淵底喫茶、旧友との再開
───亡霊の目的が分かった。
時は遡り、無明探偵事務所。仁は資料を机の上に並べパソコンと見比べた結果結論を出した。連中の目的は新たな召喚。ではどこでやるか?同じ神社?いや違う。龍賀野山脈に用途不明の資材が大量に運ばれていることを突き止めた。そして、海外から傭兵団も入国してきており、行き先は龍賀野地区……。
龍賀野山脈は霊峰としても有名なのだ。偉大な自然には信仰が付き物。特に龍賀野山脈についてはこの国で最も規模の大きい山脈であるということ、また未だに未踏破の地区が多いことから神秘性も相まって、何かと色々な連中が迎いたがるのだ。亡霊も例外ではない。最近、神殿のようなものを見かけた目撃例もある。先手を打って召喚を阻止するのが今回のミッションだ。依頼主のいない……敢えて言うなら俺自身が依頼主だ。
「仁、それなんだけど……俺も連れて行ってくれないか?」
レンにはそういうことなので、俺がしばらくの間、留守することを伝えるとレンは同行を申し出た。考えてみれば当然かもしれない。自分を喚び出した召喚がまた行われようとしている……もしかすると元の世界に帰れる手がかりにも繋がるだろう。
レンの実力については問題はないと思っている。特に膂力については並外れており、俺であっても純粋な力勝負なら赤子の手をひねるように簡単に組み伏せることが可能であろう。懸念すべきは実戦経験……敵を容赦なく倒せる精神性だ。レンには俺たちの世界、汚い世界をできれば見せたくはなかった。できればその純粋無垢な魂は、こんな世界の闇に触れないで、穢れないまま元の世界に戻って欲しかった。だがそれは過保護なのかもしれない。元の世界に戻るためには、泥を被ることもあるかもしれない。だから俺は、仕方なしにレンの同行を許可した。
ここは若者の街、繁華街。様々なアパレルショップが立ち並び、若者たちもこぞって自分こそがオシャレであるとファッションショーに興じている街だ。ここで言う若者というのは十代の若者ということであって二十代の俺が若者ではないと認めているわけではない。断じて。
「原宿みたいだなぁ……でも悪いんだけど仁とは何かイメージが合わないけど……何を買いに来たんだ?」
レンの世界にも似たような場所があるらしい。どの世界でも若者の考えることは似たようなことなのかもしれない。無論俺がここに来たのはオシャレをするためでなく……。買い物に来たのだ。奥にある裏路地へと進む。華やかなのは表通りだけで、裏路地はどことなく懐かしみを感じるレトロな雰囲気を感じるのがこの街の良いところだ。そんな裏路地にポツンとある喫茶店に俺は入る。
「いらっしゃいませ~。」
ウェイトレスが一人、カウンターに立っていた。店内は閑散としている。メニューはコーヒーだけ。軽食すら用意されていない硬派な……ケーキ……だと……?
メニューには俺の知らないケーキがあった、なんだこれマカロン?ミルクセーキ?キャラメる?一旦外に出て看板を見る。間違いない。あいつの店だ。来たのは久々だが看板は変わってない。どういうことだ、何があったのだ。
「お客様どうなさいましたか?お二人でよろしいですか?」
ウェイトレスは怪訝な表情を浮かべ尋ねてくる。レンも同じような表情で俺を見るのだ。気を取り直す。そうだ、ここは奴の店……店のはずだ。
「あー……カプチーノのブラックが欲しい。」
いつもの合言葉を伝えるとウェイトレスはクスリと笑った。
「お客様、カプチーノにブラックはございませんよ。席についてください。ゆっくり決めて良いですよ。」
そんな馬鹿な!あいつ、合言葉を俺に黙って変えやがったのか!?いや……よく考えたらこのウェイトレス初めて見たから何も知らないバイトの可能性もある。店主を呼ぶように伝えた。
「申し訳ありません、何か至らぬ点がございましたか?」
「良いから店主を呼んでくれない?」
店主を呼んでくれ、でなければ話にならない。その一点張りでようやく折れたのか、ではこちらへ……と奥の部屋に案内された。だが部屋に入るとそこには誰もいない。どういうことだ?
「おいこれはどういう───。」
突然鉄拳が飛んできた。俺はすかさず身を翻して避ける。鉄拳を振りかぶったのは先程のウェイトレスだった。
「おいおい、ここはいつからぼったくりバーみたいな接客になったんだ?」
「下手に出てたら調子こいてんじゃねぇよおっさん?お前みたいなのは数発殴って分からせるのがてっとり早いだろ?」
ウェイトレスは陶器のように細く白い腕を鳴らしてこちらに近づいてくる。はは、漫画の見過ぎだぜ、そんなんじゃ俺は勿論、そこらの一般男性すら倒せないぜ。
突然、炸裂音がした。何事かと思ったが、すぐに分かった。ウェイトレスが地面を、コンクリートの床を踏み抜いたのだ。あの動きは中国拳法……!いやそれ以前に脚力だけでコンクリートを踏み抜く……!?
「あ、ごめんちょっと今のなしで。」
考えを改めた時には既に遅かった。コンクリートを踏み抜き、それを起点として加速させる。一瞬にして間合いをつめて放つは正拳。それもただの正拳ではなかった。腰、肩、肘全てを使い剄を増幅させ放つ。いわゆる発剄。反応しきれないと判断した俺は術を使い肉体を強制的に移動させる。爆発音がした。俺の立っていた場所が文字通り爆発した。まともに喰らってたら多分死んでるぞあれ。
「あーお嬢ちゃん?きっと君は誤解している。話をしよう。そうだ、好きなものは何かな、やっぱ喫茶店で働いてるのならコーヒーとか……。」
「おっさんと話なんてしたくねぇよ。」
俺の決死の説得を無視し、ウェイトレスは拳を握りしめ俺に向かってくる。仕方ない、一般人に手は出したくないが、このままでは殺される。正当防衛って奴さ。
「おい!流那!やめろやめろ!そいつは俺の客だ!!」
聞き覚えのある声がした。流那と呼ばれたウェイトレスの動きが止まった。俺は声の主に振り向く。
「バルカン、お前……出てくるのがおせぇよぉ~。」
情けない声で俺は協力者の名前を呼んだ。そう、この中年男性こそがバルカン。俺の協力者であり、いくつもの修羅場で共に背中を預けた仲間だ。
喫茶店は表向きの顔、奥の地下室、重々しい扉を開けたその先にバルカンの本当の商売があった。扉を開けた瞬間鼻につく火薬や機械油の匂い。一面に飾られているのは黒光りする多様な武器の数々。バルカンと呼ばれる男の本当の商売はここにある。銃の密売人。
「しかしバルカンよ、いつからお前、ゴリラを飼うようになったんだ?まったく危うく殺されかけたぜ。」
「お前……そんな調子でルナにさっき声をかけたのか?」
そうだと答えるとバルカンは大きくため息をついた。
「そりゃお前、怒られて当然だわ。」
「なんでだよ、理不尽すぎんだろ。」
「あいつは、ルナは俺の娘だよ。お前忘れたのかよ。」
バルカンのその言葉をきっかけに記憶の片隅にあったものが駆け巡る。
「おじさん、わたしおじさんのことすきー。」
「パパが引退したらわたしがおじさんのぱーとなーになるんだぁ。」
「おじさんと結婚するの。」
…………。冷たい視線を感じる。改めてルナと呼ばれたウェイトレスを見直す。
「あっ!ルナちゃんかぁ!!大きくなったなぁ!!!髪切ってるから気づかなかった!!!」
「殺す。」
ルナは拳銃を俺の額に向けた。目がマジだ。本気で引き金を引きそうだったのでバルカンはルナの手をはたく。拳銃が叩き落とされる。
「仁……ルナとお前が最後に会ったのは一年前だし、髪切れって言ったのお前だよ……。」
そういえばそんな気もした。やべぇ、今の発言地雷を的確に全て踏みぬいてるじゃん。
「なぁ、パパの言ったとおりだろルナ?こいつマジでろくでもないんだから、もっと他の良い男捜した方がいいってぇ。」
「パパ、くさいから近寄らないでくれる?」
俺に対する態度とはまた対照的に氷のように冷たい態度でバルカンをあしらう。反抗期ってやつだろう。バルカンも大変だ。
まぁ家族団欒はともかく、バルカンのところに来た理由は一つ。武器の調達とバルカンを誘うことだ。今回は敵の数も多いし、重火器を扱えるバルカンの手助けが必要なのだ。バルカンにその話をすると快く了解してくれた。バルカンは武器商人だが、ただの商人ではない。自分もまた武器をもって前線で戦うのだ。バルカンは典型的なトリガーハッピー、銃をぶっぱなすことが大好きで仕方ないのだ。俺とよく付き合うのもそのためだ。ただそんな奴が家庭を持つなんて世の中、分からないものだと思う。
「娘に臭いなんて言われてよ、それでも家族最高だって言ってんの?」
「独身のお前には分からねぇよ、お前も家族を持てば分かるよ。あ、ルナはやらんからな。ほらお前に好意抱いてる龍星会の奴がいるだろ。あいつとくっついたらどうだ?逆玉だぞ。」
「またその話かよ。年齢差考えろって。なんであんなメスガキと家庭持たなくちゃいけねぇんだよきもちわりぃ。」
「仁、お前それは考えが古いぞ。テレビ見てみろよ。四十過ぎのおっさんが二十代の若い女と結婚するニュースとかあるじゃねぇか。そりゃあ今はガキでも十年後なら世間的に見れば普通だぜ。」
確かに言われてみると一理ある……。十年後といえば俺は三十代であのメスガキは二十ちょい……。
「いや、待て待てそう言ってお前、単にマフィアとのコネが欲しいだけだろ騙されんぞ。」
バルカンは舌打ちをして「ばれたか。」と悪びれずに答えた。ともかく亡霊との戦いのために俺は武器を選ぶ。ずっと蚊帳の外だったレンも交えて三人で作戦会議も兼ねながら。バルカンはレンの存在を聞いて本当に大丈夫なのかと困惑していたが、レンの力を見せてやると感心したような声をあげて納得してくれた。やはり筋力は正義なのだな。
さて目的の龍賀野山脈だが、観光地なのでまず列車で最寄り駅に向かう。それからバスでケーブルカーの駅まで向かい、ケーブルカーを使用して山頂付近へと向かうのだ。事前に調べていたポイントは山の奥地。まずは高所で目的地を目視して、それから向かうという算段だ。今回はヘリもジープも使えない。雑木林の中を進むことになるので装備にも気を付けながら、俺たちは向かうことにしたのだ。