「⋯⋯気色悪ィな。てめぇ、周りにはタメ口呼び捨てじゃねェか」
⋯⋯さすがに僕もそこまで鈍感ではないからわかった。これは敬語をやめて呼び捨てしろってことでいいんだよね?
「⋯⋯オルガはお昼ご飯食べたの?」
「いや、まだだな」
「じゃあ、これ分けてあげる。パン2つ買っちゃったから」
「⋯⋯礼は言わねェぞ?」
「え、何で?」
⋯⋯申し訳ないが、僕は前世の記憶にあるような主人公ではないのだ。だから、礼は言わないとかいうようなキャラに対していいよ!と言えるような器の大きさは持ち合わせていない。
僕のお金で買ったパンを分けてあげたのだから、お礼は言うべきだろ。確かに僕に押し付けられただけなら礼も言わなくていいけど、ちゃんと受け取ったんだから礼は言うべきじゃない?そんなことないのかなぁ?
「⋯⋯てめぇ、強欲だな」
「お金取らないだけまだマシでしょ」
「⋯⋯それもそうだな。チッ、ありがとよ」
「はいはい、それで救急箱は本当にいらないの?」
「いらねぇ。今頃怪我してんのはあっちだろうしなァ」
殴られたり蹴られたりしているところをさすっているのはオルガなのに、今頃怪我してるのはあっち?
僕が疑問に思って首を傾げていると、オルガは右手を地面に触れた。
何をしているのかわからず、飽きた僕が手に持ってるパンを食べ始めようとすると、オルガが触れている硬かった地面が段々と泥のようになっていくのが見えた。
「───?!え、すご」
「だろ?これオレの独自魔法なんだよ」
「独自魔法?詠唱してなかったよね?土操れるの?ていうか言っていいの?」
「質問多いな。オレの魔力は少し特殊で、この魔法は誰にも真似できねェから良ィんだよ。自分でも魔法の仕組みよくわかってねェし」
そう言ってオルガが地面から手を離すと、泥になっていた地面はもとの硬い土の状態へと戻っていった。
すごいなぁ。人とか沈めて落とし穴っぽくしたら誰にも気づかれないかも?いや、手を離したら浮かんできちゃうのかな。
「後、厳密には魔法じゃないし、土を操る魔法でもねェよ。これは魔力」
「⋯⋯?さっき自分で独自魔法って言ったんじゃん」
「まぁ、確かに独自魔法だが、よ〜く考えろよ?独自魔法は本人の魔力の性質を活かしたもんだ。つまり、魔力であっても独自魔法と同じ効果はある」
「まぁ、言ってしまえばそうだね」
「しかも、オレはその特殊な魔力が外に漏れ出る体質なんだよ」
オルガの説明をここまで聞いてやっとわかった。そういえば昔、僕も魔力が外に漏れ出る体質の人に会ったことがある。
誰だったかは忘れたけど、そいつも漏れ出てる魔力を使ってるから詠唱いらないってドヤ顔してたな。ただ、魔力量は常に減ってるから辛いと愚痴ってもいたけど。
「じゃあ、独自魔法にすると威力とか効力あがったりする?」
「する。つーか、このピアス全部漏れ出てる魔力セーブする魔導具だから、これ全部外して魔法使えば威力跳ね上がンだよ」
「へー、凄いね。その数のピアスの魔導具してても、魔力漏れ出ちゃうんだ」
「ま、そうだな。もう慣れたから良ィけどよ」
そう言ってオルガは、僕があげたパンをむしゃむしゃと食べ始めた。結構一口でかいな?!
このままだとオルガのほうが先に食べ終わってしまうと思い、僕もまだ口をつけてなかったパンを食べる。
「⋯⋯勘違いしてるかもしれねェが、あれは土を操る魔法じゃねェ。色んな物に付与を施す魔法だ」
「んぐっ⋯⋯便利?」
「いいや、不便だと感じることのほうが多いな。勝手に体から漏れ出てて、手で触れただけで形が変わったりするからなァ」
「わぁ、大変だねぇ」
横を見ると喋っていたはずなのに、いつの間にか食べ終わってるオルガに対抗して、僕も必死に食べ進める。
オルガの魔法の仕組みも分かったわけだが、何故僕にここまで話してくれるんだ?真似できないとは言え独自魔法なんて、仕組みを知られてるだけでも切り札としては弱くなってしまう。僕が周りに言いふらすとは思わないのか?
「だから、直接手で触れてないとは言え、オレの体を殴ったり蹴ったりして漏れ出てる魔力に触れたアイツラの体は、今頃変な付与がされてるんだろうな」
「例えば?」
「⋯⋯考えたことはなかったが、ブヨブヨになったり、すげェ硬くなって足が曲がんなくなるとかかァ?」
うげぇ、何それ怖。チートじゃん。ミラフィの独自魔法も中々のチートだったが、オルガの特殊な魔力も結構なチートだった。
やはり、魔法の授業で先生が言っていたから周りの人間に魔法を開示してるのか?いや、オルガはそんな馬鹿正直なやつには見えないけど⋯⋯⋯駄目だ、全然わかんない。
「⋯⋯ふ〜ん、怖いね。このことを魔法の授業で先生に言われた通り、やっぱり皆に開示してるの?」
「いや、てめぇだけだ」
「へー、何で?」
僕にしか言ってないのはかなり意外だった。でも、自分の秘密を共有する最初の相手がよりにもよって僕?明らかな人選ミスだと思うのだが、気になるので聞いてみることにした。
「その場にいたから⋯⋯か?」
「何でそっちが疑問形なんだよ」
「さァな」
「ほんっとによくわかんない」
僕がもうすぐ食べ終わるパンを持ちながらそう言えば、オルガはもう一口分しかない僕のパンを盗ろうとしてきた。は?お前、1個あげたやつ食ったよね?!
「何?まだお腹空いてるなら、自分で買ってきて!」
「⋯⋯やっぱ近づいてもお前はなんともなんねェな」
僕のパンへと伸ばしていた自分の手を見てオルガが呟く。言われてみれば確かに、さっきからずっとオルガは僕の隣に座っているが、僕はなんとも無い。あれ?何でだろ?
「お前、ひょっとして魔力耐性が高いか?」
「え?⋯⋯⋯あー、高いかも?」
思い出したのは闇ギルドのクソ上司に実験体にされたときのこと。あんだけ実験に使われてりゃ、魔力耐性がついていても不思議ではない気がする。
そう思ってオルガの方を見やると、眉間にしわを寄せて怪訝な顔をして、ずっと自分の手を見ていた。
僕はそれを不審に思いながらも、時間がないので残っていたパンを食べて、一向に動く気配がないオルガを置いて教室に戻った。
だから、僕は気づかなかった。
「『⋯⋯⋯今日の昼、F組の校舎寄りの中庭に居てみろ。その近くにある木の陰にお前の答えはある』」
チャイムが鳴っていることも気にせず、オルガがそう呟いていたことを。
【キャラクター紹介】
No.20
〇オルガ
・男性
・ピアスバチバチで、襟足長めの見た目不良
・年上はちゃんと敬って、敬語使うタイプの不良




