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エピソード1: 聖騎士の迷い 〜正義とは何か〜

光と闇が交錯する世界、アストラル大陸。その中心に位置する聖都ルミナリエは、千年もの間、聖なる力で民を守り続けてきた。しかし、その輝きの裏には、無数の犠牲と苦悩が隠されていた。


「正義は常に勝利する」


幼き頃からそう教えられてきたアルヴィンは、聖都の精鋭騎士団「ルミナリエ守護団」に所属する若き聖騎士であった。彼の剣は光のごとく鋭く、その信念は誰よりも強かった。しかし、彼の心にはある疑問が芽生え始めていた。


「この世界で本当に正義が勝利しているのだろうか?」


ある日、アルヴィンは不意に任された任務で、かつての親友であり、今や追放された異端者となったエリオスと再会する。エリオスは闇の力を使い、人々に恐れられる存在となっていた。


「アルヴィン、正義とは何か、本当に分かっているのか?」


エリオスの問いかけは、アルヴィンの心を揺さぶった。彼は長年信じてきた「正義」とは何かを再び見つめ直すことになる。そして、その先に待ち受けるのは、光と闇が逆転する運命だった。


アルヴィンの心には、エリオスとの再会が強烈に刻まれていた。聖都を離れた異端者がここまで力を蓄えたのかという驚きもあったが、それ以上に、エリオスの目に宿る確固たる信念に圧倒されたのだ。


「俺たちが守っている正義とは、本当に正しいのか?」


エリオスが語った闇の力は、単なる悪しき力ではなく、光の世界が排除し続けた者たちの怒りと悲しみが集まったものであると知った時、アルヴィンの心は大きく揺さぶられた。もし、彼らの苦しみが正義の名のもとに無視され続けた結果だとしたら――。


その夜、アルヴィンは眠れぬまま、聖都の大聖堂へと向かった。無数の蝋燭が揺らめく静寂の中、彼はかつての教えを反芻しながら膝を折り、深い祈りを捧げる。しかし、どれだけ祈っても答えは得られず、逆にその祈りが虚ろなものに感じられていく。


「もし正義がこの世界に存在しないのなら、俺は何を信じればいいんだ?」


アルヴィンは、自分がどの道を進むべきかを見失い始めていた。聖騎士としての誇りと責務が重くのしかかる一方で、エリオスの言葉が頭から離れない。彼の心は、光と闇の狭間で揺れ動き続けていた。


夕暮れが近づき、街の空が赤く染まり始める中、アルヴィンは城壁の上に立ち、遠くの地平線を眺めていた。静かに広がる大地の向こうには、かつて彼が守るべき敵とされた「闇の領域」が広がっている。その中で、エリオスは一体何を見てきたのだろうか?


突然、背後から足音が聞こえた。振り返ると、そこには騎士団の指導者であるセリオス司教が立っていた。彼の厳格な顔立ちはいつものように毅然としていたが、その目にはどこか哀愁が漂っていた。


「アルヴィン、お前の心の揺らぎを感じている。何があった?」


その問いかけに、アルヴィンは一瞬口ごもったが、やがて静かに話し始めた。エリオスとの再会、彼が語った闇の真実、そして自身の正義に対する疑念。言葉にすればするほど、アルヴィンは自分がどれほど深く迷い込んでいるかを感じた。


セリオス司教は静かに頷きながら、アルヴィンの言葉を受け止めた後、しばらくの沈黙が続いた。そして、ゆっくりと語り始めた。


「正義は常に光の中にあるわけではない。時には、闇に立ち向かうために、自らも闇に染まらねばならぬことがある」


その言葉に、アルヴィンはハッとした。自分の信じていた正義が、揺らぎ始める瞬間だった。


セリオス司教の言葉は、アルヴィンの心に重く響いた。「闇に染まる」という考えは、今までの彼にとっては異端そのものだった。しかし、司教の口から出たその言葉に、彼は驚きを隠せなかった。


「司教様、それは…一体どういう意味ですか?」


アルヴィンは慎重に問いかけた。セリオス司教はしばらく考え込むようにしてから、静かに答えた。


「光だけでは、この世界を救えぬこともある。お前が再びエリオスと出会ったのは、偶然ではない。あれは運命だ。聖都が栄え続ける陰で、闇に飲まれた者たちがいることを、お前も気づき始めたのだろう?」


アルヴィンは、その言葉を受け入れつつも、まだどこか信じられない自分がいた。これまでの自分が戦ってきた正義の名のもとで、多くの敵を討ってきた。しかし、その敵が正義ではなく、ただ光の外に追いやられた存在だったとしたら…?


「もしお前が本当に正義を追い求めるなら、光だけに縛られるな。時には、闇に足を踏み入れる覚悟が必要だ」


司教の言葉はアルヴィンの心を深く揺さぶった。正義とは何か?自分が信じてきたものが崩れ去ろうとしている今、彼は新たな道を選ばざるを得ないのかもしれない。


アルヴィンは司教の言葉を反芻しながら、再び城壁の外を見つめた。光と闇、二つの相反する存在の狭間で、自分はどの道を選ぶべきなのか。もし、エリオスの言う通り、闇がただの悪ではなく、押しつけられた犠牲者たちの叫びだとしたら、今まで自分が守ってきた正義とは一体何だったのか。


「自分の目で確かめるしかない…」


アルヴィンは小さく呟いた。もう誰かの言葉や教えに頼るのではなく、自らの信念で道を選ばなければならない。司教の助言が、彼に行動の決意を促していた。


その夜、アルヴィンは静かに荷物をまとめ、騎士団の宿舎を後にした。彼が目指すのは、エリオスが姿を消したという「闇の領域」。その場所でこそ、彼が探し求める答えが待っていると信じていた。


城門を抜け、暗い森へと足を踏み入れると、周囲の空気はひんやりと冷たく、闇が深まっていく。遠くで鳴き声を上げる鳥の音が、静寂の中に響いていた。しかし、アルヴィンは一切ためらわなかった。どんな困難が待ち受けていようとも、彼は自らの信念を貫くために、闇の中へと進んでいく。


その瞬間、彼の背後で微かな笑い声が聞こえた。振り返ると、そこには黒いフードをかぶった謎の影が立っていた。


アルヴィンは剣の柄に手を掛け、黒いフードの影を警戒した。闇の中で微かに笑い声が響き、その正体を見極めようと、彼はゆっくりと一歩後退する。


「誰だ?」


アルヴィンが問いかけると、影は静かにフードを外した。現れたのは、銀髪の若い男。闇の中でもはっきりとした異様な輝きを放つその目に、アルヴィンは目を見張った。


「久しいな、アルヴィン」


その声は、どこかで聞き覚えがあった。まさか――。


「エリオス…!」


驚きと共に、アルヴィンの胸に混乱が広がる。エリオスは一体どうやってここに?そして、なぜ彼はここで待っていたのか?


「お前がここに来ることは分かっていた。お前はいつもそうだ。真実を知るために、常に足を踏み入れる。だが、今回の真実は、お前にとって厳しいものとなるだろう」


エリオスの声には、どこか冷たさと同時に、悲しみが滲んでいた。アルヴィンはその言葉の意味を理解できないまま、必死に問い返した。


「俺に見せたいものがあるというのか?お前が手にした“真実”とは、一体なんだ?」


エリオスは静かに頷き、背を向けて歩き始めた。


「ついてこい、アルヴィン。お前が選ぶべき道を見せてやろう」


アルヴィンは迷わずその後を追った。暗い森の奥で待つものが、彼の信念を揺さぶる運命の瞬間であることを、この時彼はまだ知らなかった。


アルヴィンは、エリオスの背中を追いかけながら、心の中で様々な感情が渦巻いていた。かつての親友が異端者となり、闇に染まった姿を目の当たりにしても、エリオスの言葉にはどこか変わらぬ誠実さが感じられた。しかし、彼の導く「真実」とは一体何なのか。それを知る覚悟が、アルヴィンの中で少しずつ固まっていく。


やがて、二人は森の奥深くにたどり着いた。そこには、崩れかけた古代の遺跡が広がっていた。遺跡の中心には、巨大な黒い門が聳え立ち、不気味な瘴気が漂っている。その光景に、アルヴィンの心臓が高鳴った。


「ここは…?」


「かつて光と闇が交わり、世界が裂けた場所だ」


エリオスは静かに答えた。彼の声には、重い歴史を語るような響きがあった。


「ここで全てを知るだろう、お前が守り続けてきた正義が、どれほどの犠牲の上に成り立っているかを」


アルヴィンはその言葉に、思わず息を飲んだ。エリオスが語る「犠牲」とは何なのか。彼はその問いを心に抱えつつも、一歩、黒い門の前へと進み出た。


門の前に立つと、冷たい風が彼の頬を撫で、何かが目覚めるような感覚がアルヴィンの全身を襲った。彼は深呼吸し、エリオスの横に立った。


「見せてくれ、真実を」


その言葉に応じるように、黒い門がゆっくりと音を立てて開かれ始めた。


黒い門がゆっくりと開くと、内部から重々しい気配が流れ出した。その先に広がる空間は、まるで別世界だった。灰色の空に覆われた広大な荒野が続き、ところどころに歪んだ建物や、ひび割れた大地が広がっている。生命の息吹が感じられないその場所に、アルヴィンは一瞬息を呑んだ。


「ここは…一体どこだ?」


「『闇の楽園』と呼ばれる場所だ。光に拒絶された者たちが逃げ込む最後の地だよ」


エリオスの言葉に、アルヴィンは耳を疑った。闇の楽園――それは聖都の教えでは、完全なる悪の領域とされていた場所だった。しかし、エリオスの表情に悪意はなく、むしろどこか悲しげですらあった。


「ここで生きる者たちを見ろ、アルヴィン。彼らが本当に“悪”なのかどうか、お前自身の目で確かめるんだ」


エリオスはアルヴィンを導き、荒野を進み始めた。しばらく歩くと、彼らの目の前に、荒れ果てた小さな村が現れた。村には年老いた者、幼い子ども、そして疲れ切った顔をした人々が身を寄せ合って暮らしていた。彼らの目には希望の光がなく、ただ生き延びるために互いを支え合っている姿があった。


「これが…闇の住人?」


アルヴィンは目の前の光景に立ち尽くした。そこにいるのは、聖都で教えられてきたような恐ろしい魔物や邪悪な存在ではなく、ただ弱者として生き延びようとする人間たちだった。


「正義の名のもとに追いやられた者たちだ。お前の守る光が、彼らを作り出したんだ」


エリオスの声は静かだったが、その言葉の重みがアルヴィンの心を深く刺した。

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