エッセイ「初めてのアルバイト」
小説ではなく、エッセイです。
高校1年生の時に初めてアルバイトを経験した。当時、欲しかった物はウォークマン。それを買う為、友人が以前からそこでアルバイトをしていたという事もあり、冬休み限定の短期間ではあったが、そこで洗車のアルバイトをする事になった。
アルバイト内容はその名の通り、車の洗車だ。そこはガソリンスタンドや一般の洗車場とは違い、代金を払って洗車をしてもらう為だけの場所だった。作業内容はコースによって異なるが、まず、洗車専用のガンで洗剤を車に吹き付け、その後、車を洗車専用のスポンジで手洗いし、オプションによっては車専用の掃除機で車内の清掃もする。それら全て流れ作業で行い、それぞれの担当に分かれて作業をする。自分は新人の短期のアルバイトの為、比較的誰にでも出来る手洗いの作業を任された。
一台、一台の作業はそんなに大変ではなかったが、これが何台も続くととてもしんどいものになる。ピーク時の年末には場内で渋滞が起き、ちょっとした行列のできるラーメン屋になっていた。車を洗車しても洗車しても後ろには車が待っていて、ちょっとしたモーターショーになっていた。
そんな状態が続くと人間の頭はおかしくなってきてしまうもので、神様であるお客様に対して、「人任せじゃなくて自分で洗車しろよ!」とか思ってきてしまう。イライラしながら後ろを振り向くと、尽きる事なく車の列ができ、ちょっとしたディズニーランドの人気のある乗り物待ちになっていた。
そんな状態が更に続くと、人間はいい加減な仕事をするようになってきてしまう。そんな中、一台のトヨタのCROWNを洗車する順番が廻ってきた。その時には車を見るのも嫌な状態になってきていて、2つのスポンジを両手に持ち、前方のボンネットの辺りから後方に廻る感じで洗車していった。そしてトランクの辺りをゴシゴシしている際、ゴリッと、妙な音がした。スポンジを重ねるような形で洗車していた為、それをゆっくりと開いてみると、そこには何やらプラスチックの破片があるではないか。何だこれはとよく見てみると、アルファベットのMかWに似た物に見える。ふと、先程洗車していた車の後方辺りを見てみると、CRONと書かれたトヨタの新車種がそこにはあった。OとNの間には、明らかに一つのアルファベットが入るスペースが存在する。そのCRONと自分の手元にあるMかWのどちらかなのだろう物体を何度も見比べ、「ヤベッ、これCROWNのWだ!」とそこでようやく、その物体がMではなくWだったというどうでもいい事に気がついたと同時に、CROWNのWを取ってしまったという重大さを理解した。そしてその間、色々な事を考えた...
ー「あのー、CROWNのお客様は?」
「私だが、何か?」
「あのですね、CROWNのWを思いっきりもぎ取ってしまったのですが...」
「ん?どれどれ...ほー、これはCRONと読むのかな。新車種じゃないか...このOとNの間の無意味なスペースが更にいい。よいよい、ハッハッハー!」
そんな寛大なお客さんはいない。
ー「あのー、CROWNのお客様は?」
「私だが、何か?」
「あのですね、CROWNのWを大胆にもむしり取ってしまったのですが...」
「ん?どれどれ..ほー、これは想像以上に大胆なむしり取り方じゃないかー。まー、過ぎてしまった事は仕方がない。でも、よく正直に言ってくれたね。いい子だ、いい子だ」
そんなワシントンのようにはいかない。
ー「あのー、CROWNのお客様は?」
「私だが、何か?」
「あのですね、CROWNのWを勢い余ってぶん取ってしまったのですが...」
「ん?どれどれ...あっ、ありがとう!よくぶん取ってくれたよー。実はね、このWを取りたくても取れなくて困っていたんだよー」
そんなピンポイントな偶然がある訳がない。やはり現実は、「テメー、よくもやってくれたなー!弁償しろ!責任者呼んでこい!」だろう。そんな事をしたら、ウォークマンどころか、こちらからウォークマンを買える程の代金を支払わされる事になる。それだけは避けたいと、そっとそのWをポケットに閉まった。
その後、何事もなかったかのようにそのCROWNというかCRONのお客さんは洗車を済ませ、走り去っていった。
「ありがとうございましたー!!」
お客さんを見送る際にそう挨拶するが、その時の自分の『ありがとうございました』は、『気づかないでくれて、ありがとうございました』だった。
それから自分がバイトの任期が終了するまでそのお客さんからの苦情がなかった事を考えると、未だに気づいていないか、「まっ、いっか」という寛大の人のどちらかだったのだろう。
その数ヶ月後、そこのアルバイトを紹介してもらった友人に、そこのアルバイト先が潰れたという話を聞かされた。理由はあえて聞かなかった。
もしかしたら...いや、考え過ぎだろう。下校途中の電車の中で、ウォークマンを聴きながら、そんな事を考えていた。
くだらないエッセイをお読みいただき、ありがとうございました。
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