1話 一番聞きたくない音
初投稿です。間違っているところもあるとは思いますが、温かい目で読んでいただけると幸いです。
突然こんなことを言っても、誰も信じてくれないとは思うが、僕には前世の記憶がある。
不思議な物体が走り、高い建物がたくさん並ぶ町で、見たこともない服を着て歩いていた。そんなもの、この世界には存在しない。本当に不思議な記憶だと常々思う。
そして、その記憶をもとに言うならば、この世界はゲエム?とやらの世界らしい。しかし、前世でそのゲエムというものをやったことはないらしく、それに関する知識はほぼゼロに近い。
だが、この世界と比べて文明がかなり発達していた前世の世界の知識を使って、僕は敵の多い貧民街でも生き延びて、仕事先も見つけることができた。
まぁ、その仕事というのも⋯⋯
「お前にはアルセリア学園に潜入してもらう」
「⋯⋯はい?」
闇ギルドの構成員なのだが。
* * *
「やっばい、迷った。どこだ?ここ」
昔から、もしかしたら僕は方向音痴なのかもしれないとなんとなく思ったことはあったが、ここまで重症だとは思わなかった。
さっきまで他にも入学する生徒が周りにいたはずなのに、今では誰もいない。しかも、校門の前で立ちすくんでいたはずなのに、今では森にいる。
きっと、さっき上司に連絡するために人がいない場所に移動したのが原因だろうな。くっそ、こんな時に連絡してくんじゃねぇ、クソ上司!
⋯⋯はぁ〜、さてどうするか?場所わかんないし、人いないし。いっそのこと諦めてこの仕事、放棄しちゃうか?
「⋯⋯⋯いや、それは殺されるからやめとこう」
「誰に殺されるんですか?」
「───っ?!」
後ろから突然かけられた声に驚き、勢いのままに振り返る。するとそこには、こんな鬱蒼とした森には場違いな僕と同じアルセリア学園の女生徒の制服を着ている少女がいた。
長くて艶のある黒髪をポニーテールにして、こちらを不思議な目で見る少女は身なりも整っていた。
⋯⋯マジで誰?髪も身なりもきれいだし、貴族?いや、でも周りに人がいないのも確認したし、いたとしても僕なら気配で気づける。
だから、この少女は気配を極限まで消せるってことになるんだけど⋯⋯そんなことができるのって、まさか闇ギルドの構成員?
うちの上司、他の闇ギルドに結構喧嘩売ってるから敵だったら困るんだけどなぁ⋯⋯。
「ド、ドチラサマ⋯⋯?」
一応、攻撃されても良いように後ろに一歩下がり、距離を取って逃げられるようにはしてから声をかける。
⋯⋯しかし、それに対して少女は焦ったように両手を忙しなく動かし、取り乱す。
「あっ、あの!違うんです!驚かせたかったわけじゃなくて⋯⋯その、もうすぐで入学式が始まっちゃうのに森の方に変な気配があったので、気になって⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯え、入学式もう始まるんですか?」
「は、はい。それで怖いけど、誰かの刺客とかだったら嫌だから、周りの人は気づいていなかったので念の為見に来たんですけど⋯⋯」
そう言ってゆっくり手を下ろして恐る恐るこちらを見る少女。⋯⋯刺客と疑った気配の相手が、まさかの同じ生徒だったことに驚いてるのか。
はぁ〜、でもよかった。他の闇ギルドの構成員とかじゃなくて。仕事放棄になるところだったし、ほんっとにマジで殺されると思った。⋯⋯主に上司に。
「⋯⋯えっと、迷子ですか?」
「⋯⋯⋯⋯はい、迷子です。学園ってどっちかわかりますか?気づいたら、迷っちゃって」
嘘は言ってない。上司に連絡をするために移動したら、いつの間にか本当に迷っちゃったので嘘ではないはずだ。
僕がそう言うと、少女は不思議な顔をして首を傾げながら言った。
「ここはすでに学園の敷地内ですよ?」
「⋯⋯⋯へ?」
「この森は校門を入った後、東に進み続けるとあるんです。なので西方面に歩いて戻りましょう。時間ないですし」
「⋯⋯⋯助かります、本当にありがとうございます」
きちんとお礼を言ってから、黒髪の少女の後ろについて歩いていく。⋯⋯あぁ、そういえばこんなとこ通った気がする。この赤い花も見たなぁ、こっちの葉っぱも。
スタスタと歩いていく黒髪の少女は自分が歩いてきたところを覚えているようだった。⋯⋯すごいなぁ、僕なんて通った道とかは1日で忘れちゃうのに。
「もうすぐで着きます⋯⋯これなら、入学式には間に合いそうです」
「こんな似たような景色が続く森で、よく迷わないですね」
「え、えぇ⋯⋯まぁ」
少女にすこし呆れた目で見られた気がする。⋯⋯気のせいかな?気のせいだよね?⋯⋯⋯悲しいし、気のせいってことにしとこう。
⋯⋯というか、さっき僕は少女の気配を感じることができなかった。今ちらっと彼女の歩くときの足運びを見たりしてるけど別に普通の歩き方だと思うし、技術だけで気配を消したとは思えないから、少女は何らかの方法で気配を消せるってことだよね?どうやって気配を消したんだ?
⋯⋯う〜ん。どうしても気になるし、諦めて直接本人に聞いてみるか。
「⋯⋯さっき、近くに来ていたことに気づかなくてすみませんでした⋯⋯⋯音がほとんどしてなかったもので」
さり気なく気配がなかったことを話に混ぜて伝えてみる。それに、彼女が僕の気配がしたと言っていたことも気になる。だって、こんなただの少女が気づけるはずがない。
僕は闇ギルドの地獄の訓練のおかげで、完璧に気配を消せるのだから!こんな少女に気づかれたのなら、さすがに僕だってだいぶ傷つく。⋯⋯主に心じゃなくて闇ギルド構成員としてのプライドが。
「いっ、いえ!お気になさらず。私が隠蔽魔法を使っていたので、気づかなかったんだと思います」
「隠蔽魔法ですか?」
「はい、私は魔法を使うときに───」
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
知りたかったことが彼女の口から聞けると胸が躍ったその瞬間、僕が考えうる限りで一番嫌な音がする。
この音ってたしか学校のチャイムだと思うんだけど⋯⋯⋯もしかして、入学式始まってたりしないよね?
そう思ったのは僕の前を歩いていた人も同じようで、一瞬時が止まったように固まったが急にスピードを上げて森を歩き進める。
⋯⋯入学式間に合わなかったら、潜入任務の仕事が失敗になって上司に殺されるなぁ。
どうせ殺されるなら、あんまり辛くない死に方がいいなぁとか思いつつ、焦った表情で自分の前を進む少女に僕はできる限り早足でついていった。
* * *
「はぁ〜、さっきはマジで焦った」
「本当にね。私も間に合わないと思ったよ」
「まさか予鈴だとは誰も思わないじゃん」
黒髪の少女と学園に着いた時、大急ぎで入学式の会場であるホールに向かうと、なんと入学式はまだ始まっていなかった。
そのため、息を切らして入ってきた僕と少女の二人には、ヤバイ奴らだという視線が浴びせられることとなってしまった。間に合わないと思ったから急いだだけなのに⋯⋯⋯普通に酷い。
まぁ、これで上司に殺される心配は減ったからいいんだけどさ。さすがにまだ死にたくないし。
そして、今からほんの少し前に退屈だった入学式が終わり、新入生がそれぞれ組み分けされたクラスに移動する時間になった。僕の名前があるクラスはどこか探していると、そこにはなんと先ほどの黒髪の少女が、僕と同じように名前を探していたのだ。
2人で黙々と探し続けて5分ほど経った頃、やっと見つけることができた2人の名前は同じクラスの枠の中にあった。
「それにしても、君もF組だったとはね」
「そっちこそ!⋯⋯えーっと、名前はなんていうの?」
「ルツだよ、ほらあそこに名前がある」
僕が指を差した先にはルツという今回使う偽名⋯⋯ではない僕の本名がF組と書かれた枠にあった。
アルセリア学園は不正に厳しくて、嘘発見器のようなものがあるので本名を使わざるを得なかったし、変装もできなかった。
偽名も変装もしない潜入なんて潜入じゃねー。まぁ、闇ギルドに入ってから自分の名前を言いふらしたことはほとんどなかったし、任務のたびに顔を隠してるので、顔も知られてないから、本名を使ったところで問題はないんだけどさ。
だから、多分いけるでしょ。無理かも知んないけど。どーせ、無理だったらあんのクソ上司に殺されるだけだしなぁ〜⋯⋯⋯いや、やっぱあんな奴に殺されるのは癪だわ。
絶対、この仕事成功させて生き延びてやるからな!指くわえて大人しく見てな!クソ上司!
心のなかでクソ上司に向けて散々愚痴をはいたところで、僕の右にいる黒髪の少女から声がかかる。
「私はねー、ミラフィ!あそこに名前があるの。これから3年間よろしくね、ルツ!」
「3年間じゃなくて、F組は2年間だよ。まぁ、よろしくね。ミラフィ」
そう言って握手するために差し出された彼女の右手を、自分の右手で握り返す。
アルセリア学園の入学式には無事に間に合ったものの、僕の名前があったのはF組。
そして、F組は─────
「あ、落ちこぼれたちが何かやってるぞ」
「どうせ、ショックを受けてるんだろ。なんせ、他のクラスとは違って2年しか、学園に通えないんだからなぁ」
「俺だったら恥ずかしくて笑ってられないね」
このように落ちこぼれと言われて、ものすごーく他のクラスの奴らから馬鹿にされる。まぁ、事実なので言い返せはしないのだが。
「ちょっと、さすがにそこまで言う事ないじゃない!」
「えっ?」
いっ、言い返したー?!何でー?何してんのー?!髪の毛の艶や身なりからして絶対あいつら貴族なのに、何で堂々と喧嘩売ってるわけー?!バカなの?ミラフィ!もうちょっと考えてから行動してー!!
⋯⋯代わりに言い返してくれて、スッキリしたはしたけど!!
「あ?何だ、お前」
「こいつ、例のF組だろ?」
「何だ、落ちこぼれか。文句言うために来たならさっさと、どっかいけよ。どーせ、事実だしな」
「はぁ〜?」
「はいはい、ミラフィ?怒らない、怒らない。もうそろそろ時間になるからねー、早く教室に向かうよー?落ちこぼれの僕達の校舎は遠いからねー」
案の定さらに馬鹿にしてきた貴族男子共に対して、ミラフィがブチギレそうである。さすがに初日から落ちこぼれクラスの僕達が騒動を起こしたとなると、ただでさえ低い自分たちの評価がさらに低なってしまう。それだけは避けなくては⋯⋯⋯。
とりあえずミラフィと貴族男子共を引き離そうと無理矢理彼女の右手を握って、というよりは掴んでこの場から退散しようとしているのだが、びくともしない。
は?なんで?!全っ然動かないんだけど?ミラフィは何なの?石で出来てるわけ?重いとかじゃない、これはもう床に固定されてるんじゃないかって疑うレベル。⋯⋯⋯うーごーけー!!
「何だよ。事実言っただけなのにキレてんのかー?」
「大体あなたたち!さっきから─────」
「はーい、ストップ!ストーップ!!」
本格的にブチギレそうになっていたミラフィの右手首を今度は両手で力いっぱいに引っ張り、無理矢理にでも貴族男子共から引き離す。
ここはクラス分けの詳細が書かれていた紙の近くの廊下であるため、貴族男子共だけでなく他のクラスに組み分けされた貴族子女も近くにいるわけだ。
そんな人目のあるところで問題を起こさないでほしい。友達に問題児がいるのも嫌だけど、せっかくできた友だち第一号が退学になられても困る。
「あぁ?何だお前。まぁ、こんな女と一緒にいるならこいつもどーせF組か」
「落ちこぼれがよくそんな顔して居られるよな。俺なら、両親に申し訳なくて堂々となんかしてられないね」
どうやら貴族男子共は悪口の種類が少ないらしく、さっきから同じようなことを繰り返し言っているだけである。⋯⋯⋯いや、単に語彙力がないだけなのかもしれない。
しかし、このように大人の態度(?)で流せる僕とは違い、隣の方は既にブチギレていて激おこだったようで⋯⋯⋯⋯
「ほんっとに、いい加減にしなさいよ?あなたたち、貴族なんでしょ?!貴族でも言って良いことと悪いことが───」
「はい、ミラフィさーん。行きますよー、時間になりますからねー⋯⋯⋯⋯⋯ほぉら、睨まない睨まない。後が怖いから早く行くよー?はいはい、動いて動いてー」
うん、貴族だってわかってたなら、むやみに喧嘩を売らないでほしかったな!!
僕は貧民街出身で親もいないし、速攻で闇ギルドに入ったためその程度の悪口じゃかすり傷にもならないのだが、思っていたよりミラフィもピンピンとしていて驚いた。
普通、ここまで言われたら傷つくと思うんだけど⋯⋯⋯⋯まぁ、ミラフィにも色々あるんだろうな。
なんせ、F組に組分けされるような人だし。僕も人のことは言えないけど!
ただ、ミラフィは絶対に只者ではないことは分かった。だって、普通の人なら貴族に喧嘩なんて売らないだろうしね!
「むぅ〜、ルツ。何で止めるの?言い返さないと気が済まないよ!!」
「そっか。じゃあ、僕の気は済んだから校舎行こーねー」
「私の気が済まないの!」
「うん、だから僕の気は済んだから早く校舎行くよー?」
「ルツ、ちゃんと話聞いてよ!」
「聞いてますよー」
僕が必死になりながら両手でミラフィの手首を引っ張ると、少しだけ動く。この調子で、できればF組の校舎まで行きたいのだが、なにせ落ちこぼれクラスは立場が低いため環境が悪い。つまり、校舎が別になっていて他のクラスより何倍も遠いということだ。
だから、早く行かなくては時間に間に合わなくなってしまうのだが⋯⋯⋯
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
「え?」
「あ」
本日2度目の一番聞きたくない音を耳に入れたところで、僕はミラフィと廊下を走ってはいけない事も忘れ、全力疾走した。
結果、先ほどのような奇跡は起こらなかった。しかも、予鈴ではなく本鈴だった。
そのため、F組の教室に2人で息を切らしながら入ったときには、先ほどの入学式前に会場に駆け込んだときよりも、冷たい視線が僕たちに浴びせられることとなった。
【キャラクター紹介】
No.16
〇ルツ
・男性
・黒髪
・森で迷子になった、闇ギルド構成員
No.23
〇ミラフィ
・女性
・黒髪ポニーテール
・貴族に喧嘩売った人