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口うるさいツンツン系美少女が恋愛指南書を借りていた

作者: ちゅるけ

 腹に飯を詰め込んだ昼休み、なんとなく静かにしていたい気分だったので、普段は寄らない図書室のドアを開けた。

 うちの図書室は、高校の設備としてはたぶんいい方だ。向かって左には八人用の長テーブルが十個ばかり並んで、妙に古っちい木の椅子がぐるっと囲んでいる。窓は全面ガラス張りで、温かくて明るい日差しが床を白くしている。

 右には迷路と思しき本棚の群れがある。複雑な並びが道を作って、しかもそれぞれの棚に本が詰まっている。うっすらと木の匂いが入り口まで届いた。なんでも一万冊以上は取り揃えているらしくて、先が見えない本の森は、好きな奴には響くんだろうという趣だ。

「うへえ、盛況なんだな」

 席は六割くらい埋まっていた。迷路を歩く人もいるから数はもっと多い。

 もちろん静かにしているけれども、ページをめくる音だけでも結構うるさいもんだ。

 とはいえ、騒がしいってほどじゃない。俺、香村(こうむら)涼雅(りょうが)は本棚から漫画を探してきて、適当な席に座った。

 しかし、読み始めて五分も経たないうちに、厄介な相手が俺を見つけやがった。

「香村じゃない。へぇ、アナタが図書室にいるなんて意外」

「げ」

 刺々しさマックスの声に集中力を削がれた。

「悪いかよ」

「別に。何も言っていないでしょう。質問くらいで喧嘩腰にならないでちょうだい」

「先に絡んできたのお前じゃないかよ!」

「図書室では静かにしなさい」

 俺の文句を流して、そいつは隣の椅子を引いた。

 黒いポニーテールの先っちょが俺の肩に当たった。

 それを気にせず、ぴんと背筋を伸ばして、何やらぶ厚い本を開く。真っ白いうなじに一瞬目を奪われた。

 この挑発的な女は白澤(しらさわ)真姫(まひめ)。俺と同級生かつ、中学からの知り合いだ。

 凛とした雰囲気とスタイルのよさ、冷たい感じがする整った顔で、昔から美人と評判高い。真面目で頭も非常によく、とてもモテる。

 だが、誰に対してもきつい物言いが、見た目に騙されて寄ってきた男を一蹴する。

 たいてい一言多い。口が悪いんだ。とりわけ俺に対しての当たりが強い。

『香村。あと何回、私に廊下は走るなと言わせるつもり? 聞き分け悪い子の躾に興味はないのよ』

『教科書はちゃんと毎日持って帰りなさい。プリントも、整理しないからロッカーでぐちゃぐちゃになるのよ。はん、アナタの性格が透けて見えるわね』

『掃除が適当すぎるわよ。ちり取りから零れてるじゃない。アナタは汚くてもいいかもしれないけど、他の人はそうではないのよ。ほら、手伝ってあげるから最後までやって』

 ……俺がふざけてるのが悪いと言やそうなんだけど。

 そのせいで、人気があるのに人が近付かない。

「悪口のためにこっち来たのか。捻くれてんな」

「邪推しないで、他の席が空いていなかっただけよ。アナタは関係ないから」

 真姫は俺に目もくれないまま返事だけする。

 おかしなことだ。最初の通り、席は四割余っているってのに。

「普通に座れね?」

「別にどこだって私の自由じゃないの。人の行動に全部理由があるわけではないでしょう。アナタだってろくに考えていないじゃない」

「お前が先に聞いてきたんだぞ。質問くらいで喧嘩腰になるなよ」

「図書館は本を読む場所であって雑談をする場所ではないわルールを守れないなら出ていきなさい迷惑よ」

「早口で誤魔化そうとするな」

「誤魔化してないわよ捏造はやめなさいあなたの耳がおかしくなっただくぇっ」

「噛むな!」

 口を押さえた真姫は、痛かったのか恥ずかしくなったのか、急に喋らなくなった。

 だけどしわが寄った眉間からイライラが伝わってくる。

 静かになっても、もう漫画に集中はできない。

 席を立ちたいところだが、中学からの経験上、機嫌が悪いときに逃げるような真似をするとしばらくねちねち延焼する。

 俺は冒頭五ページくらいを行ったり来たりしながら真姫の逆鱗が鎮まるまで待った。



 午後の授業を告げるチャイムが、今の俺にとっては救いだった。

 だいぶ減ってきていた生徒たちが一斉に立つ。俺も真姫もその流れに乗って本を片付ける。

「……」

 と、思いきや、真姫は入り口横のカウンターに向かった。

 ああ、借りていくのか。辞書みたいにぶ厚かったし、絶対読み切ってないもんな。

 漫画を棚に戻して、さて引き上げるかというとき、あいつも手続きを終えて帰る頃だった。

 一緒にもどったらまずいか、なんて考えていると、ドアに手をかけた真姫が抱える本の隙間から、二つ折りの紙が落ちた。

「あ。おーい、なんか落としたぞ」

 呼び止めようとしたタイミングで、廊下に出てしまった。聞こえなかったようで、丁寧に閉めたあとやや早足で去っていった。でかい足音は不満の証だ。

 困った。ご立腹状態のあいつにわざわざ教室で近づきたくねえな……落とし物ってんで職員室に押し付けるか?

 とりあえず俺も図書室を後にする。遅刻したらなおさらお怒りになるだろうからな。

 道中、そもそもこれはなんだ? となって、折ってあるのを開いてやった。

 真姫の名前と、本のタイトルらしき文章のリストが並んでいた。

「貸出カードか」

 図書室の貸出しは入学時に配られるカードで記録する。俺は入学数日で失くしたけど、さすがは真面目なあの女、汚れすらほとんどついちゃいない。しかも、右端に五枚目だと記されてあった。だいたい三十冊くらいで一枚が埋まるから、百冊は余裕で越している。

 本のジャンルは小説が中心だ。

『人間失格』『三四郎』『たけくらべ』『蟹工船』『高校生に贈る恋愛指南書』と、タイトルだけ聞いたことあるようなないような作品が多――は?

「嘘だろ、あいつが!?」

 つい声に出してしまうくらい驚いた。

 急に毛色が違う、違いすぎる代物を繰り出されて、俺は足を止めた。

 目を擦って二度見、三度見。何度刮目したって変わらない。

「これって……恋愛のアドバイス的なアレだよな?」

『高校生に贈る恋愛指南書』

 このタイトルで数学の本だったり、絵本だったりはしないだろう。

 たぶん間違いなく、男と女がくっつくためのアレやコレを書いたアレだ。

「まじか、へえ……」

 なんだかとても不意を打たれたような気がして、俺はよくわからないため息をついてしまった。

 想像がつかない。

 寄ってくる男を残らず振って、年頃らしいところを全然見せない白澤真姫が誰かにかまけるなんて大ニュースだ。

 誰だろ? 顔に自信ありそうな連中は軒並み撃破されたはずだが。

 そしてこれを皮切りに、真姫が借りた本のジャンルは一変した。

『好きなあいつを打ち抜く十の方法』

 やっぱり恋愛系だよなあ。あいつに好きな男がいるのか、ってか悩むのか。人気あるし、普通に告白すれば断られないんじゃないか。

『素直になれないツンデレJKが全校生の前で告白するまで』

 似合わねー、どこにデレがあるんだよ。しかし一冊で足りないってことは、よほど苦戦してんだな。

『監禁 初級』

 はい?

『誘拐のススメ』

 待て待て待て待て! うまくいかないからって変な方向に覚悟決めるなよ!

『素人でもできる催眠術』

 なんつう本置いてんだようちの図書室!? えっ、大丈夫なのかこれ!

『女子高生の恋のシカタ』

『初恋に失敗しないために』

 よかった、真っ当な道に戻ってきた! 一時の気の迷いだったんだな!

『監禁 中級』

 手応え感じてんじゃねーよ!

 最悪なことに、これが最後だ。つまり今日あいつが借りていった本が『監禁 中級』だ。

 俺の隣で堂々と物騒な本を読んでいやがった。

 知りたくなかった事実に、俺は二度目のチャイムが鳴り響く廊下でしばらく棒立ちしていた。



 遅れて教室に入った俺を、真姫は冷ややかな目で眺めた。

 こっちは授業にまったく集中できず、かといって寝ることもできず、不安を抱えたまま午後を過ごした。帰りのホームルームの前に真姫に肘をつつかれたときは心臓が発射されるかと思った。「どひょんわっ!?」みたいなふざけた声が出て真姫も一瞬目を丸くした。授業態度について、ネチネチと小言を言われたあと「どうせ手を動かしてもないでしょう」とノートを貸してくれた。

「写しなさい」

「こ、これは初級か? 中級か?」

「いや数学Bよ。まだ寝ぼけているのかしら。夏休みが近いからって気を抜かないで」

「ひっ」

「……のけぞるほど怯えなくてもいいじゃない。変な香村」

 ビビりきっていた俺は、急いで書き写して急いで返した。殴り書きだったけどどうでもよかった。とにかく今は真姫と向き合うのが怖い。

 一緒に貸出しカードを戻してやってもよかったが、葛藤した末にやめた。

 どうしても、真姫が借りていた本の内容が気になったのだ。

 そして放課後。カードを握りしめて今日二度目の図書室に赴いた。

 昼間はそれなりに活気があったが、部活時間の今は無人に等しい。ガラス張りの窓にオレンジ色の夕日が射して、妙に寂しい心地がする。人のいない学校っておっかなくない?

「恋愛指南書ってどこの棚だ……?」

 鞄を机に預けて、本棚の森をこそこそ歩き回る。入学から一年以上、まともに利用してこなかったのでどこに何のジャンルがあるかさっぱりだ。でも司書の人に聞く勇気はない。

 こつ、こつ、という靴の響きに紛れて、かたん、と本が棚に戻される音がした。

 ちょうど俺が背にした棚の反対側だ。俺はつい息をひそめた。

 誰かいる。

 そりゃ解放中の図書室に人がいるのは当然だ。でも背筋が凍った。

 細い息遣いが聞こえる。相手はさらに二三度本を引いては戻した。

 かたん、かたん、と音で俺の冷や汗を加速させてくる。

「ありきたりの内容ね。どれもこれも参考にならない」

 愚痴めいた呟きが、警戒を最高潮にした。

 凍りついたって方が正しいかもしれない。

「香村はこんな優男じゃないし、何かとルーズだしデリカシーもないし、デートなんて誘っても――」

 むやみに刺々しい声音で、棚を隔てた相手の正体がわかってしまったから。

「真姫かよっ!」

 一拍の沈黙のあと、五冊くらい一気に本が落ちた。

 機敏なステップで棚の端に飛びついたらしい相手が、左側から上半身を覗かせてきた。

 黒いポニーテールが映える白い肌の女子と目が合った。

 氷みたいな涼しい顔が驚き一色に染まっている。口を半開きにした白澤真姫だ。

 写真撮ってファンに売ったら一儲けできるかもな、と混乱の片隅で思った。

「いやっ、ちょっと、はあ!?」

「やべ!」

 頭を抱えてももう遅い。

 最悪の相手とエンカウントしてしまった。

 どこが最悪って、俺が真姫の貸出しカードを握っている点。

 白っぽい顔がみるみるうちに赤くなる。恥ずかしいのか? いや、あれは怒りの赤か? どちらにせよ俺の無事は今をもって確実なものじゃなくなった。

「どうしてアナタがそれを持っているの! よこしなさい!」

 あいつはためらいなくスタートを切って、俺の懐に飛びかかってきた。

 まさかの図書室で肉弾戦だ。本を読む場所なんじゃねえのかよ!

「うおおおっ!」

 かつてないくらい驚いた俺は、返してやりゃいいのに、本能でカードを高く掲げてしまった。

 真姫も負けじと手を伸ばすけど、当然俺には届かない。

「く! この!」

 歯ぎしりをしながら全力でジャンプを繰り返す。その度にこっちは避ける。

 タイミングよく拳を後ろにやればまず捕まらない。

 後ろに回りこんだり、足を蹴って崩そうとしてくるものの、フィジカルの差で耐えた。

 初めは恐怖からだったけれど、だんだん楽しくなってきた。

 珍しく必死な真姫が面白く感じてくる。悔しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる様は、冷たい美人の面をどこかに忘れたらしい。この女に可愛げを見つけるとは思わなかった。

 憎たらしい奴が苦労する姿ってのは嬉しいもんだ!

「はっはっはっは! 己の非力を恨みな!」

 テンションが上がった俺は、三流の悪役みたいな台詞を吐いた。

「性差のせいよ! アナタも男の中では大したことないでしょう、威張らないで!」

「なんとでも言ってくれ! おまえが弱いのは変わらないぞ!」

「夢も目標もなく短絡的に過ごして、際立った取り柄もないくせにせめて真面目でもいられない惰性で生きてる馬鹿!」

「長くね? とっさに出てくる量じゃなくね?」

「いいから返せ!」

 大量の悪口に俺がひるんだ隙に、真姫は背後を取った。

 裏をかいたというレベルじゃなく、羽交い絞めにされた。下半身もがっちりと。年頃の女子が大股を開いて俺の両足をホールド。本気だなこいつ!

 もちろん上半身も、細っこい腕が腋を通って腹を締めてきた。

 抵抗したら両手を握って抑えられた。

 いわゆる恋人繋ぎの状態だ。

「がぁ!?」

 恋人――くそっ、貸出しリストが頭をよぎって防衛に集中できない!

 しかもさらさらした手と腕の感触がダイレクトに伝わって非常につらい。

 高級な布みたいに滑らかで触り心地がいいんだ。布と違って体温を感じるのが余計に俺を苦しめる。

 同級生に抱きつかれるなんて初めての経験。女慣れしてる訳でもない俺に冷静でいられるはずが……。

「今よ!」

 刹那、手を離した真姫に脇腹をしこたまくすぐられた。

「ぶははっはははははっ!」

 さっきの高笑いとは別のむず痒さが込み上げて、俺はこちょこちょに屈した。

 放り投げられた貸出カードが宙を舞う。あいつがそれをキャッチし、一仕事終えたとばかりにため息をついた。

「確実な死角に拘束術……読書が活きたわね」

「はあ、はあ、絶対監禁の技だろそれ」

「いいえ『高校生に贈る恋愛指南書』の二十ページよ」

「高校生をどこに向かわせようとしてんだよ! つーか早いな、いきなり実力行使!?」

 危険なんで発禁にするべきだと思います。

 とりあえず、決着はついた。俺の負けで。

 次はおそらくネチネチ説教を喰らうフェイズだが、真姫はホールドを解かない。

 俺の背中で荒い呼吸をするだけだ。

「あの、いい加減降りてくんね」

「……どうして私、男の人にしがみついたのかしら……」

「今さら恥ずかしがるな!」



 終戦直後はお互いに疲労困憊。

 いやもう、図書室には似合わない深呼吸が二人ぶん響いて、どっちも棚の側面にもたれないと身を起こしていられないほどぐったりしていた。

 弱々しく肩を落としながら、制服の襟をつまんで扇ぐ真姫は、ほんのり艶めかしい。

 くたびれた意識が汗のしたたるすらっとした首元に引き寄せられた。

 奥の窓から射す夕日が、肌をオレンジ色に照らすと、いっそう奇麗だ。

 小言の印象が強くてあんま考えてこなかったけど、やっぱり美人といわれるだけあるなこいつ。

「色々言いたいけれど、まず、アナタがなぜ私の貸出しカードを持っていたの」

 十分後、ようやく落ち着いた真姫が口を尖らせた。

「昼間にお前が落としたんだよ。で、機嫌悪かったから返せなくてさ」

「ホームルーム前に話したときでよかったでしょう」

「ビビってたんだ、しょうがないだろ。隣で監禁の本を読まれてたんだぜ」

 ただでさえ取扱注意の女なのに、催眠やら誘拐やら爆弾を抱えているとわかったら誰が近付きたがる。

「それは、その」

 さすがに変だという自覚はあるようで、真姫は口ごもった。

「保険というか、最後の手段というか、実践はしないから。ほとんど目を通さずに返したもの。強引なやり方は好ましくないわ」

「んじゃあ、お前が恋に苦戦してるってことは事実なんだな」

「う……ええ」

 否定する体力がないのか、どんどん認めていく真姫。

 ほっぺたが真っ赤だ。

 恥じらうこいつの姿は新鮮かもしれない。中学からこのかた、とにかく堂々としてた女が、こうもしおらしくなるとは。恋心ってすごいな。

「連敗を更新中よ。笑いたければ笑いなさい」

「笑わねえよ。方向性はさておき、努力は伝わってくるし、茶化す気にならないって」

 言われた通り、なんとなくで雑に生きている俺よりはずっと偉い。意外だし面白いのは事実だけど、成功してほしいとも思う。別の男にべったりになれば俺への口出しも減るはずだしな!

「どうせ言い方が悪いんじゃねえかな。お前のことだから、その好きな男にも冷たくしてるんだろ? 気をつけろよ、俺ならいいけど、仲良くしたい奴には優しくしときな」

「……」

 真姫は膝を抱えて前髪をいじり始めた。

 ちらっと見えた耳が赤い。

「……謝ったら、許してくれるかしら」

「やってみる価値はあるんじゃないか」

 冗談半分、応援半分でアドバイスした俺に影が差す。

 真姫が腰を上げて、目の前に立ったんだ。唇を固く結んだ、緊張の面持ちで。

 鬼気迫った雰囲気に、なんか地雷を踏んだかと怯えた。けどこの女は、俺の予想をはるかに超えてきた。

「香村……」

「お、おう、睨み合いならお前の勝ちでいいぞ」

「今まで突っかかってごめんなさい!」

 ――。

 ――――――?

 おかしいな、俺が謝られたぞ?

「一言多くてごめんなさい! 注意してばかりでごめんなさい! 喧嘩腰でごめんなさい、捻くれててごめんなさい、冷たくてごめんなさい!」

「んなっ、いやいや待て待て、俺に頭を下げてどうすんだ! 好きな奴にだよ!」

「アナタが好きなのよ! 中学のときからずっと、普通にお話したかったけれど、恥ずかしくて真正面からいけなかったの! こう、照れ隠しよ!」

 大胆にもほどがある告白に俺はひっくり返りかけた。

 白澤真姫が、誰にでも冷たい、特に俺を目の敵にしているはずの真姫が、深々とお辞儀した。

 数秒後に上がった顔は、真っ赤っかかつ泣きそうだ。

「本当は優しくしたいのに、うまくできなくて、本に頼ってもしっくりこなくて……つ、次からは、優しくするよう頑張るから!」

「なんでだよ!? 俺を好きになる要素ないだろ!」

「人の行動に全部理由があるわけではないでしょう! 何度も見咎めているうちに目が離せなくなったのよ!」

 ほら謝ったわよ、これでチャンスあるのよね。

 腹の中をぶちまけた真姫の眼力がそう物語る。

 俺はもう固まりっぱなし。ぬっと伸びた手が肩を掴んできた時は総毛立った。

「図書館は本を読む場所であって、恋をする場所ではないわ。ルールを守れないなら出ていくべきね。……私の家で返事を聞くわよ。ついてきなさい」

 有無を言わさない迫力。

 決して逃がさないという覚悟が全身から滲んで、息絶え絶えのくせに勝てる気がしなかった。

「は、はい……」

 このあと俺は、真姫が数々の参考書から培った手練手管を余さず味わうことになった。

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